第3話 目覚めると異世界

どれぐらいの間、意識が飛んでいたのだろう。気がつくと、店内には誰もいなかった。くそっ。俺は舌打ちをする。あの屑どもめ。酔った勢いで後頭部をぶん殴りやがって。


 これは立派な刑事事件だ。あとで警察に告発してやる。そう思いながら、ポケットを探す。財布を持って行かれなかったか気になったのだ。幸い、財布はスーツのポケットに入ったままだった。


 しかし。店主はどうしているのだ。店主も青木どもの仲間内なのか。よくもまぁこんな状況を見過ごしてくれるものだ。


 俺は、殴られて痛む後頭部をさすりながら立ち上がった。


 静かだ。物音一つしない。店内には誰もいないのだろうか。奥の厨房にも?


 そもそも今は何時なんだろう。俺は何時間ぐらいここでのびていたのだろうか。もしも、すでに朝がやってきているとしたら、マズイ。仕事に遅れてしまう。今日は朝から議運があったはずだ。陳情書の取り扱いについて会派ですり合せも行う約束だ。


 なにはともあれ、ここを出なくては……。


 俺は、どこか酔いの残るおぼつかない足取りで、中華料理屋の扉を開け、外に出た。


「え? どこだ、ここ?」


 出た先は、見知った住宅街ではなかった。全く見覚えのない、どこか異国のような光景。日本ではないかのような。


「いやいや、どうなってんの?」


 中華料理屋の扉を振り返る。が。そこには扉がなかった。完全に消滅していた。ただの路地裏になっていた。


 混乱する。頭が混乱する。何が起こったんだ。俺は殴られて頭がおかしくなったのか?


 再び周囲を見渡す。街だ。街ではある。ただ、日本的な建築様式ではない。というか、アジア的ではない。まずそもそも、コンクリートのような材質の壁が見当たらない。ほとんどが土壁だ。


 とはいえ、文明レベルが低いとは言えそうにない。路地裏があることからわかるように、所狭しと建造物が立ち並んでいる。そこそこ高層のものもある。雰囲気で言えば……トルコのカッパドギアのような感じだろうか。どことなくオリエンタルだが、しっかりと都市として文明発達をしている。


 しかし……。


行き交う人々。これが一番の特異点だった。どうみても、俺が知っている『人間』ではない。みんな二足歩行をし、言葉を交わし、洋服を着てはいるのだが。


 猫耳を頭につけた女の子、顔だけライオンのような獣人、エルフのような尖った耳の女性。まるでファンタジーの世界だ。俺みたいな、所謂平凡な人間が見当たらない。


 服装もみんな、中世ヨーロッパのような服装をしている。ローブのようなものをまとっていたり、薄汚い端切れの奴隷服のようなものを纏っていたり。


 見る限り、所得格差はかなりありそうだ。ボロボロの布きれを着た、耳の尖った男は、やせ細っている。あばら骨が浮いて見えている。


 一方で、美しいドレープを描く、絹のような材質の服を着た婦人が悠々と通りを歩いていく。


 日本では体験できないような、富の二極化を感じる。


 ここは、異世界だな。直感的にそう思った。海外とかそういう次元ではない。全く別の世界だ。オルタナティヴな世界だ。


 なるほど。異世界転送というやつか。俺はもう一度、背後を見る。やはりそこにあるのはただの路地裏だ。中華料理屋の扉は見つからない。目下、帰り方もわからないというわけだ。


 さて、どうするかねぇ。不思議と、怖さは感じなかった。俺は生来、いざとなると物怖じをしないタイプだ。ある程度以上の異常事態に面すると、感覚がマヒしてしまう。そのせいだろう。この状況に、悲観するような気持ちにはなれなかった。


 まずは情報収集か。ここがどういう世界なのか、そして、生き抜くにはどうすればいいかを考える必要があるな。そもそも、金銭とかどうなっているのかを知る必要があるし、住居も確保しなきゃならないからな。


 俺は、歩き出した。

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