第8話 トガミヤイチ2


 ─5月13日 12:21 観客席─




 ヒーロー・バースのキャラクターには特殊能力スキルがある。

 通常のゲームであれば、ずらり並んだその中から一つ好きなものを選べるのだが。


 このゲームでは違う。

 一人ひとりに主催者側から分け与えられるのだ。

 その決定方法は様々。

 もちろんプレイヤー本人が選ぶケースも存在する。まぁ、僅かな例ではあるが。


 多くはスポンサー、……総司郎のところなら飼い主と言ったところか。

 そいつが自由に決めたり、主催者側での会議だったりルーレットだったり。……最悪適当だったりするときもある。

 つまり、プレイスタイルに合わせて作ってあるわけではなく選ばれてしまうということだ。


 例えば、火を操るだとか、水を操るだとか、身体能力強化、透明化。シジマの『冰雨ひさめ』のような汎用性の高いものならいいが。

 小人ほどのサイズになれる能力、敵のHPを見ることができる能力、無機物に変化へんげできる能力など。使い方が限られるものが割り振られてしまう場合も多い。


 代えられない、というわけでもないが……そのためには様々な手続きやお金がいる。

 そのため無理に変えるプレイヤーはよほどの能力なのだろう。


 これも、そのひとつ。



「『コル・レニオス』?」


 目の前に表示された文字を総司郎が読み上げた。

 弥一には、聞きなれない単語だ。


 ここは、会場に設けられた『スポンサー席』。

 ただの視聴者ではパソコンの画面程度が精々だが、ここではヒーローたちの活躍を大画面、大音量で映画のように愉しめる。


 総司郎曰く、「ペットたちの頑張りを間近で応援できる飼い主の特等席だ」とか。

 そんな数年前の朗らかな笑顔を思い出して、弥一はため息をついた。


 すると低い総司郎の声が鳴る。


「獅子座の心臓、か」

「そいつがこのスキルこれの名前か?」


 弥一もその大画面に目を向けた。

 先ほどまで辛い痛みに喘いでいた新参者が、ちょうど魚の大将に殺されたところだ。

 しかし総司郎はそんな弥一の問いなど軽くあしらって笑い声をたてる。


「ははははっ。いや、確かにレニオスの伝説では ヘルクレスの弓でも死ななかった と言うが……」


 弥一には全く何の話か見当もつかないウンチクをつぶやいて総司郎は苦笑った。

 サイドテーブルに置かれた飲み物に刺さったストローを指で弄ぶ。


「その名にちなんだと言うには、お粗末だな」


 すぅ、と細められた目。

 その鈍色が画面のブルーライトを反射して煌めいた。

 弥一は小さく息をつく。


「なかなか特殊能力スキルに目覚めねえと思ってたら……」

「これじゃあどうにもならないな」


 弥一も同意して、画面の中を見つめる。

 殺された『サザンカ』。もう終わりのはずの、ゲーム画面。

 そこにGameOverゲームオーバーの文字はない。


 あるのは仰々しく表示された特殊能力スキルの名前と、その効果だけだ。


 ゲームの続く画面をうっそりと見つめながら総司郎は笑みを深くする。

 そして上機嫌に読み上げてみせた。



「『ゲームの中で一度だけ生き返る』!!」



 サザンカの特殊能力スキルはこれらしい。


 立ち去ろうと踵を返した『カイザーフィッシュ』。

 その背後で小さく呻いて体を起こす影があった。

 それは殺されたはずの……サザンカだ。


 顔がアップで映される。当然、戸惑ったような顔だ。

 血塗れの体、終わってないゲーム、振り返る『カイザーフィッシュ』。

 彼にはきっと掴めないものが多すぎる。


 この、目の前に座る男のせいで。


「スキルがわからない方が楽しめると思って隠しておいたんだが……、まさかこんな能力とはなあ」


 その楽しむというのはサザンカに向けた気遣いでは決してないことを弥一は知っている。

 目の前で紡がれているのは正真正銘、彼自身のために用意された、舞台だ。


