六話 居候の許しのもらい方

「ヨースケの家に来ただけでこんなにドキドキする日が来るなんて、まさか夢にも思わなかったよ」


 百坪ほどの敷地にある、庭のない二階建ての一軒家。

 その玄関の前で、胸に手を当てながら光理が言った。


 面持ちは固い。


 恐らくは、本当に母さんが居候を許してくれるか、不安を抱いているのだろう。


 勿論、俺としては公園で宣言した通り、何としても説得する覚悟はある。

 しかし、母さんに目の前の少女が光理だと認めさせる切り札は存在せず、下手すれば情に訴えての根競べになりかねないのもまた事実だった。


「もっと頼りになる親友なら、僕も安心できるのに……」

「う、うるせー」


 自覚はしていても、なんとなく癪である。

 銀色の頭をこつんと小突く。

 もっとも、光理も冗談交じりのようで、くすくすと笑みを零した。


「……じゃ、鳴らすぞ」

「……うん」


 とはいえ、このまま立ち尽くしていてもらちが明かない。

 俺は意を決してチャイムへと手を伸ばした。


 すると、軽妙なメロディが奏でられ、すぐにぱたぱたという足音が。

 ガチャリとドアが開いて、眉をひそめた母さんの顔が見えた。


「随分遅かったわね、庸介。心配したのよ。でも、チャイムなんて鳴らさず入ってきたらいいのに。……あら?」

「ええっと、お久しぶりです、ヨーコさん」


 母さんに視線を向けられ、半身ほど俺に隠れながら、慌ててお辞儀をする光理。

 先ほどまでの態度と打って変わって、まるで借りてきた猫のようだった。


 ちなみに、光理は普段から俺の母さん――洋子という――のことを名前で呼ぶ。

 曰く、決して年齢通りに見えない若々しさが理由だそうで。

 よくアニメや漫画にいる『あらあらうふふ』なお母さんみたい……とかいう、わかるようでわからないことを以前のたまっていた。


 そして、母さんとしてはそれが嬉しいようで、すっかりその呼び方が通例になっているのだ。


「こんばんは。でも、私、あなたに会ったことあったかしら?」


 もっとも今回ばかりは話は別で、母さんは怪訝そうに首を捻る。

 当たり前といえば当たり前なのだが、パッと見では光理だとはわからないようだった。


「……もしかして、この子、庸介のガールフレンドなの?」


 その問いかけは、少女には聞こえないよう、ひそひとそした小声で。

 変に勘違いされても困るので、即否定に入る。


「違う。話は長くなるんだけど、そいつは――」

「へくしっ……!」


 だが、そんなタイミングで光理は再びくしゃみをする。


 ……親子だからだろうか。

 母さんの注意はそちらへ行き、


「……風邪かしら? 大丈夫?」


 と、少し前の俺と似たような質問を投げかけた。


 当然、あいつは同じような返答をして――


 その瞬間、空気が凍りついた。


「よ、庸介……! こんなに可愛らしい御嬢さんになんてアブノーマルなプレイを……! 駄目よ、あなた。この子の言うとおりにしていちゃ! 高校生になっても浮いた話の一つもない子だったけど、こんなにも歪んでいたなんて……!」


 黒衣ごとぎゅっと光理を抱きしめて、大きく後ずさりする母さん。

 その上、汚物を見るような視線で俺を見つめてくる。


 一方、光理は突然の出来事にキョトンとしていたのだが、すぐに小さく口元を歪め、細い声で


「そうなんです、私(・)が嫌って言ったのに無理やり……! 『新しい世界に連れて行ってやるぜ……』とか言っていて怖かった……っ!」


 と目を伏せた。


 ……なんか、とてつもない濡れ衣を着せられている。

 というか、新しい世界に行って帰ってきたのはお前だろう。


 この状況になってようやく思い出した。


 母さんは、実の息子である俺以上に光理とは馬が合うのだ。

 こんな風に弄られるのは、割と日常茶飯事。

 まさか、別人だと思っていてもそうなるとは、予想だにしなかったのだが……。


 まあ、変に仲が悪いより説明しやすいか。


 俺はそう割り切ると、頭をガシガシとして、大きくため息。


 そして


「……母さん。ややこしくならないうちに説明するから、一度リビングまで入れてくれよ。あと、光理もそこらへんでいい加減しとけ。怒るぞ」


 と告げた。





 説明は、普段食事を取っている四人掛けの四角いテーブルを囲みながら。


「……じゃあ、この女の子が光理くんなの……?」


 それが終わると、母さんは愕然とした様子で呟いた。


 信じられないのも無理はない。

 きちんとした証拠を見せられるまで、俺ですら疑ってかかっていたのだから。

 その上、家に住まわせてほしいというオプション付き。


 大人である母さんがすんなり呑み込めるはずがなく、やはり説得は長引きそうだ――


 と思っていたところ。


「……信じるわ」


 恐ろしいほどあっさりと、こくりと頷いてしまう。


「ホ、ホントに……?」


 居候には不都合な話だから、吸血鬼云々は端折っているとはいえ……。

 あまりのスピード解決に、俺の隣にいた光理も目を見開いていた。


「……そんなに意外だった?」

「いや、常識で考えれば信じないだろ。……母さん、一応聞いとくが、変なところに預金振り込んだりしてないか?」

「失礼ね! そりゃあ、魔法のある世界だなんて、常識で見れば冗談だと思うけれど……」


 呆れた視線を投げかければ、母さんはぷくっと頬を膨らませた。


 つい、年を考えると言いたくなる。

 まあ、母さんは童顔気味の柔和な顔つきで、こういう年甲斐のない子供っぽい仕草がよく似あってしまうのだが……。


 だが、それは一瞬だけで、すぐに真剣な顔つきに。


「庸介の足が綺麗さっぱり治っちゃってるんだもの。どれだけお医者様に見せてもダメだったのに……。魔法――って言われたら納得しちゃうし、例えあなたが光理君じゃなかったとしても、何かお礼をしなくちゃいけないのは変わらないわ」

「ヨーコさん……」

「それに、お話していても、『ああ光理君だなあ』って思うところがところどころあったもの。だから、光理君は気にせず、うちにいてくれていいのよ。庸介には言いづらくて不便なことがあったら、すぐに私に言ってくれたらいいから」

「……はい。ありがとうございます」


 優しく微笑みかけられ、ちょっとだけ光理の目が潤んでいるのが、俺には見えた。


 兎も角、これで話しは纏まった。

 今は家にいない父さんも、どうやら母さんの方から上手く伝えてくれるようだし。


「ふぅ……」


 そうして、安心した途端、


 ――ぐぅ~


 気の抜ける音がリビングに木霊する。


 俺じゃない。


「て、てへへ」


 ……てれてれとするのは光理で、吸血鬼でも腹の虫は鳴くらしい。


「仕方ないわ、こんな時間だもの。遅くなってしまったけど夕飯にしましょうか。でも、その前に光理君は着替えてらっしゃい。庸介、適当な服を貸してあげてね」

「了解。……じゃ、行くぞ、光理」


 こうして、この場は一端解散となり、俺たちは自室のある二階へと向かった。

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