第6話 脅威去りて ~鎮魂と昇華~


 2隻の船が帰港したのは昼ごろだった。

 高くのぼった太陽が照らす港には、係留作業を終えたネオ・ユニコーン号とシャンヴァラが鎮座している。

 そのすぐ近くでは、モラーリアを先頭にしたアルディー島の漁師たちと、トマスを筆頭に揃ったネオ・ユニコーン号の乗組員たちが勢ぞろいしていた。

「キャプテンエメラルド……ありがとうございました」

「別に、あたしはこの島を守るために動いたまでだよ。礼を言われるようなもんじゃない。……けど、まぁ、ありがたくもらっておこう」

「はい」

「キャプテン・エメラルド、モラーリアの身体はどうなるんだ?」

「陸にあがったらいきなりヤンチャになったな小僧。しばし待っていろ、今――」

「おい、ナヴァー。下がってろ。ここからは大人の出番だ」

 猛るナヴァーの頭に手をのせると、親方が前にでてきた。

「お初にお目にかかります、キャプテン。わたしの名前はカギーリュ。この島の漁師たちを取り仕切る立場にいる者です。この度は、島を救っていただきありがとうございました」

「なに、この島には恩があるからね。まだまだ返したり無いくらいだよ。さて、この後はどうしたものか……という話しをする前に、さっさとこの娘と分離しないと。この娘、霊おろしの巫女としてはたぐいまれな才能を持っているようだけど、いかんせん修行が足りないわ。このままでは危険かも……」

「そんな……。モラーリアの心は……?」

「それは心配しないで大丈夫。もう、落ち着いたみたい」

 言って周囲を見回すモラーリア。ややあって、何かに気づいたようにぽむっと手を合わせる。

「そうだ、この娘が持つ石を使わせてもらおう。誰か、この娘をささえてて」

「わかった」

 大人たちより先に彼女に飛びついたナヴァーが、自信を持って答える。

「任せたわよ」

 その言葉を最後に、少女から発せられていた異質な雰囲気がぬけ落ちていった。

 代わりに、彼女の首にあった宝石がふわりと宙に浮き上がる。

 ネックレスからはずれて距離をとったかと思うと、シャンヴァラから光を吸収しはじめ、その体積をどんどん増していく。

 そして、膨らんだ光の球はだんだんと人の姿へ変化を始めた。

 ややあって、宝石が浮遊していた場所には、光り輝く海賊姿の女性の姿が顕現していた。

「ふぅむ……久しぶりに人の姿をとったわね。これなら、その娘に影響を与えることもない」

 身体を動かして支障がないことを確認したエメラルドは、さて、と親方へ視線を合わせる。

「こちらとしては特にこれといった希望はない。元々、この破邪の銀に宿った魂は不滅よ。今回はアンネイマブルの邪な魔力に破邪の銀が反応した故、こうして現れただけ。それに――」

