第5話 遺産~破邪の銀~


『トマス!そっちでなんかデカいのが暴れてないか!?』

 刻印を通して聞こえてきたレイナの切羽詰まった叫びに、ひきつった表情を浮かべながらトマスは答える。

「ええ。信じてもらえるか分かりませんが、船を飲み込むくらい巨大な頭足類の化け物が、島の近くで暴れてます……」

『かぁ~!やっぱりそうか!!』

 てっきり鼻で笑われるかと思っていたトマスは、なにやら得心のいった様子レイナの声に、手の甲を水平にのばす。

 光とともに現れたレイナは、海の上を我が物顔で荒らす怪物を前に、確信した様子で説明を始める。

『こいつは昔、アタシらの間で伝説とされた海の獣だよ。口にするのもはばかられるくらいのおぞましい見た目からついた通称が《アンネイマブル》。かなり最悪な状況だね……』

 いつもは相手に緒突猛進の勢いでケンカをふっかけるレイナが、尻込みをしている――その事実だけでも、相手の強大さが伝わってくるというものだ。

「何か、あの怪物を倒す方法はないんですか?」

『倒す?バカいうんじゃないよ。アイツに遭ったららおとなしく逃げ出して、船ブッ壊されるのを見てるしかない。突然でてきて、突然煙みたいに消えるヤツだからね。運がよけりゃ生き残れる。やれるとすりゃ、エメラルドが持ってた船くらいさ。アイツの《破邪の銀》でできた船は、ああいった化け物連中に対しては無敵だったんだ……』

 レイナが、諦めの言葉をこぼす。

 そのとき、群衆の一人のつぶやきが彼らの耳に届いた。

「祠の洞窟が……」

 先ほどの地鳴りのせいか、浜辺の隅にあった洞窟が、轟音とともに崩れていった。

 しかし、それはただの崩落ではなかった。

 瓦礫の中から、いくつもの小さな光が飛び出したのだ。

 何物にも染まっていない、純白の光。

 徐々に集り、その大きさを増していく光は、モラーリアの胸で輝くものと同じ光だった。

 やがてすべてが融合し、巨大になった光は、まるで主人からの命令を賜ろうとするように、ナヴァーの腕に抱かれたままのモラーリアの前までやってきた。

「――うっ……」

 光に呼び覚まされたように、モラーリアの瞼がうっすらと開く。

 涙の筋が残ったまま、陶然とした表情を浮かべた水棲人の少女は、ペンダントの宝石を高々と掲げる。

「モラーリア……?」

 普段の彼女らしからぬ雰囲気や仕草に、不安な表情を浮かべるナヴァー。

 しかし、当のモラーリアは彼へ視線を向ける事もなく、まじないの言葉をつむぎ始める。


『我が前には、邪なる獣あり。

 その爪によって引き裂かれる命を救い、大地を砕かんとする牙を払う力を。

 今こそ、永き眠りより目覚め、我を守る箱舟となれ。

 来たれ!銀の船――《シャンヴァラ》よ!』


 瞬間、夜の闇を払うほどの光が、世界を覆い尽くした。

 まぶしさにつぶっていた瞼を再び開いたトマスたちが見たのは、海岸へ錨を下ろした、銀色に煌めく一隻の船であった。

 その船舶は、一見すると、トマスのネオ・ユニコーン号のような帆船だった。

 しかし、帆船らしい船体側面にあるべきカノン砲は一つも確認できない。

 代わりに、船首部分に大口径の砲塔が外付けされていた。また、砲塔近くには小さな艦橋も確認できる。

 そして、一番特徴的なのは、船尾だった。

 後部甲板の下に、大きな丸い筒が4つ突き出しているのだ。


『こいつぁ驚いたね。エメラルドの奴、こんなの隠してたのかい』

「じゃあ、これが……」

『そう。キャプテン・エメラルドの秘宝にして彼とともに大海原を駆け抜けた相棒、シャンヴァラだよ』

「シャンヴァラ……あの4つの筒、なんですか?」

『あの船は帆を使う以外にあの4つの筒から燃料を噴射して進むそうだ。エメラルド曰く、海も潜れるし空も飛べるらしい。本当かどうかは分からんけどね。ただ……』

「ただ?」

 トマスは、途中で言葉を切ったレイナへ視線を向ける。

 真紅の海賊は、銀色の船を渋い表情で見つめていた。

『ただ、あの船はエメラルドがいなけりゃ出てこないんだよ。あの船の素材――破邪の銀って言ったかな?それを扱えるのは、あの女しかいない』

「それじゃ、何で今、あの船が出てきたんです?」

『う~ん……とりあえず、シャンヴァラの所まで行ってみるか』

「はい」

 

