車窓 


 先頭から4両目

 2つ目のドア

 左側



  『車窓』



 ガタン――

 ガタン――


 一定のリズムに揺られながら青年はドアに寄りかかっていた。

 朝の通勤タイム。

 進行方向左側のドアの、左隅。

 この場所にはいつも50代くらいの男性が立っていた。

 しかし今日は居ない。

 青年は左肩を窓に押しつけて前から流れてくる景色をボンヤリと眺めていた。


 天気の好い日が続いていた。


 電車がホームに滑り込む。

 逆側のドアが開閉し乗客が入れ替わる。

 そしてまた車体を揺らしながら電車は駅を出発した。

 少しずつリズムを速めていく。

 過ぎゆく向かいのホームを見つめながら好みの女の子を目で追った。

 やがてそれも途切れ駅区間が始まる。


 7時42分


 街並みが郊外に移り変わってゆき次第に田畑が増えてきた。

 暖かい日差しを浴びながら景色を眺めていると、不意に、彼の目にそれが飛びこんだ。

 畑の中でくわを振りあげる人影。

 その鉄が振りおろされる。

 人の頭に。


 ―――電車は景色を後ろへ流していく。

 窓に頬を押しつけてもその光景はもう見えなかった。


 動悸。

 脂汗。

 とても信じられない。

 たった今見てしまったモノ……。


 心を落ち着かせるように深呼吸をする。

 周囲の乗客を見回す。

 同じように外を眺めている向かいの男性は無反応だった。

 他の人達にも変わった様子はなかった。

 後ろに立っている女性には怪訝な表情で見られた。

 もう一度深呼吸をする。

 きっと見間違えに決まっている。

 もしかしたらカカシだったのかもしれない。

 彼はそう結論付けた。



 翌日。

 青年は昨日と同じように電車に乗りこんだ。

 同じ時間。

 先頭から4両目。

 2つ目のドア。

 左の窓。


 電車がホームに滑り込む。

 逆側のドアが開閉し乗客が入れ替わる。

 そしてまた車体を揺らしながら電車は駅を出発する。

 少しずつリズムを速めていく。

 過ぎゆく向かいのホームを見つめながら好みの女の子を目で追った。

 やがて途切れると駅区間が始まる。


 昨日の光景を思い出しじんわりと嫌な汗が滲む。

 景色は田畑へと変わっていった。


 流れてくる畑の中に2つの人影が見えた。

 鼓動が激しくなる。


 振りあげられた鍬が、

 人の頭に振りおろされた。


 景色は過ぎ去っていった。


 右頬を窓に張りつけ眼を見開いたまま震えが止まらない。

 目眩を覚え吐き気を催した。

 カカシではなかった。

 動いていた。

 2日続けて同じことが起きた。

 人が……殺された?


 しかしまたしても周りの乗客に反応はなく、

 電車は変わらず一定のリズムで揺れていた……。



 ニュースにはなっていない。

 3日目。

 青年は仕事を休み私服で家を出た。

 いつもは乗り過ごすホームで下りる。

 改札を出ると目的地へと足早に向かった。


 天気の好い日が続いていた。


 柔らかい日差しを浴びながらあの場所と思しき畑に辿り着いた。

 周囲には誰もいない。

 注意深く土と作物を観察したが血痕などは見つからなかった。

 夢でも見たのだろうか。


 腕時計を見ると7時42分。


 リズミカルな音が聴こえて顔をあげた。

 いつも自分が乗っていた電車が通り過ぎていく。

 先頭から4両目。

 2つ目のドア。

 2枚目の窓……

 そこに信じられないものを見た。

 昨日と同じスーツ姿の自分が見下ろしている。

 

 不意に背後から土を踏む音がして振り返った―――。




 

 

  *

 

 

 

 

 

  *

 

 

 

 

 

  *



 

 

 ガタン――

 ガタン――


 一定のリズムに揺られながら女性がドアに寄りかかっていた。

 朝の通勤タイム。

 進行方向左側のドアの、左隅。

 この場所には昨日まで20代くらいの男性が立っていた。

 しかし今日は居ない。

 彼女は左肩を窓に押しつけて前から流れてくる景色をボンヤリと眺めていた。


 逆側のドアが開き乗客が入れ替わる。

 あの青年はこの3日間体調が悪そうだった。

 ついに寝込んでしまったのだろうか。


 そういえば何故かいつもこの駅を出たあと様子がおかしかった。


 田畑が増えていく。

 天気の好い日が続いていた。

 何気なく見た腕時計の針が7時42分を示す。

 窓の外に視線を戻す。

 眼を疑った。


 畑の中に女性が立っている。

 その頭に向かって―――

 

 

 

 

 

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