箱舟

@gourikihayatomo

第1話

「最近の人間たちの行状は目に余る!」

「その通り。われわれの言うことをまるで聞こうともせず、勝手なことばかりやっている」

「われわれは人間の育て方を間違ったのであろうか。このままではこの国を滅ぼしてしまうぞ。何か手立てはないものか」


 国中の神様が出雲大社に集まり、このところ増長気味の人間たちの扱いについて相談していた。


「聞くところによると西のほうでも同じような問題が生じたそうだ。その時、エホバは信仰心に篤く自分を敬い、日々清く正しく暮らしている、ただ一人の男とその家族を残し、あとは全て滅ぼし、最初からやり直したらしい」

 スサノオノミコトが恐ろしいことを言い出した。

「ブルル、なかなか過激なことをやるものじゃのう」

「やむにやまれぬ、切羽詰った思いがあったのだろう。残念ながらここも同じような状況になりつつある」

 オオクニヌシノミコトも悲しそうに頷く。

「しかし、神を恐れぬ不埒な人間どもをどのような方法で一掃したのだろうか」

「なんでも大洪水を起こして人間も動物も残らず溺れさせてしまったようだ。一方、エホバの教えを守り、慎ましく暮らすノアの家族には箱舟を作らせ、命を救ったのだ」

「やはりそういう大胆なやり方しかないのじゃろうか。神を信じる家族を一家族だけ選び、警告を与えると同時に箱舟の作り方を教えるのだ。神に選ばれぬ者どもは洪水で死んでしまう。つまりは自業自得、因果応報というやつだ」

「やってみるか。悪しき人間がこれ以上この国にはびこるのを防ぐ方法は他にないだろう」

「それではいいな。洪水は1ヵ月後に起こすとしようか」

「よし」

「やむをえないな」

……


 やがて天地をひっくり返すほどの大雨が降り始めた。雨はノアのときに倣って四十日四十夜降り続き、大和の国は富士のいただきも含め残らず水に沈んだ。箱舟で難を逃れるよう神から教えられた家族と彼らが箱舟に集めた動物たちを除いては。


「どうだ、うまくいきそうかな」

「皆、一家族だけを選んだのであろうが……」

「ノアの方法はここでは無理があったのかもしれん」


 大和の国の八百万の神々は暴風雨の中、弱弱しくもけなげに浮かぶ無数の箱舟を見下ろし、諦めたように、またどこかホッとしたように頷き合っていた。



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