 総司郎は笑う。


「面白い能力だなっ、一度! たった一度だけなんて!」


 いくらこの部屋に彼以外のものが弥一しかいないからと言って……、恥ずかしげもなく腹を抱えて大笑いなどできたものだ。

 弥一は顔をしかめた。

 目の前で繰り広げられるそれが、笑えるものでは決してないことを 弥一は理解しているから。


 それをそのまま口にする。


「笑いごとか?」

「笑うしかないだろう、こんなっ、こん……ふはははは」


 目に涙さえ浮かべて、画面の向こうで戸惑うサザンカを観ている。

 迷子の子羊のような、表情。大きく震える、肩。強張って動かない、体。

 それらが総司郎にはどう見えているのか。

 弥一にはわからない。彼を長く知る弥一ですら、わからない。


「戦闘で、全く役に立たないじゃないか。今回は武器も持たせていないのに!」


 涼しげな表情を 綺麗なまま歪めてこのゲームを楽しむ姿は、ベットの可愛い動画を見て愛しさに微笑むそれだ。

 悪意も闇もかけらほどにも感じられない。


「生き返ったら能力が跳ね上がってる、ってわけでもないんだぞ? さっきとおんなじ能力のまま!! 自分を殺した相手に立ち向かうんだ!」


 画面の中では初回のように軽やかな動きを取り戻したサザンカが立ち回っている。

 ……とはいえあの時のような強気な姿勢は失せていた。

 逃げる、避ける、ただそれだけを繰り返す。


 それでも背を向けることはない。

 なぜなら戦うことこそが飼い主の【命令】だから。


「ああ、でも怪我も治ってるみたいだな。使いようによっては……というところか」


 でも、避けるだけでは勝てない。勝てないなら『終わらない』。そんなことは一般的な方のゲームをやり込んでいた、サザンカが一番わかっているはずなのに。


 弥一は目を伏せた。目を逸らす為ではない、ただ深い呆れを滲ませて。


「傑作だ! サザンカ!!」


 総司郎はゆっくりと席を立って画面の方へと拍手を送る。

 ……この狭苦しいVIP室に響いているのは、その手が鳴らす音なのか、画面の中央のサザンカの骨が折れる音なのか。


「俺の目に狂いはなかった、君はまさに逸材、傑物、鬼才、新星ッ‼︎」


 やや興奮気味に画面に映るヒーローを褒めちぎり応援する姿は、幼いそれによく似ている。

 ただ、そう呼ぶには歪すぎる。

 形のいい口から紡がれる美辞麗句は、もはや皮肉にしか聞こえなかった。


「君は紛うことなき俺の大切なペットヒーローだ」


 しかし総司郎のその表情からは、一切の穢れが読み取れない。


 だからこそ、『狂ってる』。

 そうとしか表現できない。

 このゲームはもちろん、この男も、観客も、……それを静観している自分自身も、きっと。


 弥一はそう思いつつも。

 理解しつつも、総司郎を咎めることはなかった。

 だから。

 総司郎は。このゲームは。……ペットたちは。


 でも今回ばかりは弥一は総司郎へ一言だけ意見する。画面に再び広がり始めた赤につい最近起きた『事件』を思い出したから。


「このままじゃ死ぬぞ。サザンカも、シジマも」

「そ、れ……ふふ。あー、それもそうだな。可愛いペットたちの中から 死人が出るのはもうごめんだ」


 まだ残る笑いを必死に収めて、総司郎は静かにそう言った。……所々でしゃくりあげながら。

 ──笑い過ぎだろ。

 弥一は冷めた表情でそれを見下ろしていた。


「彼の『活躍』をこのまま見ていたい気もするんだが……、仕方ないな」


 残念そうにそう言って、テーブルに置いてあったそれを弥一に寄越す。

 無造作にそれを受け取った弥一。


 それに総司郎は慈しむような表情を向けた。


「【行っておいでヤイチ】」

「……」


 弥一の首の後ろでカチリと、何かが嵌る音がした。

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