第6話 イチゴ2


 ─5月22日 14:20 ???─




 イチゴは空にこんもりとした羊のように浮かぶ雲をぼうっと眺めていた。

 ざあっと風が吹くたびに、空をゆっくりと横断していく羊の群れ。

 その目に眩しいほどの白は、夏の日差しのせいだろうか?


 傾いたコテージの屋根は程よい射角に出来上がっており、だらりとひとりくつろぐイチゴを優しく支えていた。

 青空をさらに深い青に染め上げ、雲を純白にも見せるほどのピカピカの日差し。それが多少邪魔っけな以外は最高のロケーションだろう。


 クワッと退屈そうにあくびを漏らしたイチゴ。

 その蒼い目がチラリと確認したのは、のろのろと亀のように経過していく左下の数字だ。

 刻一刻と数を減らしていくそれであったが、40分も前から同じものを眺めているイチゴからしてみれば遅過ぎてもどかしいぐらいだった。

 制限時間はトータルで一時間。

 こんなに長い一時間は他にないのではないか?


 幾度目かのため息が空気を揺らす。

 明らかに苛立ちを含んだその息は、風に吹かれてどこぞへと消えた。

 イチゴは片手でヘッドホンを耳を寄せた。


 こうでもしないとやってられないのである。

 退屈な時間を潰すためには程よい調子のメロディーが耳元で歌う。

 この美しい音色に聞き入ってでもいないと、イチゴはすぐに苛立ちの波に飲まれてしまう。

 それを避けるためにも、これは必要な事なのだ。


 だって『ここ』にらざわざわと煩い雑音が満ちている。

 それは真下の有象無象らが吐き出す泣き言であったり。

 今は遠くで聞こえるはずの、しかし実際はすぐ隣で眠っているチームメイトとやらのざわめきであったり、様々だ。

 イチゴは舌を打った。


「黙ってりゃいいものを」


 憎々しげにそれだけ吐き出して、森のどこかで騒ぎ回る二人の方を睨んだ。

 実際に見えるはずもないけれど、それでも不自然に大きく揺れる木々の合間を鋭い眼光で突き刺した。


「あーうるせえ」


 イチゴは忌々しげにそう言って表情を歪める。

 でも、誰にも届かない。先ほどのため息同然の悪態が、誰に聞き入れられる筈もなく。

 ざわざわざわざわ……。

 ざわざわざわざわざわざわ……。

 ざわざわざわざわざわざわざわざわ……。

 騒がしくなるばかり。雑音は止まらない。鳴り止まない。


 ふつふつと湧き上がる不快感に拳を握り締めた。

 次第に騒がしさを増すざわめきの音が、煩わしくてしょうがない。

 これはイチゴの神経を逆撫るために作曲された合唱曲。

 なんのためにそんなことをしたのか知らないが思惑通り、効果は絶大だ。

 イチゴの眉間にまた一つシワが増えた。


 ─────ドンッ‼︎‼︎


 そんな風に行き場のない苛立ちを持て余していると。

 一度だけ大きく大地が揺れた。


「……っ!」


 息をつく間も無く一瞬の浮遊感。赤い屋根に容赦なく叩きつけられて、イチゴは怪訝そうになる。

 大人一人を容易く宙に浮かせるほどの大きな揺れ。

 現実世界であればどのメディアでも大騒ぎになるところであるが、これは『ゲーム』だ。

 正直こんなことはザラにある。


 単調なゲームシナリオに色をつけるため。

 プレイヤーをさらに楽しませるため。

 ……例えば隠れた大ボスが、姿をあらわす時の演出だとか。


「ったく、やっとボス戦か」


 これだけオンボロに廃墟と化しながらも、この揺れに耐えてみせたコテージの屋根の上。

 イチゴはそう言って呆れ顔になった。


 その呆れ顔に、一つ影がさす。

 陰りではなく、それは何かの影、だ。

 それも小さなものではない、かなり巨大な一つの影。


 上に視線を運べば、青空の合間にそびえ立つ緑があった。

 いやいや、これだけ広大な森が広がってるのだ。緑なんて飽きるほど目にできるだろう。

 瑞々しい新緑が、一面に広がっている筈だ。

 わざわざもう一度説明する必要はない。と、そう言いたいのもわかる。


 たしかに辺り一面緑色。

 そこに巨大な緑が出現したところでなんの不思議もないかもしれない。

 そびえ立つその緑が一切それに混じらない黄緑っぽい色をしていたとしても、見間違いに違いない。

 ……現実世界ならば。


 イチゴは眉を寄せる。


「チンタラチンタラ、あいつら何やってんですかねえ」


 息をついて、巨大ビルさながらの高度を誇る緑色を見上げる。

 足元から見たら、首がつるほど見上げても頭のてっぺんは拝めないだろう。

 大地を揺らして唐突にそこに出現したのは、それほどに大きなだ。


 下の連中が騒がしくなる。

 目の前の化け物よりも、その瞬く間に広がる雑音に顔をしかめてイチゴはもう一度左下の数字を目に入れた。


「とっとと終わればいいんですけど」

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