カーペット 

 

 僕はカーペット。

 あるお店の入口に敷かれている。

 

 色んな靴が僕を踏みつける。

 小さな子供は走りながら何度も思いきり踏む。

 大きな男の人が靴底の泥を擦りつけていく。

 女の人の尖った踵が痛い。

 工場からここへ来た日、何でこんな目に遭うんだろうと思った。

 お店を汚さないために僕を汚す。

 その為だけに生まれてきたなんて悲しかった。


 雨の日はいっそう辛かった。

 泥水をいっぱいなすりつけられる。

 女の人の踵よりも鋭い傘の先で何度も刺してくる人もいた。

 僕はやっぱり、何でこんな目に遭うんだろうと恨めしく思った。

 

 ある日、僕をここに連れてきたおじさんが現れた。

 憎しみをこめて見上げる。

 この人がこんなところに敷いていかなければ僕は辛い思いをしなくてすんだのに。

 おじさんはお店の人にお礼を言いながら、僕を丸めると抱え上げた。

 何をされるんだろう。

 おじさんは今まで僕がいたところに新しいカーペットを敷く。

 綺麗なやつだった。

 そして僕は車に押し込まれる。

 こんなに汚れてしまったからついに捨てられてしまうんだと悟った。

 さっき敷かれた兄弟に同情した。

 彼もまたきっと同じように辛い思いをして、少ししたら捨てられてしまうんだ。

 おじさんは乗せ終わった僕に軽く手を置いた。

「ご苦労さん。よく頑張ったね」

 ドアを閉めると彼は運転席に座る。

 ゆっくり走る車の中で僕は覚悟を決めていった。



 あれから数日後、僕はまた車に揺られていた。

 捨てられると思ったのに、今は生まれたてのように綺麗になって運ばれている。

 車が止まり、おじさんに抱きあげられた。

 前と違うお店に入ると彼はまたお礼を言いながら、ひどく汚れたカーペットを丸めて拾いあげる。

 そしてそこに僕を敷いた。

 ああ、せっかく綺麗になったのにまたあんな目に遭うんだ……

 そう知って悲しくなる。

 するとおじさんは立ち上がる前に軽く僕を撫でて、

「頑張ってな」

 とても小さい声でそっとつぶやいた。



 また汚れた靴で踏まれる日々が始まった。

 子供は走ったり飛び跳ねたりする。

 おかしな音の鳴る靴で踏んでいく。

 男の人は体重が重いし、雨の日は目を背けたくなるような靴底で乗っていく。

 女の人の踵は相変わらず痛かった。

 でも、何故だろう?

 僕は前ほど悲しくなかった。

 辛くなるたびに、おじさんの声がそっと聴こえる気がしたんだ。


 これ以上汚れる場所もなくなった頃、久しぶりにおじさんがやってきた。

 お店の人にお礼を言いながら、前と同じように僕を丸めた。

 いったん僕を外に置く。

 そして今まで僕がいたところに、綺麗な兄弟を敷いた。

 そっと彼を撫で、小さく声をかけていく。

 僕を車に押し込むとおじさんはまた軽く手を置いた。


「ご苦労さん。よく頑張ったね」


 前にも言われたその言葉を、なんだか初めて聴いたように感じる。

 前には気付かなかったおじさんの手のひらの温かさを感じた。


 ゆっくり車が揺れる。

 おじさんは前を向いたまま話しかけてきた。


「お店に来た人達が最初に会うのが君なんだよ」

「君がいるとお店が温かくなる」

「君の柔らかさに、皆が少し優しくなるんだ」


 僕はその言葉を聞いて、初めて自分のことを知った。

 お店の代わりに汚されるだけの存在じゃなかったんだ。


「晴れの日も雨の日も、君がいるから安心して一歩目を踏み出せるんだよ」


 なんだか、嬉しい気持ちになった。



 数日後、また綺麗になった僕は車に揺られている。

 何処かに着くと、おじさんに抱きあげられた。

 たっぷり踏まれたカーペットを丸めて、彼のいたところに僕を敷く。

「頑張ってな」

 そっと撫でながら優しくつぶやくと、お店の人にお礼を言っておじさんは帰っていった。


 今日は晴れている。

 どんな靴と最初に出逢うのか少し楽しみだ。

 でも、女の人の尖った踵は、やっぱりちょっと痛いけどね。

 

 

 

 

 

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