八話 男の決意の固め方
「はぁ……」
風呂から上がり、自室のベッドに横になると、自然とため息が漏れる。
「やっぱり、光理(みこと)は光理なんだよな……」
公園での会話を経て、あの吸血鬼の少女をを光理だと認めたものの、実のところ、俺の中にはまだ戸惑いが残っていた。
せめて、男だった頃の面影があれば話は別だったのだが……。
今では、仕草を除き、まるで別人としか言いようがないからだ。
しかし、遺影を前にして蹲り、咽び泣くあいつの姿を見た途端、しこりのようなそれはあっさりと氷解していた。
あいつは両親に謝り続けていた。
全ては理不尽に巻き込まれたからで、決して自分が悪いわけではないのに……。
――ふと、思う。
この一年の間、光理には悲しむ暇なんて与えられなかったんじゃないかと。
異世界の暮らしなんて、俺には想像がつかない。
しかし、どう考えても心穏やかなものではなかったはずだ。
あいつが召喚されたのは、『真祖』とやらを討ち果たすため。
その望みのままに、最後まで戦い抜いたのだから。
日本では経験するはずもない、命の奪い合い。
そして、相討ちだったという末路。
たかだか中学三年生が背負うには、重すぎる宿命だった。
「……どうにかしてやりたいよな」
寝返りを打ちながら、ぼそり。
とはいえ、直接的に問題解決なんて出来るはずもない。
両親の事故。
異世界への転移。
吸血鬼への変貌――。
どれも、すでに起きてしまった覆しようのない出来事なのだから。
――だからといって、何もしないのか?
「……それも、違うだろ」
自問自答すれば、迷うまでもなく答えは出ていた。
俺がやるべきなのは、過去を悔やむのではなく、これから未来について。
この世界に帰ってきて、光理は俺の家に住むことになったものの、それはリスタート地点に過ぎず、行く先々は前途多難に違いない。
種族と性別。
身体に起きた二つの大きな変化が、幾多の負担を強いるだろうからだ。
だが、それを相談できる相手はそう多くない。
例え説明したとしても光理が男だと信用してくれる人間はそういないだろうし、吸血鬼に関しては――同居のためとはいえ――母さん相手にも秘匿してしまった。
……なら、俺は以前と同じように同性(・・)の親友であり続け、何時でも弱音を吐ける場所にはなれないだろうか。
勿論、俺じゃなく、光理本人が決める問題ではあるが……。
俺としては、協力を惜しむつもりはなかった。
そんなことを考えていると、徐々に睡魔がやってくる。
うつら、うつら。
揺蕩うようなそれに、俺の意識は徐々に沈み始め――。
◆
――コツコツ。
「……?」
俺の意識を呼び覚ましたのは、控えめなノックの音だった。
スマホで時計を確認すれば、十二時を回りかけたあたり。
誰かと思いつつも、ドアを開けてみる。
「……光理か」
すると、そこにいたのはピンクの無地のパジャマを着たあいつ。
どうやら、母さんから借りたらしかった。
「大丈夫、なのか?」
時間が経った今でも、泣き腫らした瞼が痛々しい。
つい心配で声をかけるのだが
「ごめん、情けないところ見せちゃって。でも、落ち着いたから平気平気」
光理は照れるように頬をかくだけだった。
「っていうか、もしかして寝てた? 起こしちゃったかな……」
「まあ、うつらうつらとだがな。でも、どうしたんだ。こんな時間に?」
「えっと……あの~……その~……」
「……?」
何故だか、光理はもじもじと、上目づかいで。
さっぱり心当たりがない。
あるとすれば、食事中、『異世界に行っている間に発売された漫画の続きが読みたい』なんて話をしていたぐらいか。
しかし、そうだとしたら言いよどむ理由もないだろう。
「まさか、一人でトイレに行くのが怖いとかか?」
「はぁ? ヨースケじゃあるまいし、そんなわけないじゃん」
……鼻で笑われてしまったが、スルーしておく。
そうして、あいつの視線が俺の首筋に注がれているのだと気が付いた。
その上、じゅるりという効果音まで。
「……まさか、血が欲しいのか?」
「う、うん……。どうしてもお腹が空いちゃって……」
……さっき、あれだけ飯を食っていたのに?
無言で語れば、光理は慌てて釈明しだす。
「違うよ! それとこれとは別腹で、ご飯じゃどれだけ食べても駄目なんだよ!」
曰く、吸血鬼が活動するには魔力が必要なのだが、彼らは自力でそれを生み出せないのだという。
よって他者から奪うしかないのだが、その魔力が宿るのは生者の血肉だけ。
死んでしまった途端、急速に失われてしまうのだとか。
だから、吸血鬼は生き血を求める。
それも魔力の保有量が多い、出来るだけ知能の高い種族のものを――ということらしい。
「元々、こっちの世界に戻ってくるのに大量の魔力を使ってたんだよ。それに加えて、ヨースケの治療に回復魔法を使ったから。思ったより早くガス欠になっちゃったみたい」
「別に、気にしなくてもいいだろ。半分ぐらいこっちに責任があるじゃないか」
「むぅ……。簡単に言ってくれるけど、初めてだし結構緊張するもんなんだよっ」
理解はできないが、そういうものらしい。
ぷいっと唇を尖らせると、そっぽを向いてしまう。
「悪い、悪い。でも、男と男の約束なんだ。そんなにしゃちほこばらなくても、破ったりはしないぞ」
それに、俺としては少しだけ嬉しかった。
軽口を叩き合うのは変わらないものの、成長するにつれ、親友が頼ってくれることは次第に減っていたからだ。
なんとなく、幼いころに戻ったような気がする。
「男と男、って……」
「……? 兎に角、部屋に入れよ。流石に母さんにみられたら不味い」
続く光理の返事は、顔もあわさずにぼそぼそ小声だったので、いまいち聞き取れなかったが……。
こうして、俺は光理を部屋へと招き入れたのだった。
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