第3話 捜査~急展開と敵の正体~


「トマスさん!大変!大変です!」

 太陽が昇りきった頃。

 玄関からナヴァーの張り上げる大声に、エルダート宅に向かおうとしていたトマスたちは慌てて駆けつけた。

「何があったんですか!?」

「す……水棲人を襲ってるヤツの、しょ、正体を、見た……って、言ってます」

 荒い息の中からそれだけ伝えると、慌てて奥へ走ったマーミャが持ってきた水を一気に流し込む。

「とにかく、一緒に来てください!」

 のどを潤すと、戻ってきた勢いそのままに走り出すナヴァー。

 彼の後を追って、トマス達は海岸へと急ぐ。


 海岸にある漁港には、大きな人だかりができていた。

「あ、ナヴァー、こっちこっち!」

 モラーリアがぶんぶんと振る手に招かれ、人垣の中央へ向かう。

 人混みが作る円の中心にぽっかりと開いた穴には、疲労困憊な様子の水棲人が、親方にだき抱えられたまま、横たわっている。

「どうしたナヴァー……トマスさん達も一緒か」

「何があったんですか?」

「実はこいつが、水棲人たちをさらってるヤツを見たらしい。話せるか、ポセド」

「あ、ああ……」

 若い水棲人の青年は、疲れきった表情の中、かすれた声でしゃべり始めた。


『今日は、ずいぶん魚が少ないな……』

 その夜、ポセドは水中に漂う違和感に首を傾げていた。

 今の時期、このあたりの海域は他の場所へ移動する魚群が多いのが数年の傾向だった。

 しかし、今日はその魚たちが一匹もいないのだ。

 それどころか、貝やカニたちも、まるで何かを恐れているように姿を見せていない。

 いつもは賑やかで色とりどりな海中は、廃墟のような雰囲気すら漂わせていた。

『どうする?ポセド』

 不安げな表情を浮かべ、再び海底の岩陰に入った仲間の水棲人の震声がポセドの鱗をふるわせる。。

『……他の場所を探すか』

 しばし逡巡した後、ポセドは決断した。

 彼らのチームは経験測が覆されるよう突発的事態を何度か味わっていた。

 過去のそれと比べれば、今回の問題はまだ軽い類だ。

 たまたま何かの理由で魚群がこの海域を迂回しているのだとすれば、多少の遠出によって簡単に発見できる。

 ポセドはいったん、水面に顔を出した。

 海に漂いながら見る月は、陸から見上げる時とはまた違った顔をしている――そんな感傷を頭の隅で思いながら、月の位置から今の時間を計算する。

「少し、急ぐか」

 夜明け前には今日の漁を終える予定だ。ということは、自分たちが魚を追い立てるのはそれより早くなければならない。

『みんな、これからポイントを移動す――』

 頭の中で組み立てた予定を指示しようと再び海中に身を踊らせたポセド。

 その目が、全く予期していなかったモノをとらえた。

 月に照らされる海の中を、巨大なナニカが動いているのだ。

 上から見ると細長い楕円形をしたそれは最初、巨大なクジラか何かとも思った。

 しかし、近づいて触ってみると、表面を覆うものは鱗や表皮ではなく、磨きあげられ、光の反射を抑えた塗料を吹き付けられた金属であり、内部からは動力の動く音と振動が周期的に手に伝わってくる。

 ソレは、紛れもない人工物だった。

『なんだ……これ?』

 全く未知な物との遭遇に、混乱したポセドは呆然とその場にとどまるしかできなかった。

『うわあああああああっ!?』

『な、何だ……何だこれ!?』

 突然、ポセドの鱗に仲間の悲鳴が突き刺さった。

『み、みんな、どうしたんだ!?』

『ポ、ポセド、逃げろ!』

『デカイのに、吸い込まれる……』

 仲間の声を裏付けるような水の流れの急激な変化を、ポセドは全身で感じていた。

(水が、あの巨大な影に集まっていく……!!)

 おそらく、震声の発された位置を考えると、このナニカの真下に仲間たちはいるのだ。

 そして、巨大な黒いナニカは、まるで口を開くようにして下の仲間たちを飲み込んでいるのだろう――。

 身の毛もよだつ危険を感じたポセドは、ウロコと水掻きを最大まで活用し、一目散に逃げだした。

(この危機を、みんなに伝えなくては……!)