「キャプテン・エメラルドの遺した宝……こんなのが島にあったなんて……」

 呆然と船を見上げる親方やナヴァーたち島民に、進み出てきた長老は、おそらく、と前置きをして目の前で起こった奇跡を説明する。

「キャプテン・エメラルドは、祠のある洞窟に、自分の船を隠したのじゃろう。途方もない年月の間波や風に晒され続けた船は徐々に崩れ、いつしか洞窟全体の岩の中に溶け込んでちらばったのじゃ。そして、モラーリアが母より託されていた宝玉――そこに宿る意思が、悠久の年月から再び伝説の船をよみがえらせたのじゃ」

「宝石の……意思?」

 長老の説明に、どこと無く暗い物を感じたナヴァーか、詳しい話を聞こうとするが、漁師達の覇気にかき消されてしまう。

「ようし、船がありゃあこっちのもんだ!」

「だけどよ、どうやってあの船動かすんだ?俺あんなデカい船触ったことねえぞ?」

「そりゃあおれもねえよ。けど、誰も乗らないまま置いておけるか」

 議論を始めようとする漁師たちの声を親方がさえぎった。

「見ろ、怪物の様子が変だぞ!」

 親方が指さす先では、巨大海獣――アンネイマブルが、突然現れた銀の船に向けて触手をのばそうとしているところだった。

 船体を貫かんと螺旋を描いて迫る触手はしかし、銀の船にふれるや否や、まるで焼け石に触れたようにその表面が灼けただれてしまった。

 予想外の苦痛に、咆哮をあげる海獣。

「おお!」

「すごい!あの船、怪物には天敵みたいだぞ!」

 口々に喝采をあげる島民たち。

 忌々しげに再び叫び声をあげたアンネイマブルは、沖へと離れていく。

 そして、十分な距離をとったかと思うと、再び盛んに触手を動かし始めた。

「なにを始めるつもりだ……?」

 固唾を飲んで見つめるナヴァーと、側へやってきたトマスのすぐ近くに、苔蒸した岩が降ってきた。

「うわっ!?」

 驚いて飛びすさる二人。

 他の方へと視線を移すと、上空から降ってくる魚やら貝やらに、島民達が混乱している様子が見えた。

「触手で攻撃したら自分にもダメージがくると分かって、海にあるものを手当たり次第に投げつけているんですね」

「まずいよトマスさん!これじゃ漁船が!」

「わかっています。しかし……」


「うろたえるな!小僧共!」


 凛とした声が、混乱の渦に巻き込まれかけている海岸に響き渡った。

「……?」

 その場の全員が、聞き覚えの無い声に周囲を見回す。

 しかし、見慣れない人物は見当たらなかった。

「せっかく、久しぶりに現世へ来られたというのに……どうやら歓迎されてないみたいね」

 集まった島民達の前にぽりぽりと頭を掻きながら進み出たのは、モラーリアだった。

「モラーリア……じゃない!?」

 驚きに目を見開くナヴァー。 その視線は、訳知り顔な様子の長老ジャダムへ向けられる。

「長老様。こうなる事を、知っていたんですよね?」

「……うむ」

 ナヴァーの鋭い視線を受け止めて、重々しくうなずいたジャダムは、代々の長に語り継がれるキャプテン・エメラルドのとあるエピソードを話しはじめた。

「年老いて死期を悟ったキャプテン・エメラルドは、当時の長にひとつの宝石を手渡したそうじゃ。『その石を、あたしの面倒を看てくれたあの娘に渡して欲しい』という言葉と、一通の手紙と共にな。翌日、彼女の姿はこの島に無かったそうじゃ。エメラルドが遺した宝石は、遺言どおり彼女を看病した水棲人の女性に渡され、その家で代々家宝として親から子へと受け継がれておる」

