第7話 抜錨 ~どっちつかずと銀の輪~
翌朝、シャンヴァラの前に、主だった人間がそろっていた。
「見送りはいらないって言ったのに……どうせ、島の中にゃいるんだからさ」
「それでも、その姿で会えるのは最後となるでしょうから。今回は、本当にありがとうございました」
親方の伸ばした手を、エメラルドは堅く握る。
「ああ、こっちも久々の現世は楽しかったよ。また会う時は、もう少し簡単な件で呼んで欲しいもんだ。とっとと片付けて、ゆっくり酒を楽しみたいからね」
「むしろ、平和な時にお呼びしたいものですな」
お互い、笑顔と軽い一礼を交わして離れる。
続いて前に出たのは、トマスだ。
「キャプテン・エメラルド。色々ありがとうございました」
「今回の件、お前が真相をあぶりだしたんだろう?それなら、誇っていいんだぞ?」
「いいえ、確かに敵は突き止めましたが、結果として被害を拡大させてしまったのは僕ですから……」
「本当、お前は殊勝な奴だね」
言葉を切って顔を上に向けたエメラルドは、ネオ・ユニコーンの甲板へ向けて声を張りあげる。
「レイナ!あんたの子にしちゃ出来すぎてるくらい良い子だ!大事にしなよ!」
船の縁に顔を出したレイナは、ひらひらと手を振って答えるだけだった。
「ったく、相変わらずだな……っと」
太陽にかざした自分の腕が透けてきているのを確認したエメラルドは、自分の船へ視線を向ける。
港に佇むシャンヴァラも、その巨体を陽光に透けさせている。
「そろそろ、潮時みたいね……あ、そうそう。トマス」
手招きで呼ばれたトマスに、エメラルドの手から渡されたのは、二つの指輪だった。
「これは?」
「コイツは、破邪の銀で出来てる。昨日みたいに物品に纏わせて強化するもよし、そのままでも多少の邪悪な魔法は祓う事ができるだろう」
「どうして、僕たちに?」
「この島にはあたしがいるからね。そっちにゃ何もないし、立ち寄った土産みたいなもんだよ」
「ありがとうございます」
受け取った指輪を、懐にしまいこむトマス。
その様子を少し意地の悪そうな笑みを浮かべながら見つめていたエメラルドの服の裾が、軽く引っ張られた。
「うん?……どうした?小僧」
「もう、行っちゃうんですか?」
裾をつかむ手がかすかに震えている事に気づいたエメラルドは、小僧の頭の上にポンと手を置く。
「安心しな。あたしはずっとお前たちの側にいる。何かあったら助けてやるから、次に会うまで、もう少し骨のある奴になっていろよ。ナヴァー」
エメラルドの言葉に、はっとしたナヴァーが顔を上げる。
「!……はい!」
泣き笑いの表情を浮かべる少年に微笑みかける。
その表情は、やってきた一陣の風にまかれて、光の粒子となって消えていった。
「船長……ぼく、強くなります」
拳を握る少年は、心の中に新たな炎がともっていた。
「さて、それじゃ、アタシ等も失礼しようかね……」
「修理の方、どうなってます?」
「伊達に幽霊やってないさ。あんな程度の傷、材料の木や金属さえ持ってきてくれればすぐになおせる。水も積んだし、もう出航可能だよ」
「トマスさんたちも、行くんですか?」
着々と進む出航の話に、モラーリアがさびしそうな表情を浮かべる。
「はい。あまり長居するのも悪いですからね」
「そんな事――」
「モラーリアちゃん」
言葉を遮らせるように少女の前に進み出てきたマーミャは、昨晩のように優しく頭をひと撫ですると、諭すように言った。
「これも、立派な大人になるための試練よ。大丈夫、帰り道には、絶対に寄るから。だから、その時には成長した姿を見せてね?」
「マーミャさん……分かりました」
「うん」
いい子、いい子、と頭をなでると、マーミャは踵を返す。
とっさに伸ばしそうになった腕を、拳に変えて体側にとどめると、モラーリアは満面の笑みでもう一人の母の船出を見送るのだった。