 水中に響く仲間の震声にひたすら謝りながら、彼は自分の所属する船へとたどり着いたのだった――。


「……すまない、おれは、皆を置いてきて……」

「怪物を見たんだ、仕方ない。とにかく、いったん休むんだ。十分な休息をとって心と体を落ち着ければ、また新しい事を思い出せるかもしれん。仲間の仇をとるのはそれからだ」

 悔し涙を流すポセドにそう言葉をかけると、親方は仲間に頼んでポセドを医者の家まで運ばせた。

「それにしても、水の中を泳ぐ鉄の塊か……いったい、どうすればいいってんだ……」

 途方に暮れた親方の言葉に、その場の水棲人たちが口々に叫ぶ。

「水中でやりあうなら、俺たちが全員で行くぞ!」

「夫の仇、今こそ倍にして返してやる!」

「いくら化け物だろうが、ぼく達の連携があれば!」

 仇の具体的な情報が手に入り、やり場無くくすぶっていた復讐の熱が一気に噴出した水棲人たちは、各々手に銛を握りしめ、我先に海へ向かおうとしている。

「ま、待つんだ!考えなしに行ってどうにかなる相手じゃないのはわかるだろう!」

「だからって何もしないでいられるか!」

「きっと相手は夜しか動かないんだよ。だから、昼に眠っている所を叩けばいい」

 ポセドの証言から逸脱し始めた話に頭を抱えながら、親方はもう一度大声で皆を止める。

「待て!勝手な判断で動くなら、今後一切、漁には出させんぞ!!」

 果たして、親方の叫びは船へ駆け出そうとしていた漁師たちの足を止めさせた。

「相手が水中にいる以上、こっちがどうこうできる相手じゃないんだ。今までの失踪――いや、誘拐された場所を考えて、漁場範囲の縮小を行う。マルーサ」

 親方が人垣を一瞥すると、その中から一人の水棲人が進み出てきた。

「この島周辺の海底は、一定の範囲までは水深が浅い。おそらく、相手が島に直接こられない理由はこれだ。だから、これからは浅い場所に限定して漁をする」

 宣言すると取り出した島周辺の地図にラインを引いていく。その狭さに、すぐさま反論の言葉があがる。

「それじゃ、ろくに獲物がとれないぞ」

「だが、これ以上水棲人の仲間を失うわけにゃいかんだろ……」

「失踪事件が始まって1ヶ月、命の危険を感じながら漁にでるのはもうこりごりだ……リュート、マヌール、ライトゥ……皆いなくなっちまった……水神様に何度も嘆願しているのに、誰も帰ってこないんだ……」

 水棲人が漏らした、涙混じりの辛いつぶやきが、場の大勢を決めた。

「そうだな……飯を我慢するくらい、いなくなった奴らが味わってるだろう苦痛に比べたら屁でもねぇ」

「もしあいつらが帰ってきた時に、島がおじゃんだったら目もあてらんねぇ。今は辛抱だ、辛抱!」

 ぱんぱんとお互いの肩を叩いて励ましあう漁師たちに親方は深く頭を下げた。

「皆、すまん……。必ず、必ず元の漁場をとりもどす。それまでは、耐えてくれ」

 

 会合も終わり、それぞれの家への帰路につく漁師たちを眺めながら、親方はトマスに声をかけた。

「すまねぇな、みっともねえ姿を晒しちまった」

「そんな事ないですよ。誰だって突然仕事を減らされたら反発します。それで、少し確認したい事があるんですが……」

「なんだ?」

「水棲人の青年が言っていた、水神様って何です?」

「水神様は、わたし達水棲人の守り神だよ」

 トマスの問いに答えたのは、親方ではなくモラーリアだった。

「波打ち際の洞窟の奥にある祠に奉ってある、海と漁の守護神様で、わたし達は漁に出る前にはそこでお祈りするの」

「ああ、なるほど……」

 トマスの頭に、故郷の島にあった祠が思い出された。

 漁師や猟師は、自然ととても近い場所にいる職種だ。

 特に船で沖へ繰り出す漁師たちにとっては、木の板一枚隔てた向こうは海なのだ。いつ波に呑まれて沈むかわからない船に乗る彼らにとっては、たとえ迷信と笑われようとも何か縋る物が必要なのだ。