 言葉を切ったエメラルドは、自身の輝く腕を全員に見せるように高く掲げる。

 銀色の腕から放たれる光は、徐々にその輝きを減じ始めていた。

「――この姿でいられる時間は、そう長くない。せいぜい、今宵一晩程度といったところね」

「今夜だけ……ですか。それをすぎたら、どうなるのですか?」

「再び鉱物へ戻るだけね。島が危機に陥れば再び会うこともあるでしょう」

「一晩だけですか……それでは、満足なお礼も出来ない」

「お礼か。別にそんなもの頼んでないのに、相変わらずここの人たちは義理堅いわね……なら、今までの話を聞かせて。あたしが死んだ後、この島に何があったのか」

「なら、宴会でもしたら?」

 聞きなれない声に、漁師たちがネオ・ユニコーンの甲板を見上げる。

 そこには、真紅の衣装を華麗に着こなした女性――レイナの姿があった。

「酒が入れば、気兼ねなく喋れるでしょ。島の記録とかじゃなくて、今の島に住んでいる人たちの生の声がさ」

「ふぅむ……」

 レイナの提案をしばらく頭の中でめぐらせると、エメラルドは顔をあげた。

「そうね。それじゃ、準備を始めましょう」


 そして、太陽が落ち始めた頃。

 島民をはじめ、エメラルドやネオ・ユニコーンのクルーは、海岸で横一列に並び、赤く染まりゆく海を見つめていた。

 彼らの列から一歩前に出た長老が、弔いの言葉をつむいでいく。

「この大海に散った同胞たちよ。海神様の加護の下、静かな眠りにたゆたいたまえ――」

 歌のように朗々と、拍子をつけて続く鎮魂の言葉を聞きながら、漁師たちは沖に消えていく太陽に、さらわれた仲間たちの幻影を見ていた。

「じゃあな、リュート」

「今までありがとう、ボルク」

 各々が、思い思いの言葉で親友や伴侶との決別をしていく。

「…………」

 そんな中、エメラルドの隣に佇むモラーリアは、口をつぐんでいた。

「モラーリア?」

 無言のまま、にらむような目つきで海原を見つめるモラーリアに、ナヴァーが声をかける。

「……いいの」

 まるで、何かを堪えているかように、喉の奥からしぼりだした短い返答だった。

「……」

 幼なじみの様子に、何かを悟ったナヴァーは、黙って少女の肩を抱く。

 それでも、少女は無言のままだった。

「――これを、海の中へかえった同胞たちへの手向けといたします……」

 長い長い鎮魂の儀式は、長老の言葉と共に終わりを告げた。


「さて、今日は皆の分も騒ぐぞー!!」

 太陽が沖にしずみきった夜。篝火に照らされた親方が、杯を片手に声を張る。

「おおー―!!」

 それに答えるのは、同じく杯を突き上げる島民たちや、ネオ・ユニコーン号のクルーたちのあげる大音声だ。

 彼らの前には、外に引っ張りだしたテーブルと、その上にこれでもかと並べられた豪勢な夕食の数々があった。その中には、この近辺では手に入らない食材を使った料理もちらほらと見受けられる。

「それじゃ、乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 音頭と共に、並々と杯につがれた酒を飲み干す。

 鎮魂の儀の後に開かれた宴は、こうして盛大に幕をあけた。


「盛り上がってますね」

 杯に入ったライムジュースを傾けつつ、トマスは皆の様子を見渡す。

 島の人たちと自分の船の船員たちが、区別なくそこかしこで酒を片手に談笑している。

 また、主婦の女性たちは珍しい味のする食事を味わいながら、料理人をつかまえて詳しい調理法を聞いたりもしている。

 ネオ・ユニコーンに積んであった食料を一部供給したのが、役にたったようだ。

 ふと、後ろから感じた、隠しきれない光と気配に振り返る。

 そこには、予想通りの人物が小さな樽を片手に立っていた。

「飲んでるか~?」

「エメラルドさん……と、トマス君?」

 樽の口を開き豪快に飲むエメラルドは、傍らにカップを持った少年を従えていた。

「この小僧が、あたしの冒険を聞きたいってんで、色々話してるのさ」

「島の話の方は、良いんですか?」

「長老と親方から一通り聞いたよ。あたしが消えた後も、平々凡々だったらしいね。ま、そうじゃなきゃあたしがゆっくり眠れていないわけだけど。あの森も、押さえ込んでるから、しばらくは問題ないし」