「全員乗ったか?それじゃ、トマス」
「はい。ネオ・ユニコーン号、出港!」
快晴の空の下、海を進むネオ・ユニコーン号。
その甲板では、縁に掴まったトマスが海を眺めていた。
その後ろでは、ツバキとマーミャがのんびりとひなたぼっこ中だ。
「そういえばトマス。エメラルドから何もらったの?」
「破邪の銀でできた指輪を二つ、もらいました。色々使えるみたいですよ」
「「指輪!?」」
がたっ、と同時に聞こえた物音に振り返ったトマス。
彼の前には、ツバキとマーミャが期待に目を輝かせながら、身をのりだしている。
「そ、それ、ペアリングなんですか!?」
「そういえば、しっかりとは見ませんでしたね。どうなんでしょう……」
トマスが懐から取り出した指輪に、女性二人の目が釘付けになる。
シンプルな作りのリングの上に、陽光を受けて眩しく輝く銀色の宝石が乗っているそれは、まさしく世界にこの二つしかない、ペアリングだった。
感嘆のため息が、二人の口から漏れる。
「それ、くれるの?」
「ええ。もちろん」
トマスの言葉に、二人は心の中でガッツポーズ。
しかしすぐさま、横にもう一人指輪をもらえる候補がいる事に気づく。
それとなく視線で牽制しあう二人は、互いに一歩も歩き出せない状態となった。
「ツバキ、こっちに」
トマスの、思っていたよりあっさりとした呼びかけに、びくっと肩が震えた。
「あ、あたし?」
「はい」
優しい笑顔を浮かべるトマスの前へ、若干頬を染めながら、彼女にしては珍しくしおらしい態度で進み出る。
「では、これを……」
「……うん」
トマスが、手に持つ指輪の片方を、自分に渡す――その一連の動きが、ツバキにとっては永遠のようにすら感じられた。
(やっぱり、トマスはあたしを選んでくれたんだ!)
後ろへ視線を送ると、俯くマーミャの姿が見えた。
(マーミャには悪いけど、これも普段のあたしの人徳ってや――)
「あ、あれ?」
ツバキは、目の前のトマスの挙動に、思わず疑問の声をもらした。
トマスは、手に持った指輪を、丁寧にはめてくれたのだ。
右手の、薬指に。
「え?……トマス、そっちの手は違う……」
「さ、次はマーミャの番です」
「「!?」」
全く予期していなかったトマスの言葉に、ツバキとマーミャの目が点になる。
首をかしげながらやってきたマーミャの手に指輪をはめながら、説明を始める。
「右手の薬指にペアリングをすると、その相手との友情は永遠になるという噂をエドワードから聞きましてね。毎日僕を起こしてくれるのはありがたいですけど、もう少し穏便にしてくださいね」
「と、トマスさんはしないんですか?指輪」
「効果を考えると、僕が持っている必要はあまりなさそうでしたからね。魔術探知に関しては刻印がありますし」
自分たちの勘違いにがっくりとうなだれるツバキとマーミャには気がつかず、トマスは底抜けに青い風景を見つめていた。
数日間の滞在ではあったが、激動という言葉がこれほど似合う寄り道もなかなか無いのではないだろうか。
故郷に重なる風景。巨大な獣の襲来。偉大なる先達との出会い。そして、新たなる旅立ちを夢見る少年と、その傍らで支える少女。
「いつかまた、海の上で会えるのを楽しみにしていますよ。ナヴァー、モラーリア」
とっくに見えなくなった孤島へ、つぶやきを飛ばす。
『みんな、新しい陸地が見えてきたよ!』
伝言管から響くレイナの言葉に、騒がしくなる艦内。
「さて、次は何が待っているんでしょうね」
楽しみです、と口元を綻ばせながら、トマスたち3人は歩き出す――。
『船上の騎士 2~Under the waterline~』――完
船上の騎士 2 ~Under the waterline~ 零識松 @zero-siki-matu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます