新規のお客さま

神坂奏汰

第1話

 一年前、親父が病に倒れてから、ちょくちょく手伝っていたバーを、今年の夏ごろから、正式に継ぐことにした。カウンター席だけの小さな店。

 今日は、二週間ぶりに常連客の川本さんが店に来た。

「タイ出張のお土産」

 カウンターテーブルに置かれた、謎の置物。

「なんすか?これ…」

「棚にでも飾ってくれよ」

「俺、食べ物のほうがよかったなぁ」

 常連客の和人君が、川本さんから貰ったキーホルダー(やはり謎の形をしたもの)を見つめて、そうつぶやいた。

 その後、タイの話をたっぷり聞き終えたところで、僕は、川本さんが出張中に、店に来ていた謎の女の話をした。

その女は、二十代前半?ツバのある帽子を深くかぶり、暗めの服を着ていた。ほぼ毎日のように来て、一番奥の席に座り、ウーロン茶を頼んで、二時間ほどしたら帰る。僕から話しかけても、頷くか一言返事をする程度だった。

「もしかしたらその女、何かの事件の実行犯だったりして!」

 和人君のテンションが高くなった。

「実行犯?」

「そう!あれだ、麻薬の密売だ!きっと!」

「ここで?ここは僕の店だよ」

 三人で笑うと、店のドアが開いた。例の女だ。僕は、二人に目配せをする。さっきまでテンションの高かった和人君が黙ってしまった。店内は暫く、ニールヤングの歌声だけが響いていた。

「川本さん、おかわり作りますね」

 僕が沈黙を壊すと、女がチラリとこちらを見た。そして僕たちのほうへ近づいてくる。和人君の想像だったら、何か起きそうな感じだ。

女は、川本さんの近くで止まると、右手をポケットに入れた。ナイフか?それとも拳銃か?

女が出したものは、謎の形をした木彫りのストラップだった。

「これ、覚えてる?」

 川本さんは驚いた後、直ぐに微笑んだ。

「インド出張のときに買ったお土産だな」

 何が起きたかさっぱりだった。

「この子は、俺と別れた女房の子供の、真菜」

 女は帽子をとって、僕と和人君に挨拶をした。川本さんと雰囲気が似た、かわいらしい顔だった。

どうやら、二週間前に二十歳の誕生日を迎えて、父親に会うため、この店にやってきたらしい。

「私も、父と同じお酒いただいていいですか?」

 この日、かわいい常連さんが一人増えた。

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新規のお客さま 神坂奏汰 @Lucia_k

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