第7話―7騒がしい剣舞
ゆらり、とハマドゥラの身体が揺れる。
それを好機到来と思うほど、私は彼を舐めてはいない。寧ろ襲撃の布石と見て、慎重に間合いを図った。
それは、次の瞬間にゼロになった。
5歩分はあった筈の間合いが消し飛んでいる。目の前に切っ先が迫り、私は必死で身をかわした。
そのまま、上半身の捻りに合わせて、カウンター気味に剣を振るう。
異能【
身を低くして斬撃を避けたハマドゥラが、伸び上がりながら私の首を狙ってくる。
私は逆に前へと踏み込み、刃の間合いの内側へと侵入。ここでなら、首に腕がぶつかる程度で済む。多少の痛みは無視してそのまま蹴りを放つべく、私は片足を浮かせた。
対してハマドゥラは、ただ腕を振り抜いた。
「ぐっ………?!」
枯れ枝のよう、と思っていた細腕のどこにそんな力が有ったのか。
私の首に命中した腕の勢いは止まらず、蹴りの体勢に入っていた私を、そのまま吹き飛ばした。
間合いが空く――いや、空かない。
宙に浮く私の視界に、身体を揺らすハマドゥラが映る。
先程の、俗に縮地と呼ばれる歩法で、一気に間合いを詰めてくるつもりだろう。このままでは、着地と同時に串刺しだ。
そうはさせるか。
私はバグに手を突っ込み、ナイフを3本指の合間に挟み持つ。
吹き飛ばされながらどうにか体勢を整え、私はナイフを、直進しようとするハマドゥラの軌道を塞ぐように投げ放った。
縮地というのは、要するに、1歩の踏み込みを数倍の距離に伸ばす技術だ。
力の有る魔術師が見せる
消えたわけではない。だから、進む道に障害物があれば衝突するのだ。
「チッ」
出来れば串刺しになって欲しかったが、ナイフを放つタイミングが早すぎた。ハマドゥラは縮地を中止し、迫る刃を苦もなく迎撃する。
舌打ちしたいのはこっちの方だ、全く。
着地し、そこから更に数歩後ろに跳びながら、私は内心でため息を吐いた。
こちらの攻撃が及ばない。
予想してはいたが当たってほしくなかった現実だ。
私の異能は、あらゆる武器を使いこなす事が出来るが、結局そこ止まりだ。その武器を使うあらゆる動きを行えるし、必要な筋肉も補えるが、それだけ。1つの武器を極めた達人には、けして及ばない。
ハマドゥラが剣を握っていた時間、その年月という壁は、いわば究極の付け焼刃である私の異能では乗り越えられない。絶対に、だ。
「戦いなれていらっしゃる、暗殺者らしからぬ動きですな」
「どうも」
開いた間合いに眉を寄せながら、ハマドゥラが感想を漏らす。
率直な賛辞に、私も素直に頷いた。まぁ、手にした武器の性質故ではあるが。
この武器、【シノビガタナ】というやつは、どうやら私のような暗殺者やスパイの類いが用いた武器らしい。流れ込んでくる使い方が、防御やらカウンターやらに酷く偏っている。
長さも取り回しがしやすいし、持ち運びにも便利そうだ。片手で容易く振り回せるし、重心も安定している。
お陰で、どうにか生きている。
マトモな打ち合いならば、展開はもっと変わっている。腕力でも速度でも負けている以上、勝敗はあっという間に着くだろう。
それを小細工でどうにかもたせているわけだが、それもどこまでもつか。
何しろ、こっちは暗殺者だ。斬るのは得意でも斬り合うのは不慣れというか、暗殺者として成長すればするほど、そういうことはやらなくなるのだ。
対して相手は斬ることに、或いは突くことに人生を捧げた男。
冗談じゃない、全く。
気配なのかそれとも経験なのか、私の剣術は通じない………私の剣は、見てからでも相手はかわせるようなのだ。
というよりそもそも、ハマドゥラが攻めてくると受けることで手一杯になる。
一太刀目をかわして、体勢を崩したところに二太刀。たまらず受けた腕ごと飛ばされ、三太刀目で死亡。なんとも解りやすい結末である。
どうやら。
打つ手は無いらしい――私一人では。
「そろそろ、詰みですかな?」
「さて、どうかな」
「まだ切り札でも? ならば早く切らないと、抱えたまま冥土に渡ることになりますよ、暗殺者殿」