「へぇ……この島にもあるのね。……ねぇ、お姉さんたちもこれからの安全を祈願したいから、つれてってもらっていい?」

 ツバキの言葉に、モラーリアはぶんぶんと首を振った。

「ダメだよ。あそこは水棲人じゃなきゃ入っちゃダメなの」

 両手で大きくバツを作るモラーリアを見ていたトマスは、ふとある可能性に思い至った。

「モラーリアさん、そのお祈りって、どうやるのか教えてください」

「え……?いいけど……」

 トマスの言葉に首をひねりながらもその場に膝をつき、両手を組むモラーリア。

 目の高さであわせた両手に額をつけて、瞼を閉じると、それまでの子供らしい言動は陰をひそめ、真摯な祝詞が口から紡がれ始める。

「海を司る大神様へ、申し上げます。今宵、我々はあなた様の領域におられる貴重なけんぞくである魚を頂戴したく、木の船にてあなた様の待つ領域へと伺わせていただきます。時刻は宵の子の刻、場所は孤島より120間ほど南東の地から、あなた様のおわす地へと――」

 言葉が終わり、しばらく同じ姿勢のまま祈り続けると、やがてモラーリアは立ち上がった。

「こんな感じ。これを、みんなで入れ替わり立ち替わりやるの。時間も場所もその日によって違うから、毎日祈らなきゃダメなんだよ」

「……そうか!」

 トマスは、頭の中に電撃が走ったような衝撃におそわれた。

「わかりましたよ。どうやって敵が水棲人をさらっているのかを」

「本当か!?」

「はい。間違いありません」

 驚く親方にしっかりうなずくと、トマスはモラーリアに鋭い目を向ける。

「モラーリアさん。もう一度、正直に、答えてください。あなたは本当に人間をその祠に入れていませんか?」

 トマスの迫力ある眼光に圧倒され、ぽつりぽつりとモラーリアは話し始めた。

「実は……」

 その罪の告白は、犯人を如実に表した証言となった。

「やはり、そうでしたか……」

「まさか……そんな……」

 推理の裏付けがとれたトマスは、殊更強く彼女に迫った。

「今すぐ、水神様の祠へつれていってください」

「で、でも、あそこは人が入っちゃいけないんだよ……もう、トマスさんでも絶対にいれないよ」

「そうでした……マーミャ、僕の代わりに行ってきてください。それで、その祠を徹底的に調べてください。ただし、絶対に物音をたててはいけません」

「音を立ててはいけない……あ!」

 トマスの指示に、マーミャも事件の裏の真実へとたどり着いたようだ。

 彼女は、トマスの手の甲にある刻印をじっと見つめながら、ゆっくりとうなずく。

「わかりました」

「お願いします。それと……」

 と、言いかけたトマスの刻印が、淡い光を発した。

「エドワードからですね……なるほど、やはりそうでしたか」

 今は他の海域を旅している仲間からの返事に、納得した様子のトマス。

「マーミャ、モラーリアさん。ちょっといいですか?」

 手招きで二人を呼ぶと、小声で『作戦』を伝える。

「そんな……でも……」

「……分かりました」

 逡巡するモラーリアと、首を縦に振るマーミャ。

 対照的な表情を浮かべながら洞窟へ向かった二人を見送りながら、トマスは彼にしては珍しい意地の悪い笑みを浮かべる。

「僕たちの船を沈めてくれた罪、多くの水棲人を拉致した罪、すべてをあがなってもらいましょう」


『海を司る大神様へ、申し上げます今宵、我々はあなた様の領域におられる――』

 懐に忍ばせた小さな本が、声をあげはじめる。

(お、この声はモラーリアか。あの娘も海にでるのか)

 身の回りの世話をしてもらうに重宝したが、それもここまで体力が戻れば必要ない。

 若いが、その分柔軟な素材がとれるだろう。

『時刻は宵の丑の刻、場所は孤島より40間西の地から、あなた様のおわす地へと――』

 少女の告げた場所を本の間にはさんでおいた地図で確認する。

 思わず、舌打ちが漏れた。

「チッ!そこじゃあ《ジェノマリナー》が進入できないな……さすがに、漁師たちも対策をとったか。水棲人にかかれば海底の様子なんて手に取るようにわかるからな……」

 遅かれ早かれこうなるだろうとは予想していた。

 そもそも、ジェノマリナーの艦長は収集を効率的に進める為に自分をこの島へ送ると言っていたが、それならば他にいくらでもやりようはあろうと言うものだ。

 しかし、大事な出資者に意見をするなどあの時の自分にできるわけもない。

「あのバカ共の立てた穴だらけの計画に乗ったおかげで、こうして調査ができているんだ。感謝してやらなきゃな……クックックッ……」

『それと、水神様にお願いがあります』

「うん?」

 本から再び漏れる少女の声に、興味本意に耳を傾ける。

『わたしは今、悩んでいます。幼なじみのナヴァーと、漂着したエルダートさん……どちらも同じくらい好いているのです……』

 水棲人の少女がもらした名前に、思わず片方の眉が跳ね上がった。

(ほう……)