「その宝石って……」

「モラーリアの持つ宝石じゃよ。そして、キャプテン・エメラルドの手紙には、こう書かれておったそうじゃ。『島に邪悪が迫った時、あんたの身体を借りる』とな」

「そゆこと。まさか、あんなにすらっとしてたアルーシャの子孫がこんなバインバインだとはね。って事で、この娘の身体、ちょっと借りるわね」

「な、なんだよそれ!!」

 納得のいかないナヴァーを、モラーリア――エメラルドは尊大な口調で諭す。

「だから、いちいちうろたえるなと言っている。この身体を借りるのは一時的な物。アンネイマブルを滅したら出ていくわ。それに、この娘の心も癒さなければならないし」

「どういう事だよ?」

 むすっと唇をとがらせる少年の頭に、少女の拳が振りおろされた。

「痛ってぇ」

「口のききかたに気をつけなさい。この娘は、目の前で両親や多くの同胞を失って、今は心が真っ白になってしまっているの。だから、アンネイマブルを倒すと同時に、この娘の魂を修繕しないと、元のこの娘には会えないわよ」

「分かっ……分かり、ました」

「よろしい。それじゃ、準備するわ。シャンヴァラ」

 エメラルドの言葉を合図に、銀色の船体の一部が開き、そこから光の道が伸びてくる。

「準備って……何をするんです?」

「今から、ここにいる漁師たちにシャンヴァラに乗ってもらうわ。正直、あたし一人だと色々大変なのよ」

 エメラルドの言葉に、歓声があがる。仇を自分達の手で討つことが出来る、絶好の機会がおとずれたのだ。。

「漁師たちには、シャンヴァラの各機能を操作してもらうわ。砲弾の装填とかね。それで――小僧、あんたは砲撃手をやってもらうわよ」

「砲撃手……?」

「そうよ。ただ、相手に向かってトリガーを引けば良いだけ。簡単でしょう?」

 まるで近所へお使いを頼むような気軽さのエメラルドに、ナヴァーは困惑する。

 と、そこに、新たな声が割り込んできた。

『よぉ、エメラルド。相変わらず無茶苦茶やってるな』

「あんたほどじゃないよ、レイナ……ぷっ」

 かつての親友でありライバルでもあった女傑の変わり果てた――青年の手の上で胸を張る姿に、エメラルドは思わず吹き出した。

「ずいぶんちんまりしちゃったわね……なんていうの?手乗りユニコーン?」

『うっさい。色々事情があんのよ。で、ナヴァー君に何させようとしてんのさ』

「何って、聞いてたでしょ?砲撃手よ。若いと反射神経がしっかりしてるから、適任じゃない?」

『そういう話じゃないでしょ』

「ほら、何事も経験って言うし。それに、この娘の魂もそれを望んでるみたいよ」

「モラーリアが?」

 大好きな少女の名前に、ナヴァーは考えに沈んでいた顔をあげた。

「ええ。わたしの代わりに、あの怪物を倒してって。壊れかけた心でこんなに強く願えるなんて、ちょっと信じられないわ」

「そうですか……分かりました。やります!」

「よし、決まりだね。じゃ、皆さっさと乗り込んで。戦闘開始だ」

 船長の号令一下、漁師たちは光の道を歩き出す。


「えっと、僕たちはどうしましょう?」

 とんとん拍子で進む話に、トマスはレイナへ視線を向ける。

『う~ん……エメラルド、シャンヴァラにあたしの息子を乗せてやってくれない?あたしの船、今は海底に沈んでるのよ』

「だめだね。あんた、昔あたしの船ブッ壊したじゃないか。そんなヤツの子を乗っけるわけにいかないわ」

『いや、あれは物のはずみというか、勢いがつきすぎたというか……とにかく、頼むよ』

「だめだっての。余裕があったらあんたの船も引き上げてやるから、それまで待ってな」

『ちっ……』

