第3話 サザンカ3


 ─5月14日 14:12 倉木邸内庭園─




 晴れ渡った空の下。青々とした木々と、穏やかな風が揺れている。

 サザンカは上を見上げて、あまりの眩しさに目をすぼめた。


 気味が悪いぐらいに晴れ渡った空は、ピカピカとご機嫌で。

 その海原を真っ白な雲が泳いでいた。


 輝くような空に目が眩んで、逃げるように視線を落とせば、黒と灰色の砂利に包まれた地面が映る。

 艶やかに光を反射してみせる丸い石たち。

 その照り返しで、またもや視界が不安定に揺れた。


 きっと屋敷の中にこもっていたせいだろう。

 サザンカはそんなことで小さく苦笑いを浮かべた。

 転々と続く飛び石を外れて玉砂利の上を歩くたびにそれらが擦れて鳴いて、ジャラジャラと涼しげな音を立てる。

 そんな昼下がり。


「とびきりきれいなやつだぞサザンカ!」


 サザンカの手を引く少年はそう言って明るく笑った。


 濃褐色の肌を惜しみなく出した袖なしのタンクトップに半ズボン。

 その姿はまさしく季節外れの夏休みを過ごす少年さながらだが……。

 日本のどこか寝ぼけたような色彩に、色の強すぎるその肌はどこか異質で、浮き出たように見えた。


 そんな濃褐色の肌をもつ少年、トーゴは意気揚々と胸を張って、サザンカの一足先を歩いていく。

 そして、軍隊の司令官さながら前方を指差し、高らかに命令した。


「この庭の中で、一番だ一番!」

「はいはい、わかった、わかったから」


 その指揮官についていく部下役を務めるサザンカは、曖昧な笑顔でそれに応じる。

 きちんと返事が返ってきたことに満足したのか、トーゴはふふんと鼻をならした。


 無邪気で可愛らしいと言えばそうだが。

 未だ重たい体を引きずるサザンカにとってはそればかりではない。

 前を行く少年に気づかれないように小さくため息を落として、サザンカは頭を掻いた。


「……お見舞い、ねえ」


 ぼそりと呟いたその頭に浮かぶのは数分前の記憶だ。

 シジマの部屋のあたりが騒がしくなって、弥一が席を立った。

 その背中を見送りながら、焦燥にかられるサザンカに、この少年がかけた言葉だ。


『花を摘みに行こう』


 唐突すぎて、何を言われているのか理解するのに一拍かかった。

 ああ、もしかして気を使わせちゃったかな。

 そう思ってサザンカが口を開く前に、強引に腕を奪い去って少年はサザンカを外へと誘った次第だ。


 なんでもシジマが早くよくなるようにと部屋に飾るんだとか。

 そんな花程度でどうにかなるとは思えないのだけど、そんなことをまだ小さい少年に告げるわけにもいかず。

 珍しく良心なんか痛ませて、ここまでズルズルと引きずられてきたのだった。


「一等きれいなの見つけてシジマに持って行ってやるんだ」


 きらきらと一切の曇りもない瞳がサザンカを得意げに捉えている。

 いい考えだろう! と自慢でもするように。


 サザンカがその目にぎこちなく頷いて応えてやると、トーゴは子供らしく嬉しそうに言葉を続けた。


「すごくきれいなら目を覚ますかもしれない」

「え、あー……そう?」

「そう! 絶対そう!」


 どういう理論だろうか。

 内心でそう突っ込みを入れつつ、顔には曖昧な笑顔を貼り付けてサザンカはトーゴの頭を撫でた。


 それを受けてふくふくと快活に笑む姿は実に微笑ましい。

 その文字通りサザンカは薄く唇の端が持ち上がるのを感じた。

 トーゴがそんなサザンカを見上げる。


「あんまりきれいな花だから、シジマはびっくりするに決まってる」

「そらすごい」

「あのシジマだぞ? もうびっくりにびっくりして飛び起きちゃうかもしれない!」