「押さえ込んでる、とは?」

「島の中央にある森は、動植物が変質しているのさ。過去に行われた魔術の結果らしくてね。あたしが流れ着いた時、色々と細工して範囲を狭めたんだよ」

「そうだったんですか」

「でも、完全に魔術の影響を消し去るにはまだまだ長い時間がかかる。魔法陣を新調しておこうかね。しかし――」

 篝火に照らされる宴会場を眺めるエメラルドの瞳は、まるで守護神のごとき神々しさと、それに勝る優しさをたたえている。

「やっぱり、こうしてドンチャン騒ぎができるのは良いね」

「はい。僕の船でも、仕事が終わったら毎回やってます」

「そりゃあの女が乗ってる船だ、静かなわけがない」

 昔を思いだしたエメラルドは、にしし、と歯を見せて笑う。

「ところで、レイナとはどういう関係だったんですか?」

 トマスの質問に首をかしげること数秒。どこか遠くへ視線を飛ばしながら、エメラルドは語り始めた。

「一言で言えないなぁ……同じ船長の下で育った仲で、親友だったし、好敵手だったよ。欲しい物が同じだったらお互いに足引っ張ったし、ムカつく相手が同じだったら一緒に叩きにいってた。なんだかんだ言っても、一番の理解者だったなぁ」

