四話 その正体の伝え方

「ってことは、本当に光理みことなのか……?」

「だから、ずっとそう言ってるじゃん!」

「わ、悪い……」


 俺の呟きを受け、むきーっ! と拳を振り上げる銀髪の少女。

 その仕草もかつての親友を思わせ、俺は彼女の主張に納得してしまう。


 だが、決して混乱は収まらず、それどころか一層増すばかりだ。


「だとしたら、今までどこに? それに、その姿は?」


 ――まさか、海外にでも行って性転換手術を受けてきたのか?


 真っ先に浮かんだのはそんな考えで、すぐに自分で否定する。


 今の姿はそういうレベルの変貌じゃない。

 肉体改造を通り越して、別人そのものだ。


 人知を超えた、何か。

 なんとなく、そう思えた。


 それに、もし自分の遺志で消えたのだとしたら、せめて周りに行き先ぐらいは教えるだろう。


 両親の死の直後の失踪。

 世間には、自殺を疑うものもいたぐらいなのだから。 

 

「順を追って説明するから落ち着いてよ。僕の話を聞く。そういう約束だったでしょ?」

「あ、ああ……」


 謎が謎を呼び、何がなんだかわからない。

 悶々としていると、光理が俺を再び嗜める。


 言われてみればその通り。

 先ほどまでの会話は『光理を本人だと認めるかどうか』であって、提示された約束とは別のはず。


 もっとも、相手を光理だと認めた以上、約束の必要もない気がするんだが……。


 とりあえず落ち着こう。

 俺は大きく深呼吸して、再び赤い瞳を見やった。


 すると、それを合図のようにして、あいつは問いかける。


「ヨースケは、異世界召喚って信じる?」

「異世界、召喚……?」


 聞きなれない言葉で、つい鸚鵡返しにしてしまう。

 とはいえ、単語の組み合わせからなんとなく意味はわかる。


 子供の頃のアニメやゲームでよく見た、いきなり異世界に飛ばされるやつ。

 恐らくはあれのことだろう。


 だが、信じるとはどういうことだろうか。

 まるで、確認されてないだけで実在するかのような――。


 ……まさか?


「うん、ご明察。僕さ、召喚されちゃったんだよ――異世界」





 一年前のあの日。

 光理は帰るなり、食事もとらずに眠りこけてしまったのだという。


「でも、そのおかげか、僕にしては珍しく早起き出来てね。それならと思って、ヨースケの家に行く準備をしてたんだよ。歯磨きをして、服を着替えて。で、ドアを開けて見たら――」

「異世界だった……ってのか?」


 俺の問いかけを受け、光理はこくり。

 今でも熱が冷めやらぬという様子で、興奮をそのままに伝えてくる。


「そのときは本当に驚いたよ! 家から出た途端、神殿みたいな場所に飛ばされて、目の前に綺麗な女の子がいたんだもん!」


 晴れやかな青空を思わせる髪色の女の子は、自分を巫女だと名乗ったそうだ。

 そして、光理に祈りを捧げるように跪き、告げた。


『私たちの住む世界は危機に瀕しています。勇者様。どうか、お救い下さい――』


 と。

 

「向こうの世界じゃ、人類が滅びそうになったとき、勇者を異世界から召喚するのが伝統なんだって。で、今回白羽の矢が立ったのは僕だったってわけ」

「……なんで光理なんかを? ただの中学生だろ?」

「勿論それには理由があってさ。僕達の世界の生き物にも、知覚できないだけで魔力って宿ってるんだって。で、僕って生まれつき、光の魔力が滅茶苦茶強いみたい。それこそ転生チートレベルでね」