 その言葉通り、あの臆病な少女がひゃああああっと悲鳴をあげて布団から飛び起きる姿が頭に浮かんで……。

 サザンカは思わずくつくつと喉を鳴らした。

 そんなことあるはずもないのに、どうしてかいとも容易くそれが想像できてしまったからだ。


 1日よりも短い時間しか共にしていないというのに、実に簡単に鮮明に。

 怯えたように目を見開いて、体を強張らせて、「え、……、なに……なんなの?」と戸惑った震える声でこちらに問いかけてくるのだ。


 ああ、そんな風になればいいのだけど。


「そこまでの奴が咲いてりゃいいなぁ」

「大丈夫だ! ちゃんとお祈りしといたからな!」


 サザンカの落胆が色濃く映るそんなぼやきに、明るくそう返してトーゴは屋敷の裏口の方へと、サザンカを引き込んだ。


 古ぼけた屋敷の裏には相変わらず和風な庭が広がっている。

 玄関方面の客を出迎える賑やかさこそないが、どことなく落ち着いた草木が植わっていた。


「おお、なかなかいーじゃん」

「だろだろ?」


 ヒュウ、とサザンカが口笛を吹くと、別に自分が褒められたわけでもないのにトーゴが嬉しそうに胸を張った。

 そこにあった光景は、サザンカの言葉通りなかなか見事なものだ。


 正面の庭からすれば少々の見劣りはするものの、こちらだって負けてはいない。

 一階の客間につながるテラスから見渡せるようになっており、ここの部分も十分重要な役割を果たしているようだ。


 どれも丁寧に手入れが行き届いており、一言で言うならば「美しい」。

 ありきたりな表現だが、これ以外にこの光景を表す言葉をサザンカは知らなかった。

 生命力に満ちた瑞々しい葉が、小さな池の形を作った涼やかな清流が、あでやかに庭を飾る柔らかな花弁が。

 そのどれもがひどく「美し」かったのだ。


 そのテラスにはアンティーク調の机と椅子が並んであった。

 そこで飲む茶はさぞかし優美な味がすることだろう。

 サザンカはどこか冷めた目でそれを見やった。


 そのとき、するりと繋がれていた手が解ける。

 トーゴがその庭の方へと足を進めたのだ。

 虚をつかれてぱちくりとそちらに視線を投げれば、見事な花壇の前でしゃがみこむ少年の背中があった。


「……どれにするかなぁー」

「え、ここの花採っていいワケ?」


 いやダメだろう。どう見てもダメだろう。

 テラスからまっすぐ見える位置に咲いたその花はきっとこのテラス席の主演女優のようなもの。

 これをぶちぶちと引っこ抜いていいわけがない。


 そんな、苦笑いしたサザンカにトーゴは、頰を膨らませて唇を尖らせた。


「いいって! クラキがいいって言った!」

「えええ、ホントに?」

「ホントだ! オレうそつかないっ」


 屋敷の主がそう言ったのであればそれでいいのだけど……。

 そんなこといくらこんな少年だからと言って普通許可するだろうか?

 こんなに見事に手入れされているというのに?


 ──あ、いや……。やりかねないな。

 ふわり頭に浮かんだ和装の好青年風の男の顔。

 その爽やかな笑顔に考えを改めて、サザンカは首を横に倒した。


「なら……、いい、のか?」


 いいのかもしれない。

 彼に頼めば驚くほど気軽にオーケーしてしまいそうだ。

 彼の許可があれば全く問題はない。

 彼が庭の手入れをしているわけではないにせよ、あの人はこの屋敷の持ち主なのだから。


 トーゴが意気揚々とうなづく。


「いいんだ! 言ってた気がするから!」

「気ィ? それ完全にダメなやつじゃねえ⁉︎」


 そんな不確かな理由で引っこ抜くつもりだったのかよっ! もう一度確認してきてくれったのむから!