ふん、と私は鼻を鳴らす。
「………達人との斬り合いは苦手ではあるが、慣れてはいるさ」
依頼の際、そうした連中はそれなりの頻度で立ち塞がるものだ。
そして、だからこそ対策はある。
「見せてやるさ、私たちの切り札をな?」
そろそろか、とハマドゥラは冷静に見抜く。
彼我の実力を正確に測る事くらい出来なくては、達人は名乗れない。立ち居振る舞いである程度、数度打ち合えば、殆ど誤差なく見抜くことが出来る。
だからこそ、ハマドゥラはクロナとの立ち合いの結果を確信した。
あと三手あれば、詰める。
その確信に、ハマドゥラは安堵でなく、苦虫を噛み潰すような顔を浮かべた。
背後では、シズマの治療が着々と進んでいる。
自分の中では、出し切れなかった毒と出してしまった血液の不足とが相まって、体力を異常に削っていく。
時間の猶予は一切無い。出来ることなら、今すぐ、クロナには降参して欲しいくらいなのだ。
ハマドゥラにとって、クロナに対する恨みは一切無い。確かに殺され掛けたが、それは向こうも仕事であり、実力に感心こそすれ恨む理由にはなり得ない。
あくまでも彼女は、外様の暗殺者だ。
依頼人が死んでまでこちらを狙うとは思えないし、もし諦めてくれるのなら、なんならある程度の額を差し出しても構わない。
仕事が終われば勝手に去っていくだろう。そんな相手にこれ以上、余計な手間をかけたくないのだ。
交渉しようとして、しかしハマドゥラは口を閉ざした。
こちらを見るクロナの眼が、まるで諦めていないことに気付いたからだ。
何かする気か。結構、縮地なら、何をする間も無く潰せる。それで仕舞いだ。
静かにハマドゥラは呼吸を整え、
「行くぞ、バグ!」
「キヒヒ、あいよっ!!」
「っ!?」
突然聞こえた声に、ハマドゥラは瞠目した。
――声? 聞いたことのない声だと、この場面で? 何処に居た、気配は?
「ギャハハ、俺は単なるお洒落な布製のお茶目さんじゃあねぇのさ!」
「後ろ、いや、上?」
「どこでしょーか?!」
軽薄そのものといった大声が、下品な笑い声が、コツコツドスドスと多様な足音までもが、前後左右遠近問わず、あらゆるところから響いてくる。
その癖気配はなく、刺さる殺気も感じない。ただ音だけが周囲に溢れる。
有り得ない乱入、姿の見えない敵襲の予兆に、ハマドゥラの神経が束の間クロナから逸れた。
達人故の、隙。
全神経を戦闘に張り詰めた相手にしか通じない、バグの
「【
逸れたことに、気付く間も無く。
音もなく忍び寄ったクロナの刃が、ハマドゥラの腹に突き立った。
「お疲れ様、バグ」
「ギャハハ、口が筋肉痛だぜ!」
「嘘吐け」
バグの特技、話すこと。
声域や声音、音量さえも自由自在のその特技を使えば、こうして音だけの援軍を呼ぶことも出来るのだ。
経験則だが、これは相手の実力が高ければ高いほど効く――戦場を完璧に把握しているからこそ、予想もしない敵の声に気を取られるのだ。
「………んで、クロナよ。ひとつ聞きてぇンだが」
「なに?」
「何で殺さなかった?」
「………」
剣を振り、血を払う私の足元で、ハマドゥラは咳き込んでいる。
両膝をついたままの彼の腹からは、毒で黒く染まった血が溢れている。なるべく早く治療をしなければ危険だし、少なくとも動けはしまい。
だが、生きている。
「腕が鈍ったか? ギャハハ!!」
「そんなわけないだろ、バグ。予定通りさ」
そう。
最初からずっと、この依頼は私向きじゃあない。本来なら私なんて、名前さえ出てくる必要のないお話なのだ。
これは、政治のお話だ。だから、私が殺すわけにはいかない。
「ドラゴンも、少しすれば片が付くよ。そして、あとの始末は………」
「――うん、この、パロメの仕事だな!!」
バグのような騒々しさと、バグのような場違いさを伴って、自称天才作家が登場した。
………あぁ、全く。
その通りなのが、辛いところだ。
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