『しかし、ナヴァーはどうやらエルダートさんの事が嫌いみたいで、つっかかってばかりなのです。わたしはいったいどうすれば良いのでしょうか……どうか、神託をお与えください……』

(恋の相談か……所詮はまだまだガキだな……)

 しかし、悪い気分ではない。

 それとなく諭してやれば、わざわざ鋼鉄の鯨を使わずともあの娘一人なら持ち帰る事ができるかもしれなくなったのだ。

「追加報酬のチャンスかも知れないな。ありがとうよ」

『そして、図々しいお願いをもう一つさせていただいてもよろしいでしょうか』

(まだあるのか)

『実は最近、胸が大きくなって困っています。漁にも差し支えてしまうかもしれません。できる事なら、もう成長させないでほしいのです』

 モラーリアの吐露に、聞き耳を立てていた男――エルダートは自分の世話をしてくれていた時の彼女を思い出す。

 頬と鼻の下が、だらしなくゆるむ。

『では、これから漁の支度を整えに行ってまいります。どうか、漁から戻った際に答えをいただけますように』

 そして、ペタペタと歩き始める足音が聞こえ、それきり本からの物音は途切れた。

「……もう、この島で水棲人を収穫するのは難しいだろうな……そろそろ俺もトンズラこく準備を――」

 コンコン。

 突然聞こえたノックの音に、部屋の主は体から力を抜いてゆっくりと扉に近づく。

「失礼しまーす!」

 扉の向こうから聞こえた元気の良い声に、ぎょっとなる。

(バカな!さっきまで祠にいたモラーリアが、どうして……)

「エルダートさーん!」

「……ッ!」

 自分を呼ぶ声に、部屋の主――エルダートは驚きを隠すように、少しだけ扉を開く。

「突然、どうしたんですか?そろそろ眠らないと、漁の時間に起きれないのではないですか?」

「うん。だけど、どうしても話したい事があって!」

 その言葉に、エルダートの頭を品のない妄想がよぎる。

 しかし、表には漏れないように顔を引き締めると、すぐさま本と地図を服に隠し、いつもと同じくベッドに腰掛けて入室の許可をだす。

「そうですか……片づけも終わりましたし、どうぞ」

「おじゃましまーす!皆さん、良いそうですよ」

(皆さん?)

 モラーリアの言葉に浮かび上がった疑問符は、幾度めかの驚きとともに解決された。

 部屋の中に、モラーリアの他に、ナヴァー、トマス、マーミャが止めるまもなくぞろぞろと入ってきたのだ。

「こ、これはこれは皆さん、どうしたのです?」

「実は、モラーリアさんが証人になってほしいと僕たちを呼び集めたんです」

「証人……?いったい何のですか?」

 トマスの言葉に再び疑問を覚えたエルダートの前に、モラーリアがずずいと進み出てきた。

 下を向いていた顔が、こちらへ向けられる。

 羞恥で赤く染まった頬と、緊張や不安の涙をたたえた目尻をそのままに、水棲人の娘はおずおずと口を開いた。

「え、え、エルダート、さん。わ、わわわ、わたしと、その……ずっと一緒にいてください!」

 緊張のあまりに語尾が裏返っていたそれを、エルダートは紛れもない愛の告白として受け取った。

「そ、そうですか……はぁ……」

 驚いた表情を浮かべる一方、エルダートは内心ほくそ笑んでいた。

(勝手に獲物の方からくっついてきたか……オレは本当に運がいいな!)