「というか、息子、あんたに似てないわね」

『別に血がつながってるわけじゃないし。だけど、このトマスやそこのマーミャたちは、間違いなくあたしの息子や娘たちだよ』

 レイナの力強い言葉に、エメラルドは苦笑で答えた。

「そういうところ、死んでも変わらないわね……できるだけ早く引き上げてあげるから、少し待ってて」

『頼むわ』

 両手を合わせるレイナに笑みを浮かべると、エメラルドはシャンヴァラへ歩き始めた。

「ずいぶん親しい様子ですね。ケンカするほど仲が良いというか」

『色々あったからね』

 遙か昔に過ぎ去った光景を追想しながらシャンヴァラへ向かうエメラルドを見つめるレイナの表情は、いつの間にか優しい笑顔になっていた。

 と、その顔にかげりが生じる。

『ん?なんかくすぐったいね』

「どうしました?」

『いや、何か……え、ちょっと――』

 焦った声を残して、刻印からレイナの姿が消える。

 そして、それから数秒の後。

『うわあああああっ!?』

「!?」

 刻印から聞こえた悲鳴の直後、トマスの近くに巨大な何かが降ってきた。

 盛大に砂を巻き上げて着地したそれは、彼にとってもっとも身近な存在だった。

「ネオ・ユニコーン号……レイナ、無事ですか!?」

『痛てててて……なんとか生きてるよ』

 返事とともに、帆に描かれた紋章がぼんやりと輝き始める。魔法の風を発生させる帆――ウインドセイルが起動したのだ。

 船体にあけられた穴からでた海水で周辺に水たまりをつくりながら、横倒しになっていたネオ・ユニコーン号は航海時とおなじ姿勢に持ち直す。

『まさか、アタシの船を軽々持ち上げて投げ飛ばすとはね……さすが、噂に名高い怪物サマだ。けど、シャンヴァラがありゃあこっちのものだ。トマス、皆を連れて戻っておいで。ユニコーン海賊猟団、化け物退治を始めるよ!』

「はい!」

 覇気に満ちた声で答えると、トマスは周りに来ていたツバキ達と共に走りだす。

 数分後、集合したトマスやツバキ、マーミャ一家と、霧を解いた船内から数日ぶりに外にでてきたクルー達を甲板から見下ろしながら、レイナは歯がゆそうな表情を浮かべて作戦を口にし始める。

「じゃ、アタシ達がやることを伝えるよ……とはいったものの、穴ぼこあいてる船じゃどうにもならない。ムラサメを発進させるのと、艦砲射撃での援護が精一杯だね……。砲塔展開、これ以上ひとつたりとも島に入れさせないよ」

 悔しげに指示を飛ばすレイナやクルーの心に、神聖な響きを持った声が響く。

『ふむふむ、おもしろそうなの積んでるじゃないか』

「頭の仲に直接響いてくる……」

「エメラルドか……ヒトにはあんだけ言っておいて、あんたはのぞき見かい?」

『人聞きの悪いこと言うんじゃないよ。たまたまあんたの周りを探ってたら聞こえただけさ』

「それをのぞきって言うんだろうが!……まあいいや。で?何がおもしろそうだって?」

『あんたの船が積んでる、でかいゴーレムの事さ。いや~、時代は変わるもんだ』

「ゴーレム……ああ、シュタールリッターの事ですね」

『しゅたーるりったー……ま、名前なんかどうでもいい。そいつ、ちょっと貸してくんない?』

『何するってのさ?』

 突然にぶしつけな願いに、眉を潜めたのはレイナだ。

 しかし対するエメラルドは、よけいな警戒などするなといわんばかりに、苦笑混じりに問いへの答えを返す。

『このシャンヴァラを構成する破邪の銀を、少し分けてやるよ。こいつがありゃあ、アンネイマブルに致命傷を与えられる。こっちの砲撃じゃ、触手は潰せても中身にはちいっと届かないからね。その役目を譲ってやろうって話だよ』

