ヒッチハイク 


 通り過ぎる車に向かって親指を立てて突き出す。

 キィッという音がして止まったのはバイクだった。

 

 それが、不思議な旅の始まり。

 

 

 

 『ヒッチハイク』

 

 

 

 風を切ってバイクは疾走する。

 拾ってくれた青年は彼女の目的地と名前だけを訊いてタンデムシートを貸してくれた。

 何処までも続く一本道の周囲はやがて荒野へと変わっていく。

 しばらく地平線に囲まれながら走り続けていたバイクのエンジンが、突如怪しい音を立てる。

 壊れてしまった。

 

 仕方なく彼らはヒッチハイクをすることにした。

 遥か彼方まで延びる道を歩きながら後ろから車が来るのを待つ。

 その間に改めて自己紹介をし合い、互いの色々なことを伝え合った。

 彼女はミュージシャンの卵だった。

 青年は作家の卵だった。

 歩きながらの暇潰しを彼女が提案する。

 

 青年はこの小さな旅を言葉にし

 彼女はその短いフレーズにメロディをつけた。

 

 

 やがて一台の自動車が後ろからやってきた。

 大きく手を振りながら親指を見せる彼らを、その車は快く拾ってくれた。

 

 気のいい中年のドライバーは後部座席で歌を作る彼らにハンドルを離して手拍子を入れる。

 楽しいドライブの中、いつしか周囲の景色は山脈へと変わっていった。

 軽快に走っていた車が突然激しい振動に襲われる。

 降りて確かめると前輪が2つともパンクしていた。

 何かの破片を踏みつけてしまっていた。

 

 仕方なく彼らはヒッチハイクをすることにした。

 先にそびえる山脈を眺めながら歩き出す。

 中年の男性は小さな店でコックをやっていると言った。

 彼が口にする様々な料理が食欲をかきたて、青年はそれも詩に織り込んだ。

 彼女が曲をつけると3人で声を揃えて唄った。

 

 

 後ろからクラクションを鳴らされて振り向くとライトバンが遠くから迫っていた。

 3人が慌てて親指を立てると威勢のいい男が荷台を空けてくれた。

 

 抜けるような青空の下を即興の歌が走っていく。

 ドライバーはカーステレオを止めると運転席の後部の窓を開けて共に楽しんだ。

 山道をいくつもの螺旋を描きながら上り下りを繰り返していると、荷台の3人にドライバーが告げる。

 ガス欠だった。

 

 仕方なく彼らはヒッチハイクをすることにした。

 ライトバンの運転手は大工だった。

 青年は詩の中に家を織り込み、それは自然と望郷の歌へと紡がれていった。

 彼女の明るいメロディに乗せて皆で拍子を取りながら山彦を響かせた。

 

 

 しばらくして幌付きのトラックが通ると、レスラーのような男が快活な笑みを浮かべて拾ってくれた。

 青年が助手席に乗ってこれまでの経緯を話しながら感謝を告げる。

 男はすぐに打ち解け、運送の仕事で目にした色々な土地の話を聞かせてくれた。

 青年は様々な景色を詩に浮かべた。

 

 山間の道はやがて緩やかなカーブを描きながら海岸線へと抜けていった。

 右手の山と左手の海を眺めながらトラックは走っていく。

 傾く陽が海をキラキラと輝かせる。

 突然、崖崩れが起きた。

 斜面を転がっていくつかの大きな岩が前方に飛び出す。

 避けきれずに衝突してしまい損壊を被った。

 不幸中の幸いにも誰一人怪我をしなかったが、トラックを降りると途方にくれた。

 

 

 溜め息まじりに海を見つめていた彼女が海上に1隻のクルーザーを発見した。

 全員で浜辺に並び一生懸命呼びかけるとゴムボートで寄せてくれた。

 水入らずで航海していた夫婦は事情を聞くと町まで運んでくれると言い、皆を船上へと招待した。

 

 束の間の船旅。

 沖へ出るといつしか太陽は水平線へと溶け始めていた。

 青年が美しい落陽の詩を詠うと夫婦はいたく感動した。

 彼女がメロディをつければ船上は瞬く間にパーティー会場へと変わる。

 夫婦がお酒を振舞うと、中年男性がコックの腕を振るって少ない材料から美味しい魚料理を作った。

 

 楽しい時間は突然の凶報によって断ち切られる。

 計器故障が起きて修理ができそうにないと夫婦が皆に報せた。

 青ざめる7人はそのまま漂流することになってしまった。

 

 

 翌朝だった。

 救難信号で捜索にあたっていた海上保安のヘリが彼らを発見する。

 想像以上に沖へと流されていたため奇跡的な発見だった。

 全員を引き上げると陸を目指して飛行する。

 航路上に発生した嵐を避けるために大きく廻ることになった。

 

 突如プロペラが何かを巻き込みヘリは大きく傾いた。

 皆の悲鳴を抱えながら急速に高度を落す。

 パイロットの懸命な操縦で眼下の小島付近に不時着する。

 

 全員で浜辺へと泳ぎ着く。

 上空から見た限りでは島の中央に森があるだけの無人島に思えた。

 救難信号を打ったので、向こうの嵐が治まれば助けが来てくれるとのことだった。

 

 波打ち際を歩いていた青年が少し離れて付いてきていた彼女を呼ぶ。

 彼が指差す先には打ち上げられたゴムボートがあった。

 

 そして彼女は発見した。

 

 ボートの岸から少し離れたところに倒れている少年を。

 

 彼は一週間ほど前に海で遭難しここへ流れ着いたのだった。

 空腹と疲労で絶望的な状況の中、体を起こすこともできずに空を見上げていた。

 そこへ彼らのヘリが音を立てて飛んできた。

 だが自分に気付かずに通り過ぎていくヘリに、叫ぶこともできない彼はこうしたと言い腕を突き上げた。

 親指を立てて。

 

 

 ヘリから工具を取ってくると、男たちは森の木々を切り出す。

 運送屋の腕力が大いに活躍し、そして大工が完成させたのは簡易ベッドだった。

 そこへ少年を寝かせると海上保安員の指示を受けながら皆で代わる代わる看病をした。

 夜が訪れると、あの歌を皆で歌い励ましあった。

 翌朝まで少年は持ちこたえ、嵐が去ると彼らは無事に救助されたのだった。

 

 

 

 

 

 数年後。

 

 海難事故で家族を失った悲劇の青年が世界中の愛を集めた。

 

 養子にもらってくれた父親が書いた物語を、我が子のように愛してくれる母親が書いた旋律に乗せて歌う青年。

 

 潮風にあてられて少し掠れた彼の声が奏でるその詩は、

 不思議な旅と、

 数奇な運命と、

 そして奇跡的な出会いの物語だった。

 

 

 

 

 

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