「ど、どうですか?エルダートさん……」

 不安に揺れるモラーリアの視線は、何ともいえぬ悦びをエルダートに与えた。

「もちろん、良いですとも。むしろこちらからお願いしたいくらいです。ナヴァー君や自分のコンプレックスなど忘れて、ボクの所で一緒に暮らしましょう」

「こんぷれっくす……?」

 聞き慣れない言葉だったのか、水棲人の娘は首をひねっている。


「ああ、自分の胸が大きいのが嫌なのでしょう?大丈夫です、それは水棲人ならではの価値観ですよ。ボクは――」


 言葉を続けようとしたエルダートは、そこでようやく、自分を取り巻く雰囲気が明らかに変わっている事に気がついた。

 皆、驚いた顔をしている。

 いきなり目の前でプロポーズが行われれば驚くのも無理はない。

 不自然なのは、皆の視線が告白をした水棲人の娘ではなく、自分へ向けられている事だ。

 そして、目の前の水棲人の少女も、驚いた様子で自分を見ている。

「どうかしましたか?皆さん」

「……こんな簡単にひっかかるとは思わなかったので驚いていたんですよ、エルダートさん。いや――エレル・ダシュワートさんとお呼びした方が良いですか?」

 勝利を確信して口元をつり上げたトマスの言葉。

 一方、エルダートは、金槌で頭を殴られたような激しい動揺におそわれた。

 嵐のように荒れている心の中を、表情に出す前にどうにか抑え込み、いたって冷静な様子で答える。

「エレル?ボクの名前ですか?」

「はい。あなたはエレル・ダシュワートという名前のトレジャーハンターです」

「そうなんですか……」

(なぜバレたんだ!? そして、コイツらはどこまで知っている?事によっちゃあ、アレを使わなきゃならんぞ?しかし、それをすると出資者との契約も怪しくなってしまう。この島での今後にも支障をきたすか……いや、俺はさっきこの島から逃げ出すつもりだったじゃないか。これだけ探したのに見つからなかったんだから、キャプテン・エメラルドの財宝なんて、やはり嘘っぱちだったんだ。だが、それはそれとしてこの場をどう切り抜けるのが最前だろうか……)

 神妙にうなずきつつ、エルダートの心の中は未だに洪水のように疑問と対策が荒れ狂っていた。

「……あの、どうしてボクの事が分かったんですか?」

「知り合いに連絡がついたんです。雷撃のエドワードと言えば思い当たりますか?それで、その時にあなたの常套手段も一緒に教えてもらいました。ツバキ」

「はいよ~」

 のんきそうな返事とは裏腹な、ドスンという大きな音が扉のむこうから聞こえてきた。

「な、何です?」

「これを、運んできてもらいました」

 言葉とともにあけ放たれた扉の向こうには、一隻の小舟が砂浜の上に置かれていた。

「そ、その舟は……?」

「この舟、見覚えが無いとは言わせませんよ?なにしろ、あなたがこの島に来るのに使った舟なんですから」

「し、知りませんよ」

「あの舟、漁師さんたちの誰も見たこと無いそうです。造船大工さんにも伺ったんですけど、首を横にふってました。『オレたちが作った船にゃ、証拠の焼き印がいれてあるのさ』と、自慢げにおっしゃってましたよ。つまり、この船は外から持ち込まれた物だという事になります」

「じゃ、じゃあ、君たちの舟ではないのか?」

「この舟を見つけたのは、あなたの小屋の側にある岩の影です。僕たちが波間に倒れていたのはナヴァー君とモラーリアさんをはじめ、漁師さんたち皆が知っていますよ。あなたを最初に見つけたのは、モラーリアさんだそうですね。モラーリアさん、当時の様子を、もう一度話してくれますか?」

 トマスの言葉にこくりとうなずくと、モラーリアは目を閉じて話し始めた。

「あの日、船の点検が終わって家に帰ろうと歩いていた時、砂浜で青い服のまま立ち尽くしているエルダートさんを見つけたんです。話しかけたら、『ここはどこ?ボクは……誰なんだ?』って」