『そうかいそうかい。そいつは願ったりかなったりだね。トマス』

「はい」

 返答をした時にはすでに、トマスの姿は船外と整備場とをつなぐ出入り口にあった。

「トマス!整備場の装置は塩水であまりマトモに動作せん。力ずくで甲板を押し開いちまえ!修理はワシが責任をもってやっておく!」

「ジョセフさん……ありがとうございます!」

 最終確認を行っていた整備長の声に力強く答えると、幸いにも防水用シーリングがしてあったムラサメへ走る。

「よく、無事でしたね」

 着座したトマスのつぶやきに、無線からジョセフの声が届く。

『備えておけば、こういった非常時でも騎体だけは守れるもんだ。ふたつある動力の片方でもあるからな』

「本当、僕の船にはいい整備長がいてくれて幸せです。それじゃ、行ってきます!」

 ハッチを閉めて起動させると、普段の偽装と整備台への拘束具を兼ねた装甲を取り払っていく。

 ガコン、ゴトン、と床に分厚い追加装甲を落としながら、シュタールリッター《ムラサメ》はゆっくりと天井――可動式甲板の取っ手へ手をのばした。

「射出甲板、強制解放!ムラサメ、発艦します!」

 押し広げた甲板の向こうからに見える空は、昇ろうとする朝陽によって、白み始めていた。


 朝焼けに染まるシャンヴァラの甲板が、突然の衝撃に大きく揺れた。

「うわっ……!?」

 あわてて艦橋の窓から外をのぞいたナヴァーは、初めて目にするソレに、思わず絶句した。

 艦橋の後ろにある細長い甲板に立て膝の姿勢をとっているのは、空色の巨人だった。

『こちら、シュタールリッター《ムラサメ》のトマスです。キャプテン・エメラルド。到着しました』

「と、トマスさん!?これ動かしてるの、トマスさんなの!?」

「遅かったじゃないか」

 見知らぬ物から聞こえた知っている声に驚くナヴァーをよそに、モラーリア――の中にいるキャプテンエメラルドの意識は、鷹揚に声をかける。

「まぁ、いいさ。甲板に腰の剣をおきな。破邪の銀で包んでやる」

 いわれるままにおいた巨大な刃を、甲板を形作る銀色がみるみる包み込んでいった。

『ありがとうございます』

「それと、これはサービスだ」

 立ち上がろうとしたムラサメに、光があつまっていく。

「鋼の巨人よ、武神の光でその身を包め」

 発声とともに、光がひときわまぶしく周囲を照らし出す。

 やああっておさまった光の中からは、銀色に染まった巨人が姿を現した。

 直線を主体に構成された装甲面には、さらに鋭さを兼ね備え、さらに

「す、すごい……」

「ま、こんなもんか。ほら、砲撃始めるから、さっさと飛びな!」

『と、飛ぶ……?この船にも発射装置のようなものがあるんですか?』

「あるわけないだろそんなもの。こちとらその巨人ができるはるか前の代物だ。今なら破邪の銀でできた推進装置がおまえをアンネイマブルまで導いてくれる。その巨人についている装置を操る要領で動かせるはずだ。さあ、飛ぶんだよ!」

『はい!』

 帆を避けつつ、数歩の助走をつけた銀色の巨人は、大海へと飛び出す。

「トマスさん!」

 縁から消えていった巨体を探すナヴァーの目に、朝日に照らされながら、海の青の上を悠然と飛ぶ銀色が映る。

「飛んでる、飛んでるよ!」

「ぎゃあぎゃあ騒ぐな小僧。さっさと砲撃手の席に座れ」

「はい!」

 砲座に座り、不安を振り払うように首をぶんぶん振ってレバーを握る少年を、海賊は頼もしげな表情で見つめると、船内に響くような大声で叫んだ。

「海賊エメラルド、大恩ある島を守るため、出航する!野郎ども、いくぞ!!」

 乗り込んだ漁師たちの雄叫びとともに、推進装置を起動したシンヴァラは、荒れる海を猛然と突き進んでいく。


「くっ……!」

 左右から迫る、自分めがけて投げられた巨岩を剣でなぎ払う。

「危ない……うわっ!」

 推進装置の出力が低下し一瞬だけ高度が下がる。

 そこを待ちかまえていたように、海から突き上げられる触手。その先には先ほどと同じく岩が握られている。

 推進装置を再び全力で吹かして触手を避けながら、ムラサメは醜悪な怪物へと近づいていく。

 触手による攻撃は、最初の1、2回だけだった。

 しかし、シャンヴァラと同じく触れると灼ける痛みを味わったアンネイマブルは、先ほどと同じ手にでたのだった。

 すなわち、海底にあるものを手当たり次第に投げつけるという行動だ。

 癇癪をおこした幼児の挙動のような攻撃だが、行う相手が無数の腕を持つ巨大な怪物となると、危険度が跳ね上がる。

 海の中へ入れられた触手は、先ほどのような岩から、過去に沈んだ漁船の残骸や、限界を知らずに成長を続けた貝など、ありとあらゆる物を投げつけてくるのだ。

 さらに、下手に避け続けてしまっては後方に控えるネオ・ユニコーン号が迎撃できる数を超えてしまうので、少なからずトマスの乗ったムラサメが弾くなり斬るなりしなければならない。それも、初めて扱う制御の難しい推進装置の具合を見ながらという状態でだ。