「その話、本人には?」

「するわけないじゃないか恥ずかしい。どうせレイナの方も同じ気持ちだろうさ」

 酔ったな、とつぶやきながら、エメラルドは酒の入った樽を再びあおる。

「うん、美味い。アイツの選んだ酒は本当に美味だ」

「……はい?」

 聞き捨てならない言葉に、エメラルドの持つ酒樽を注意深く見つめる。

 そこには、ネオ・ユニコーン号の紋章が描かれていた。

「あいつの船が倉庫を開けてた時、一本くすねてきたのさ。今回の褒美ってとこだね」

「本当に、似たもの同士ですね……」

「海に出りゃ、多少豪快じゃないとやってらんない。あんたもそうだろう?」

 問われたトマスは、思わず苦笑していた。

「そうですね。何しろ、一番豪快なのが僕の親ですから」

「ねえ、トマスさん。トマスさんの冒険も教えてくれませんか?」

 割り込んできたナヴァーの言葉に「いいですよ」と答えつつ、トマスは不思議そうに周囲を見回す。

「モラーリアさんの姿が見えませんね」

「あれ?さっきまで一緒だったのに……どこに行ったんだろう?ちょっと、探してきます」

 あわてて走り出したナヴァーを追って、トマスとエメラルドも海岸を背に動きはじめた。


 モラーリアは、祭りの輪からはずれ、一人、森の近くを歩いていた。

 皆の笑顔や楽しげな雰囲気になじめなかったのだ。

 だから、自然と騒ぎの音が聞こえない、静かな木陰の近くに足が向いていた。

「はぁ……」

 溜息とともに、月の光と篝火に照らされた海を眺める。

 思い出すのは、黒い船が砕かれた瞬間。

「……っ!」

 ぶんぶんと激しく頭を振って、フラッシュバックを追い払う。

 と、こちらに向かって歩いてくる人影が見えた。

「っ!」

 別に悪いことをしているわけではなかったが、思わずモラーリアは木の陰に隠れていた。

 そこから、水棲人の暗視能力でこちらに歩いてくる人物を確認する。

 やってきたのは、マーミャ、シンシア、スタールの親子3人だった。


「おかーさん、抱っこって言ったのに、どうしてみんなから離れるの?」

「あの集まりの中には、旦那さんや親を亡くした方々もいるの。そういう人たちが、シンシアやスタールをなでなでしているわたしの姿を見たら、どう感じると思う?」

「……きっと、亡くなった人たちの事を思い出してしまう……」

「そう。だから、少しだけ離れたの。……さ、おいで」

「うん!」

「母さん」

 元気よく抱きつくスタールと、控えめに顔を母の胸に埋めるシンシア。

「お疲れさま。今回もよく頑張ったわね……」

 親子3人、数日ぶりのスキンシップは、ひっそりと続けられた。


 仲睦まじく無事を喜び合うマーミャとその子供たち。

 それが、モラーリアの堪えていた物をついに噴出させた。

「うっ……うわああああああああああっ!!」

 口から出たのは、慟哭の叫び。

 認めたくなかった。

 自分の親が、二度と帰ってこない事を。

 二度と、自分を抱きしめてくれる事はないという事実を。

「モラーリアちゃん……」

 木陰で号泣する姿に気づいたマーミャが、優しくモラーリアを後ろから抱きしめる。

「うっ……う……っ!ひっく……うぇぇぇ……」

「ごめんなさい……」

 こんな様子を見せてしまって――謝罪の言葉を口にするマーミャに、モラーリアはぶんぶんと首を振る。

「ごめんなさいは、わたしの方……です……わたしが、まだ、親離れできていないから。分かってるんです。お父さんとお母さんが帰ってこないって。でも、まだ、認められなくて……認めたくなくて……わがままなんです。わたしの」

 涙混じりの、気持ちを整理しようと吐露される言葉を、マーミャはじっと聞いていた。

 そして、少女の言葉が途切れる。

「……ごめんなさい。わたし、もう行きます。家族団らんの邪魔をし――」

 モラーリアの謝罪は、途中で遮られた。

 彼女を振り向かせたマーミャが、今度は正面からモラーリアを抱きしめたからだ。

「いいの、いいのよ。そんなに急に、大人にならなくても。この島で、ご両親が生きてきた場所で、ゆっくりと時間をかけて、大人になっていけばいいの。何かにつまずいたり、困ったりした時は、周りの大人に頼ってみて。皆、モラーリアちゃんと同じつらさを越えてきたの」

 マーミャの言葉に、モラーリアは何度も首を縦に振って答える。

「はい……はい……ッ」

「だから、今日くらいは甘えて。しっかりと泣いて、ご両親の事を考えてあげて。今日がきっと、貴女が大人になる最初の一歩になるから」

「は、はい……お母さん、お父さん……うわあああああああ!」

 再び止め処なく涙を流し、声をあげて泣くモラーリアの頭を、マーミャは何度も何度も撫でる。

「おねーちゃん、辛そう」

「そうね……」

 もらい泣きで涙を溜めるスタールの頭を両手で抱きながら、シンシアは母の言葉を胸に刻みこんでいた。


「モラーリア……」

 木陰から、マーミャに抱かれる幼なじみを見つめるナヴァーは、一つの思いを固め、後ろのトマスとエメラルドをしっかりと見ながら口を開いた。

「トマスさん、エメラルド船長。ぼく、外の世界を見に出るのを、しばらく延期しようと思います。まず、モラーリアと一緒に、しっかりとした一人前の大人になる事が先だって、分かったんです」

「そうですね……」

(僕には、選べなかった道ですが、むしろこちらの方が良いでしょうね)

 故郷を奪われ、復讐の為に自分はこの生き方を選んだ。

 しかし、純粋な外への憧れから船を漕ぎ出すという目の前の少年の強い瞳は、あの時の自分にはない綺麗さがあるように思う。

「あ……トマスさん」

「……ナヴァー……ハッ!」

 呆然と泣き腫らした顔でナヴァーを見つめていたモラーリアだったが、あわててマーミャの腕から抜け出て、赤くなった顔を裾でこする。

 そして、わたわたと口を開いた。

「ち、違うの!これは、これはね……」

「モラーリア、ぼくは誓うよ。君と一緒に生きていくって、絶対に、君を悲しませないって!」

「ナヴァー……」

 モラーリアの目から、悲しみとは違う涙がこぼれ落ちる。泣き腫らした頬は、再び別の意味で上気していた。

「うん……わたしも、がんばる。ナヴァーと一緒に海に出られるように、がんばるよ」

 お互い、瞳をそらすことなく見つめ会う二人。

「……それじゃ、僕たちは戻ろうか……」

 雰囲気を壊さないよう、トマスは出来る限り小声でしゃべる。

 しかし、その言葉に一番反応したのは渦中の二人だった。

「あ、あ~っと……」

「ぼくたちも戻ります!」

 慌ててトマス達の後を追う二人。

 その手は、しっかりと繋がれていた。

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