「身につけていた服は、濡れていましたか?」

「いいえ。全く濡れていませんでした。朝方に漂着して、太陽の光で乾いてしまったんだろうって思っていたんですけど……」

 ありがとうございます、とモラーリアに軽く一礼すると、トマスは再びエルダートへと向き直る。

「お聞きの通り、あなたが漂着して倒れている姿を誰も見ていないんです。そして、服が濡れていなかった」

「それは、モラーリアさんの言う通り日光で――」

「では、どうして塩を吹いていないんですか?海水に浸かっていたのなら、その青い服が所々白く見えるくらいになるはずですよね?」

「……」

 言葉に窮したエルダートに畳みかけるようにトマスは言葉を重ねる。

「あなたは、僕たちの舟を沈めた鉄の塊――おそらく、水に潜る事のできる船からの要請でこの島を訪れた。水棲人たちを拉致する為に」

「ボクが?いったいどうして?」

「理由までは分かりません。しかし、その手法は外から来たあなたでなければ実行不可能です……『これが証拠ですよ』」

 トマスはおもむろに、懐に向けて声をかける。

『これが証拠ですよ』

 先ほどと寸分違わぬ声が、今度はエルダートの懐から響いた。

「な……っ!」

 あわてて胸をかきむしるように懐をまさぐりだすエルダート。

 その足下に、服の隙間から滑り出てきた一冊の本がゴトンと転がり落ちた。

 ベッドから立ち上がってすかさずその本を拾い上げるも、時すでに遅し。

 トマスは懐から取り出した紙片を開きながら、口を開く。

「それが、エドワードの言っていた『グリモワ』ですね。あなたはその魔道具と、祠に貼ったこの紙とを使って水棲人が漁の前に行う祈りを盗聴していた。そして、その情報を海中の船に送っていた。違いますか?」

「……」

 魔法陣が描かれた紙片を見せられ、エルダートはただ黙るしかできなかった。

「祠へ入ったのは、水棲人を除いてはあなただけだそうですね。さぞうれしかったでしょう。盗み聞きをするのに絶好の場所だったんですから……さて、そろそろ話してくれませんか?どうして水棲人を誘拐していたのかを」

「し、知らな――」

 否定の言葉を紡ごうとするエルダートの横を、一本のナイフが通りすぎる。

 鋭い刃は、エルダートのもみあげに生えた髪を幾本か背後の壁に縫い止めて停止した。

「答えて、もらえますよね?」

 次は当てる、と鋭い視線で語りながら次のナイフを取り出すトマスに、エルダートの心は急激に冷やされていった。

(こ、こいつぁ、とんでもねえヤツを敵に回しちまった……そもそも悪いのはオレじゃなくてジェノマリナーの連中だ。しかも標的を撃ち漏らしやがって。なんでオレがこんな所で裁判みたいな事をされなきゃいけねぇってんだ!)

 恐怖が怒りに昇華してしまったエルダートの視界の隅に、一本のナイフが映り込む。

 さっき目の前の男が投げたナイフだ。

 壁を貫通しているナイフ。

 しかし、壁は壁でもこの老朽化著しい小屋の薄い壁なのだ。

(やはり、天はオレの味方か!)

「ま、まぁ待て。騙していた事は謝る。だが、こちらにも事情があったのだ」

「……んなのよ」

 苦し紛れ言い訳に反応したのは、モラーリアだった。

「わたしのお父さんとお母さんをさらった理由って、何なのよ!!」

 これまでの辛さに耐えかねたモラーリアが、涙混じり絶叫とともに詰め寄る。

 じりじりと近づいてくる娘から少しでも距離をとろうと、エルダートも壁際へ動く。

「それは……」

「ッ!いけない!モラーリア!」

「これが俺の生き方だからさ!!」

 エルダートの行動の真意に気づいたナヴァーの制止より一瞬先に、エルダートが引き抜いたナイフの刃が、もう片方の手で抱きよせたモラーリアの首筋にあてられる。

「ッ!」

 動揺しながら放たれたトマスのナイフを華麗に避けたエルダートは、首を締めあげて気絶したモラーリアを抱えると、そのまま後ろの腐りかけていた壁を突き破って、小屋の外へと走っていった。


「しまった!」

「モラーリア!」

 同時に叫んだトマスとナヴァーは、すぐさま後を追って砂浜へ飛び出す。

 外は、夜の帳が降り始めていた。

 民家の灯りとは逆側――森の方へと走っていくエルダートを追いかけようとする二人に、マーミャの声がかかる。

「夜は水棲人のほうが有利です。トマスさんたちは親方さんたちに連絡を!」

「……分かりました」

「モラーリア……」

 悔しそうに唇をかみしめるナヴァーと入れ替わるように、マーミャが走っていく。

 その足取りは、周辺の海藻や岩にとられる事無く軽快そのものだ。

「速ぇ……」

「さすが、俊足ですね。何かあったらマーミャから連絡がきます。僕たちも急いで応援を呼んで来ましょう」

 意外な一面に目を丸くナヴァーの肩に手を乗せると、ツバキを含めた3人は集落の方へと全速力で走り出した。

  

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