 転生チートという単語はよくわからないが……。

 どうやら、光理が選ばれたのにはきちんと理由があるらしい。


「凄くない? 勇者様って呼んでもいいよ? 向こうの世界じゃ、一般人どころか仲間の女の子からも尊敬のまなざしでモテモテだったんだから」


 続けて、ちょっとイラッとするほどのドヤ顔になり、慎ましやかな胸を張った。


 ……要するに、褒めろと言いたいんだろう。


 だが、俺はといえば


「勇者……勇者かあ……」


 正直、半信半疑だった。


「……もしかして、信じてない?」

「まあ、本音を言えば、な。お前、昔からそういうの好きだったし」


 ――ゲームみたいな設定で正直胡散臭い。


 親友には悪いのだが、それが俺の率直な感想である。


 とはいえ、辻褄自体は合っていて、矛盾も思いつかない。


 何故、警察が捜査しても、手がかり一つ見つからなかったのか。

 まさか、本当に神隠しだったというのは、あまりにオカルトが過ぎる気もするが……。


 目の前の少女を認めた時点ですでに常識とはかけ離れた世界にいるのだから、今更といえば今更だった。


「むぅ……。魔法も使えるんだけどな」

「……わかった。信じるよ、勇者様・・・。話を続けてくれ」


 それに、このまま疑いの眼を向け続ければ、実証とばかりに変な魔法を使いかねない。

 この幼馴染はそういうところがあると、俺は身を以て知っているのだ。


「ま、ヨースケが頭固いのは知ってるし、別にいいけどね」


 一方、長年の付き合いということもあって、向こうも向こうで割り切ってはいるようだった。

 じと目でこちらを見はしたが、話を再開する。


「その危機っていうのは吸血鬼だったんだ。闇を纏い、血を吸い、眷属を増やす魔物――。爆発的に勢力は拡大してて、いろんな町が吸血鬼の支配下に置かれてた。そこから先は単純だよ。僕は巫女と一緒に旅に出て、それを一つ一つ解放して行った。その過程で、たくさんの仲間が増えて、僕自身も強くなった。そして、役割を果たしたから元の世界に還ってきた。……ただ、それだけ」

「……なるほど」


 語り終えると、ふぅっと一息。

 若干疲れの見え隠れする姿に、『おつかれ』と、言ってやりたいのは山々なんだが。


「……それで、どうしてお前は女になったんだ? 今の説明からは、そこが抜け落ちてるだろ」


 明らかにはぐらかされた部分があり、俺は指摘する。


「どうしてそこを気にするかな……あんまり言いたくないのにさ」

「……?」


 すると、不満を多分に含んだ一言が飛んでくる。

 その上、ぷくっと頬を膨らませてだ。


 ……何か、地雷を踏んだんだろうか。


 困惑を隠せずにいると、光理は覚悟を決めたように俺を見つめ、ぽつぽつと語りだした。


「吸血鬼の親玉は『真祖』っていうんだけど、変なやつでさ。……戦いの直前、僕のことを手籠めにしたいって言い出したんだよね」

「て、手籠め……!?」

「……うん。『一目見て気に入ったから、絶対にモノにしてやる』って言ってた」


 手籠め――。

 流石に高校生になればその意味はわかる。


 その上、モノにしてやるとは。


 自分を討伐するために呼び出された勇者だろうに、一体何がどうしてそうなったのか。

 思わず俺はベンチごとひっくり返りそうになってしまっていた。


 しかし、すぐに頭が冷えてくる。

 冷静……とは言い難い。

 どちらかといえば、嫌な予感が原因の、さっと熱が引く感覚。


「……まさか」


 生憎と、二度目のまさかも的中していたらしい。


「うん、そのまさか。最後の最後で僕は勝てなかったんだよ。とはいえ、負けたわけじゃないんだけど――」


 ここで一度言葉を切って、少女は口角をにっと上げた。


 露わになった口元が、月明かりを受けてきらりと光る。

 犬歯というには尖りすぎた一対のそれは、獲物を貫く蝙蝠の牙を連想させ――


「そいつに血を吸われて、吸血鬼の女の子になっちゃったってワケ」

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