ブランコ 

 

 真っ青な空に浮かぶ真っ白な雲に。

 届くんだって思いっきり手を伸ばすように。

 あの小さな小さな靴は放物線を描いていった。

 何処までも行けると全身で信じているこの子をこの体に乗せて一緒にスイングする。

 小さな公園に置かれた、僕はブランコだから。

 

 

 暖かくて空気が綺麗な日はみんな僕に乗りたがる。

 お母さんはそばに立って冷たい鎖を握って、小さな宝物の背中を優しく押してあげる。

 頬を冷やすように撫でる風が首筋にそっと囁く風とかわりばんこで、少年は短い前髪を踊らせて細い脚を力いっぱい伸ばす。

 彼が嬉しい時は僕も嬉しいってこと、たとえ知らなくてもいい。

 また明日も来てくれるだけでいい。



 ランドセルをいくつもまとめて片隅に置くと、少年達は僕と僕の隣とそのまた隣と、よっつ並んだ僕らと一緒に競い合うんだ。

 彼らが強く鎖を握って僕の体の上にしっかりと足をつけるなら、僕は彼を怖い目にあわせないように頑張るんだ。

 引力の境界線で僕らは踊る。そしてみんなは競うように片足を投げだす。

 小さな靴は空高く放物線を描いていく。

 たまに何かを失くすこともあるけれど彼らは悔やんだりしないんだ。

 きっとずっと大切なものは失くさないでいて。



 体が大きくなってくるとみんなは僕を揺らせなくなる。

 だからくるくると回されて鎖はねじれていく。

 昨日よりまたひとつ遠くなった地面。

 制服姿の男の子と女の子が隣り合って乗っかる。

 長い時間で錆びついた僕の体が、きぃきぃと鳴る。

 子供達みたいに風を切らせてはくれないけれど、静かに暮れていく橙色の空の下で時間がゆっくりゆっくり流れていく。

 こんな風に優しいそよ風も、僕は好きなんだ。



 数えきれない雨降りと、冬を告げる雪化粧と、熱を置いていく真夏を何度も何度も繰り返す。

 僕はだんだん地面を離れていく。

 ねじれて戻らなくなった鎖とささくれてすり減った体が重ねてきた時間の証。

 やがて僕も子供達の手を握れなくなり、子供達も僕の手を握れなくなって、彼を怖い目にあわせない自信がなくなる。

 だから僕は役目を終えることになった。



 しとしと降り注いだ雨があがる。

 もうずっと傾いて戻らない僕の体が、角からぽつりぽつりと雫を捨てる。

 陽が高くなってきてほとんど乾いたけれど僕に乗っかる子供はいない。

 今日が終わればさよならなのに。


 空気が冷たくなってくる。

 あの空の橙色はいつか見た気がした。

 お母さんも子供もいなくなったこの公園が今日の終わりに少しずつ満ちていく。


 ゆっくりと入ってきた男の人が僕の隣に足を止めた。

 どこか懐かしそうに鎖を撫でて、彼は足をかけると危なっかしく傾いた僕の上に立った。

 それはとても久しぶりの出来事で、嬉しさに高鳴る僕の心を知っているように彼は大きくスイングを始めた。

 

 頬を冷やす風のあとには首筋に囁く風がかわりばんこに吹きつけて、彼の前髪が踊ればまるで少年のような瞳が綺麗な宝石に見えた。

 夕映えの公園に錆びた僕の最後の演奏が響く。

 彼は思いっきり片方の足を投げ出した。

 

 ずっとずっと、もう一度見たいと思っていた。

 何処までも行けると叫ぶような、あの何よりも眩しい放物線を。

 

 少しずつ風が優しくなって、やがて僕は止まった。

 彼は少し照れながらけんけんをして草むらの中に大きな靴を探しに行った。

 

 靴を履いて戻ってきた彼は、少し興奮した顔と右手に揺らす小さな小さな靴を僕に見せた。

 そしてそっと聞かせてくれた。

 それは幼かったあの日、失くしたもの。

 今日、ちっぽけなものを失くして悔んでいた自分はここでとっても大切なものを思い出したと。



 最後の夜空が白んでいく。

 もうすぐ僕は役目を終えて、この公園にも別れを告げる。

 でも大丈夫。そんなに寂しくはないんだ。

 数えきれない笑顔や、時々降った涙。

 最後に鎖に残ったぬくもり。

 君たちと作った思い出を、きっと僕は忘れない。

 

 

 

 

 

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