 頭の中でそう言葉が続くのだが、それを声に出す前に、トーゴに再び腕を引かれる。


「いいんだ! ほらさがすぞサザンカ!」

「え、ああ、ちょっと!!」


 少年ゆえの力任せな手を振り払うわけにもいかず、ぎゅうぎゅうと腕を締め付ける小さな手に従って足を進めた。


 ズルズルと連れ去られたのは、美しい鉢植えを飾ったアンティークの棚の前まで。

 そこで足を止めてこちらを振り返ったトーゴは、棚の中央に咲いた薄桃の花を指差してニッコリと笑った。


「これなんかどうかな!」


 そう、トーゴが指差したのは庭の隅に設置された棚だ。

 まだ庭の表舞台に出られないものを集めたのだろうか。重たそうな蕾を携えた花や、枝や葉が伸びきっていない盆栽が綺麗に整列している。

 その並んだ鉢のどれもが見渡せるように段を作ってそこに佇んでいた。


「この花を集めてさ! 花束とかっ、いいだろ?」


 にこにこと無邪気にそうせがんでくるトーゴの示す場所。

 ずらりと肩を並べるそのうちの一つ。


 背の低い割に、太い幹を携えた厳かな雰囲気の、それ。

 別にサザンカは盆栽に詳しいわけではないが、そんな無教養なサザンカですらわかるほどにトーゴの指差した花は美しかった。


 根元にわざわざ苔を生やして彩りを添えているのだから、売ったらそりゃあ驚くほどの高値がつくことだろう。


 それの植わってる下の鉢ですら上等な品に見えてくる。……見えるだけではなくどうせこれも高級品なんだろうけど。

 苦笑いを浮かべ、少々引き気味になってサザンカはトーゴをなだめた。


「いや、ダメだってトーゴ、それは植えてあるやつだから」

「えーじゃあこれは?」


 ぷう、と不満そうに頰を膨らませた濃褐色の少年。

 そんな彼が次に指差したのは、庭の隅に数本生えている黄色い花。


 ……どう見ても雑草ではない。

 サザンカは顔を引きつらせた。


「ゔーん……」

「これもキレイだぞ!」


 渋い顔をしたサザンカの答えを先回りして気づいたのか、トーゴはまた別の花を指差す。

 これも、あれも、それも、と次々にトーゴが花を示すが、そのどれもが厳かな佇まいで庭の一部となりそこを彩っている。


「……、だめ、じゃないかなぁ」


 だめだろう。きっと当然のようにだめだ。

 サザンカが言いづらそうにそう応えると、一拍おいてトーゴはしゅんと項垂れた。


「えー、……そうかぁ」


 唇を尖らせて残念そうに肩を落とす小さな影。

 少し難しい顔になった表情には落胆の色が濃く刻まれている。

 まだ幼い少年のそんな姿は、サザンカの胸を少なからず痛ませた。


 なにか、なにか、適当なものを。

 サザンカは少々焦りに似た感情に駆られてぐるりと慌ててあたりを見渡す。

 何か代わりに引っこ抜いても良さげなものを探そうとしたのだ。


 しかし、周りにあるのは品のある美しいものばかり。

 ああ、その中で条件に当てはまるものなんて、一際地味に敷居の隅に小さく芽吹いた青い花ぐらいだ。


「ほら、こういうのにしときなよ。これなら大丈夫じゃん?」


 小指の爪の半分ほどしかない、小さな背の低い花。

 見舞いにしては粗末が過ぎるが、それ故に引っこ抜いたところで誰も咎めやしないだろう。


 むしろこれしかないぐらいの気概で、なんとか押し切ろうと取り繕った明るい笑顔をトーゴに向ける。

 しかし、トーゴは顔の真ん中にしわを集めて首を振った。


「そんなちいさいのじゃだめだ」


 どこか拗ねたような、そんな声。

 トーゴは口を尖らせた。


「シジマをびっくりさせるんだから」


 ──そう言えばそんなこと言ってたな。

 少年の言葉を思い出して、サザンカはどこかいたたまれない気持ちになり、決まりの悪そうに頭を掻いた。


「そうは言ったってなぁ」


 他にどうしろと言うのだ。

 やっぱり鉢に植わってる花を抜くのは気がひける。

 でも小さいのではダメ。

 屋敷の外で探すにしたって、ここは仮にも都会の街。野生の花なんて咲いてるだろうか?