「これはなかなか、厳しいですね……」

 さしもの状況に、トマスの額をいやな汗が流れる。

 だが、挫けてなどいられない。

 自分の動き一つで、島の命運が変わってしまうのだから。

 漁師たちの暮らす平穏な島――この島を、トマスは自然と自分の生まれ育った故郷に重ねて見ていた。

 自分の島は、掠奪によってすべてをなくしてしまった。

 だからこそ――

「今この島に迫る危機は、絶対に防いでみせます!」

 改めて決意を口にだし、レバーを握り直したトマスに、無線越しの少年の声が届いた。

『トマスさん!』

「ナヴァー君か!」

『はい!砲撃、いきます!!』

 直後、後方からの発射音が空気を震わせる。

 放たれた砲弾は、弓なりの軌道を描きながら飛び続け、狙い通り怪物の体に直撃した。

 苦痛とともに、、アンネイマブルの巨体がぐらりと揺れた。

 触手で押さえた着弾地点は、弾を形作っている破邪の銀によって大きく穿たれ、その周辺も灼け爛れたようになっている。

「よし、命中!そのままで頼みます」

『ふぅ……』

 トマスの報告に、ナヴァーから安堵の溜息が漏れる。

『なにを安心している小僧、次弾装填完了の報告がきているぞ』

『了解!』

 すかさず叱咤するエメラルドの声と、覇気をみなぎらせる返答とともにナヴァーからの無線は途切れた。

 代わりとばかりに、次々とムラサメを追い抜いて飛んでいく銀の砲弾が、巨大海獣の表面を削っていく。

「これなら、触手の大半を防衛に回さざるを得ないはず……」

 果たして、トマスの読みは正しかった。

 度重なる攻撃に、アンネイマブルは触手を盾として使い始めたのだ。

 少しでも体から銀を遠ざけようと、銀弾にむけて触手を突撃させる。

 結果、触手は先端が焼け落ちるほどの損傷を負ってしまうものの、銀の砲弾もその効力を発揮し終えてしまう。

 だが、相手の使い捨ての盾ともいえる触手は、まさしく無数にあるのだ。

 まるで、異界から召還しているのではないかとかんぐってしまうほど、円筒の口の下に蠢く腕は、減る様子を見せない。

 その状況に、別の焦燥がトマスの中に生まれる。

「急がないと、シャンヴァラの弾が尽きてしまう」

 なにしろ、シャンヴァラが放つ砲弾の原料は、船体を構成している破邪の銀なのだ。

 過剰に消費してしまえば、船としての機能に支障をきたす恐れすらあった。

(ならば、この騎体と剣を以て早急に海獣を倒す!)

 迫る貝を切りつけて軌道を反らしながら、銀のムラサメは全速力でアンネイマブルを目指して翔ぶ。

 そして――

 ついに、粘液にまみれたアンネイマブルの体表へ、銀色の剣が突き立った。

 聞く者の魂を恐怖で鷲掴みにするような咆哮を、歯を食いしばって堪えながら、トマスは目の前で揺れる二本の触角を躊躇無く斬り飛ばす。

 叫ぶ海獣は、頭の上にいるムラサメをたたき落とそうと、触手で掴み上げた岩を振るう。

「邪魔です」

 しかし、目標を視認できず、見当違いに頭上を動き回る触手たちは、即座にムラサメの一刀によって切り捨てられた。

「これで、終わりです!」

 海獣の脳天に立ったムラサメは、高々と剣を振りかぶる。

 すると、騎体を覆っていた破邪の銀が、剣へと集まっていき、刃を形作っていく。

 元の長さどころか、騎体の全長を遙かに超える刃渡りとなった剣を、海獣へ向けて振りおろす。

「でやあああああああッ!」

 渾身の力でもって、巨剣を振り抜く。

 空間を切り取らんとするかの如く振るわれた剣は、アンネイマブルをこの世界に留める核として海獣中心に存在していたグリモアもろとも、アンネイマブルの巨体を一刀両断したのだった。


「やった!」

 ナヴァーは、艦橋から見える光景に思わず拳を握って立ち上がった。

 海獣が、縦に真っ二つに断ち切られ、その端から光の粉となって消えていっている。

 それは、間違いない勝利だ。

「トマスさんが、あの化け物をやっつけたんだ!」

 歓喜にはしゃく少年や飛び込んでくる漁師たちの歓声を腕を組んで見ていたエメラルドはフン、と鼻をならした。

「まぁ、こんなもんだな……さて、帰るぞ。全員、持ち場に戻れ!」

「はい、船長」

 振り返ったナヴァーの瞳の奥にある感情を鋭く読みとった海賊は、にやりと笑みを浮かべて口を開いた。

「そう心配せんでも、お前の嫁は返す。だから、さっさと帰るぞ」

「べ、別に嫁ってわけじゃ……」

「照れるな照れるな。男たるもの、しゃんとしてろ」

 赤い顔でブツブツとつぶやき続けるナヴァーを乗せ、シャンヴァラは島へ進路をとった。

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