二話 昏い赤との出逢い方

 それから一年。

 未だに光理は見つかっていない。


 原因は一つ。

 現状、身元責任者だったあいつの親戚が、捜索願を出そうとしなかったのだ。


『ただの家出でしかない。すぐ帰ってくるだろう』


 彼らは、失踪の報に対してそう突っぱねた。


 結果、警察は動かなかった。

 どれだけ親しい間柄であっても、保護者じゃなければ捜索願を出せず、捜索願がなければ警察は動かないのだという。


 抜け道があるとすれば、事件性がある場合か。

 例えば、誘拐など――。


 幸運といっていいのかはわからないが、光理の自宅には、スマホだけじゃなく財布といった貴重品がそのまま残されていた。

 もし、家出なら少なくとも軍資金は持っていくはずで、強引に連れ去られたんじゃないかという仮説は、それなりの論拠を持っていたと言えるだろう。


 だが、捜査の結果、すぐにその道筋は絶たれてしまう。


 あいつの自宅はマンション――それも、防音設備はちゃんとしていない――なのだから、争うような物音や悲鳴がすれば近隣の住人にはすぐにわかる。

 その上、部屋は俺が入るまで全く荒らされておらず、誰かが強引に押し入ったような形跡は全く見当たらなかった。


 トドメとなったのは監視カメラの映像だ。


 アパートの入り口に備え付けられたそれ。

 管理人曰く、出入りしようとすれば絶対に映る位置に仕掛けられているらしい。


 しかし、光理が一度帰宅して以降、怪しい人影は映らない。

 おろか、消えたという当人すらも、だ。


 当惑の中、誰かが言った。


 ――これは、神隠しではないのか?


 と。


 普通なら、二十一世紀の現代で馬鹿げた考えだと笑い飛ばすだけの話なんだろうが……。

 そうとしか説明できない状況に警察は事件性を見いだせず、それきり捜査は打ち切られてしまったのだった。





 ……とはいえ、周囲もただ手をこまねいていたわけじゃない。


 例えば、クラスメイト。

 俺を含めた彼らは、警察が動かないなら自分たちで探すと強い決意を持っていた。


 先ほど俺が一人で行っていたビラ配りも、最初はもっと大人数で行っていたのだ。


 全員のモチベーションは高かった。

 光理は交友関係が広く、友人が学年中にいたからだ。


 だが、それ以上に時期が悪すぎた。


 よりによって、中学三年生――受験を控えた時期だった。


 あるものは、人探しより優先するものを見つけて。

 また、あるものは親に止められて。


 参加者は一人、また一人と減っていく。


 ……高校進学は、一つの契機だった。


 クラスが散り散りになったのは、裏を返せば蓋をするにはちょうどいい切欠で――。


 今では、俺以外のクラスメイトにとって、失踪した少年の話題はタブーとして扱われているのらしかった。





 ……歩きながら深く考え込んでしまっていたらしい。

 気が付くと完全に日は沈んでいて、周囲は真っ暗闇になっていた。


 夜道を照らすのは、ぽつぽつと設置された街灯と、宙に丸々と浮かぶ月の二つだけ。

 とはいえ、電車を乗り継いでここまでくればもう通い慣れた道で、どれだけ暗かろうが迷うはずもない。


 止まっていても痛む足でゆっくりとだが進んでいく。


「……もし走れたら、急いで帰るんだがな」


 独り言を呟いたのは、そろそろ自宅近くの公園が見えてくるあたり。

 なんとなくそちらへと視線をやってしまう。


 見えてくるのは、古ぼけたジャングルジムと、高校生が使うには低すぎるブランコ。

 そして、あの日、光理と話をした青いベンチだ。


 当たり前だが、一年前から何も変わっていない。

 変わっているはずがない。


 もしかしたら、過去を想い返していたせいで、妙なノスタルジーに囚われたのかもしれなかった。


 ……しかし、この時間帯の公園というのは、月明かりも相まって妙な雰囲気がある。


 何か気味の悪いものが見えても困る。

 俺は、そのままそそくさと立ち去ろうとして――


「……ん?」


 意に反して、ある一点で視線を止める。


 そこにいたのは、一人の少女だった。

 ベンチにちょこんと腰掛け、鼻歌を歌いながら、じっと夜空を見つめている。


 いや、女の子が公園にいること自体は――時間帯故、不用心とはいえ――何もおかしなことじゃない。

 夏休みということもあり、コンビニや塾帰りの子供なんかはそこそこ見かけるのだし。


 では、何が俺の気を留めたのか?


 ……それは、少女の容姿だ。


 腰までに流された銀髪が、月明かりを受けて艶やかに輝いている。

 連想するのは、上質な銀糸。

 透き通るようなそれは、彼女の奏でるリズムに合わせ、ゆらゆらと揺れていた。


 一方、衣服は対照的に黒。

 どうやら粗雑な布を外套のように纏っているらしいのだが、宵闇に溶け込むかのように馴染んでいる。


 もし、髪色が銀じゃなければ、どれだけ目を凝らしても気づかずに通り過ぎていたんじゃないか。

 そんな馬鹿げた推測が浮かんでしまうほどだった。


 まるで絵本から妖精が出てきたような幻想的な光景に目が離せない。


 その可憐な美貌を、もっと近くで見たい。

 無意識のうちに、魅入られるように一歩――また一歩と進んでしまっていた。


 ざりっ。


 すると、足元にあった石を蹴飛ばしてしまい、微かな物音が立つ。


 とはいえ、少女を気づかせるには十分すぎる音量で、月に向けられていた視線は地面へと戻ってきて、音源である俺の方へと。


「わ、悪い。驚かせたかな。俺はこの辺りに住んでるやつで――」


 ……幸い、自分で立てた物音で、俺自身も正気に引き戻されていた。


 慌てて弁明をする。


 夜道、恐らくは年下の女の子に向け、じりじりとにじり寄る男子高校生。

 傍から見たら、――いや、自分から見ても――まず不審者扱いされてもおかしくはない状況だからだ。


「こ、こんな時間に出歩かない方がいいぞ。じゃあ」


 もっとも気まずさを拭いきれるわけがない。

 だから、適当に当たり障りのないことを言って、そそくさと踵を返す


 ――はずだった。





「……待って」


 反転するより先に、甘いソプラノボイスと共に少女と目が合う。

 その途端、俺を襲ったのは、先ほどの陶酔とは正反対の、腸(はらわた)を鷲掴みにされたかのような不快感だった。


 赤く――そして、仄暗い色の、まるで凝固した血液を思わせる瞳。


 美貌ではなく、異貌。


 これ・・には関わってはならない。

 全身が、警鐘を鳴らしていた。


 だが、身体はまるきり自由が利かなくなる。

 動けとどれだけ命じても、後ずさりすら許されない。


 酸っぱいものがこみ上げてきて、脂汗が噴き出る俺をしり目に、少女が腰を上げる。

 ゆっくりと嘲るかのように近づいてくる。


 何か言おうとしても駄目だった。

 ただ口をパクパクと開け閉めするだけで終わってしまい、意味のない空気の音がひゅーひゅーとするだけだ。


 こうして、あと十歩ほどで届く距離になったころ。

 少女の足が、より速く土を蹴る。


 進路はまっすぐ俺の方へと。

 だというのに、速度を落とす気配は全くない。


 そして――


「ヨースケ! ヨースケだよね! 僕だよ、光理だよ! ……帰ってきたんだよ!」


 抱き着くようにしてタックルをかますと、先ほどとは打って変わってきらきらした笑顔で、耳元で叫ぶのだった。

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