 だからと言ってどこかの民家の生垣に咲くものを盗ってくるわけにもいくまい。


 大体、勝手に外に出てもいいものやら。それすらサザンカにはわからないのだ。

 昨日初めてここの屋敷の『ペット』とやらになったわけなのだから。


 そんなことを思い出して無意識にサザンカは自分の顔から表情が消えるのがわかった。

 ……自分で決めたことだ。

 この屋敷で暮らすこと。ペットに成り下がること。ヒーローとしてゲームを続けること。


 ぐっと拳を握りしめたとき、サザンカに並んで難しそうな表情で悩んでいたトーゴがパッと顔を上げた。


「ちょっと待ってろサザンカ!」

「おい、トーゴ?」


 それだけ言ってサザンカの横をすり抜けていく。

 サザンカは唖然としてそれを見送った。

 トーゴの袖なしの背中を視線で追えば、近くの松の木に縋る濃褐色が見えた。


 器用に木の突起に足をかけて体を持ち上げていく。

 トーゴはどうやら上に登る気らしい。

 サザンカは慌ててトーゴに駆け寄った。


「だ、大丈夫か?」

「ぜん、ぜん、だいじょ、ーぶ!!」


 危なげに手足を使いするすると上に登っていく少年。

 年頃にしては大分細い腕でどうやって体を支えているというのか。

 不思議と全くぐらつく気配もなく、トーゴは一番近くの太い幹へと到達した。


「どうしたんだよ急に」


 その行動の意図が掴めずサザンカは息をつく。

 しかしトーゴはそれに答えず、ゴツゴツとした樹皮の厚い立派な松の木の、太い幹にしがみついて。

 体制を立て直して一息をいれて、それからようやくトーゴはこちらを顧みた。


「上から見ればすぐ見つかるかなって!」


 トーゴはニカッと笑った。

 その曇りのない瞳が名案だろうっとサザンカに訴えかけている。

 サザンカは引きつった表情を浮かべた。


 思いついた発想にすぐ着手する行動力は評価しよう。

 そして活発で元気なところもたいへん結構だ。微笑ましいし、見てるこっちが元気になってくる。

 が、その行動にどんな意味があるというのか。全く皆目見当もつかない。


 ──上から見たって採れない花は採れないからな?


 そりゃあこの庭だ。上から見たらきれいな花なんてたくさん見つかることだろう。

 でも見つけたからなんだ。

 摘めなきゃ意味がないだろう。


「フタツミも言ってた! ときには『してん』を変えてみるのも大事だって!」


 言いながら、やっぱり不安定に木の上で立ち上がった少年。

 危なっかしくて見てられない。

 でもその体を支えるには難しい立ち位置にいるサザンカはひとりでたたらを踏むことしかできない。


 ひっそりと胸の内で大きくため息を吐いた。サザンカはせめて彼が滑り落ちた時のためにと彼の真下を陣取って、重々しい額に手を当てる。


 誰がどんな状況で言った言葉だか知らないが、多分その人はこういう物理的な意味で言った訳じゃないと思う。

 先ほどトーゴが呼んだその人はきっともうちょっとこう、気分的な意味で……。


 そう、そのひと。

 フタツミとかいう、名前の、


「フタ、ツミ?」


 思わずその名を口に出していた。

 聞きなれない名前だが、確かに覚えがある。

 例えば昨日。


 あのゲームから帰ってきたとき、とか。


「あいつ、か」

「?」


 そう、たしかそれは女の名前。

 ボサボサした髪の、メガネの女。

 顔なんか全然覚えてはいないのだけど、ただあまり好みじゃなかったことだけは確かだ。


 サザンカにやたら突っかかってきて、ほとんど金切り声で喚いていた……、うるさいやつ。

 その女が言うのだ。

『あんたが─ねばよかったのに!』

 平静を失った目で。それだからこそ嘘偽りはないのだと、わかって。


 ひどく腹立たしかったことを覚えてる。

 なんでそんなことになったんだっけ?

 確かにやたら突っかかってはきていたけども。そこまで言わせたのはなぜだっけ?


