僕は郵便屋さん 

 僕は郵便屋さんです。

 大切な気持ちを人から人へ届けるのが使命。

 僕は荷物を出来るだけ直接手渡す。

 それが僕の郵便屋さんとしての誇りなのです。

 

 ところでこの手紙なんですけれど、番地までちゃんと書いていませんね。

 この区画なのは確かですし、こういう時は大抵名前で見つけられるのですが……

 田中さん。

 4軒も並んでいます。

 

 さて……どうしたものでしょう?

 僕の誇りにかけてこの速達の手紙は確実に渡さなければなりません。

 下の名前は真理子さん。

 しかし表札はどれも苗字のみのようですね。

 何とかそれぞれのお宅にお住まいの方の名前を知りたいところですが……先ほど一気にチャイムを鳴らしたところ一人も出てきませんでした。

 

 このままでは使命を果たすことができません。

 これがもしとても大切な手紙だったら……

 たとえば愛の告白や、たとえば大切な人の危機を知らせる手紙だったら……そう思うと諦めるわけにはいきません。

 幸い手袋とガムテープは持ってきています。

 

 ……なるほど。

 ここはどうやら書斎のようですね。

 昼間から厚いカーテンが引かれていたのは本の日焼けを防いでいたのでしょう。

 なかなか立派なお宅のようですが警備会社と契約なさっていないのは意外です。

 取りあえず家族構成の判るものを探しましょう。

 

 ……どうやらこの田中さんではなかったようですね。

 表へ戻りましょう。

 

 2軒目の田中さん。

 こちらは警備会社と契約なさっていましたが、2階の窓は鍵が開いていました。

 立派な木があって良かったです。

 

 隅々まで探しましたが、名前が判るものは見つかりませんでした。

 とりあえずこのお宅は保留ということにして表に戻りましょう。

 

 さて、残るは2軒ですが……片方のお宅は犬を飼っていらっしゃいます。

 ヘタに騒がれても困りますので、犬のいないお宅から伺いましょう。

 しかしこちらは窓に格子がついています。

 幸いにも持って来ていた針金が役に立ちそうですね。

 

 綺麗な玄関ですね。

 無駄に靴が出ていないのは好感が持てます。

 キッチンも寝室も子供部屋も実に清潔で、美しい人柄がにじみ出ています。

 僕も常々かくありたいものですね。

 

 しかし残念。

 こちらのお宅には真理子さんはいらっしゃらないようですね。

 表に戻りましょう。

 

 さて……ついに犬を飼っているお宅です。

 鎖に繋いでいないので塀の中を自由に動けるようです。

 まずは彼をどうにかしないとお手紙をお届けできませんね。

 ここは幸いにも持って来ていたクロロフォルムで何とかしましょう。

 

 とても心地好さそうです。

 窓硝子を砕く鈍い音にもお構いなしに寝ている姿が微笑ましいですね。

 

 お邪魔したここは一目で分かる女の子の部屋です。

 と言っても小学生や中学生ではなさそうですね。恐らく大学生でしょうか。

 とうとう見つけました。

 田中真理子さん、名前の書いてあるノートが机の上に置かれていました。

 これで無事に使命を果たせそうです。

 あとは不本意ですが外のポストにお手紙を入れることに……

 

「誰か帰ってきた~?」

 

 これは……2階から女性の声と足音がするではありませんか!

 他のお宅を訪ねている間に帰っていらっしゃったのでしょうか!?

 このまま手渡しては驚かせてしまいます……表へ回りましょう!

 

 10秒足らずで正面に回りチャイムを押せました。

 すぐにドアが開き素敵な女性が現れました。

 どうやら先ほどのお部屋を見る前に出てきたようですね。

 

「こんにちは、郵便です」

 

 

 

 おや、昨日のあの区画がニュースになっていますね。

 4軒の田中さんの家に空き巣が入り、たまたま帰ってきた女子大生が鉢合わせする前に、偶然訪れた郵便屋が鳴らしたチャイムで犯人は逃げ出したらしいとのことです。

 おお……彼女が取材を受けていますね。

 

「郵便屋さん、ありがとう」

 

 いえいえ、どういたしまして。

 

 

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