 ああ、そうだ。

 サザンカは確かその人に、


「あの、あれだろ? そのフタツミってさ、俺が、えっと、……殴っちゃったひとだろ?」


 所々でそうどもりながら、サザンカの声は尻すぼみになる。

 そんなサザンカのことなど気にも留めない様子で、トーゴがニカッと大きく笑んだ。


「ああ、そうだぞ」


 そうして吐き出されたのは、心地よいほどの短いはっきりとした肯定。

 それにサザンカは肩を震わせた。


 ──あー、やっぱりそうなんだ。

 サザンカの表情がひくりと引きつった。

 ゔ、あー……と気まずそうに視線をさ迷わせながら意味のない母音だけを無作為に繰り返し。

 数秒後、ようやく渋々口を開く。


「あのひと、今どうしてる?」


 歯切れの悪い、もごもごとした問いだった。

 あまりにくぐもった声だったから聞き取りずらかったのだろう。

 トーゴは首を傾げてぱちくりと目を瞬かせた。


 しかし、なんとか合点がいったのかしばらく後にぱっと顔を明るくする。

 木の上に堂々と仁王立ちした少年がサザンカの顔の上に影を落とした。


「フタツミはなー、今ねてる」

「寝て……?」


 もはや昼も下がる頃合いだというのに、どこか具合でもわるいのだろうか。

 サザンカは眉を寄せた。


 トーゴの方は目を光らせて、何かを探すように庭中舐め回している。

 何か、と言ったがそれはもしかしなくてもお目当の花で。綺麗な、そして摘んでいいもの。

 高いところから見下ろして、見つけようとしているのだ。

 その片手間にサザンカの問に応える。


「シジマのこと心配でー、夜ねれなかったんだってー」

「……」


 花の捜索と並行しているためか、素知らぬ顔と妙に間延びした声で告げられた言葉。

 それはサザンカの胸の隅に針を突き刺し、ちくりと痛ませた。

 トーゴは軽い口調のまま、続ける。


「フタツミはシジマとなかよかったからさー」

「……そう、なんだ」


 ──仲よかったから、あんなに。

 サザンカはひとり、合点が行く。

 そう、あんなに声を荒げる程には、シジマを想っていた人なのだ。

 ……眠れなくもなるだろう。


「フタツミのこと気になるか?」


 トーゴがにこにことサザンカの方へ身を乗り出した。

 ──危ない危ない、落ちるから。油断すんなって。

 思いながらもサザンカはぎこちなく笑った。


「気になるっていうか、うーん……。まぁ殴っちゃったし」


 しかも顔。

 さすがにあれは良くなかった。

 いや、腹なら良かった訳じゃないけども。そっちの方がいくらかマシだったろう。


「そうだなぁ、ほっぺたはれちゃって冷やしてたぞ」

「うぐっ、」


 ふー、と息をついたトーゴ。

 その言葉がぐさりと胸を刺した。


「痛そうだった。おれもおとことしてどうかと思うぜ」

「ゔ、……うんそうだ、ね」


 サザンカは気まずそうに目をそらして、宙に遊ばせた。

 まさかこんな子供に諭されるとは。ああ、じとっとこちらを見ている目が心苦しい。

 感情に流されるとか20歳をすぎている身で恥ずかしい。ただただ、その正論にサザンカは頷くことしかできないのだった。


 それを見てか、トーゴがくすりと一つ笑い声を立てる。

 そして、少年の色の濃い唇か開いた。


「なぁ、サザンカ」

「な、に?」


 頰を掻きながら返事したサザンカに、にししっと悪戯っぽく笑いかけたトーゴ。

 木の上に立っているその少年を見上げるには、だいぶ頭を持ち上げなければならなかった。

 少々首がいたいが、サザンカはトーゴに合わせて唇だけで笑みを作った。


 木の肌と紛れてしまいそうな少年の姿。

 でも、トーゴよりも高い位置にある太陽が、松の葉の合間を縫って光の糸を垂らしているから。

 なんとかその姿を視認できた。


 少年が笑う。


「神様って信じるか?」

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