第7話―4ドラゴンへの切り札

「………ちっ」


 忌々しい、と言いたげに、ロッソは強く舌打ちした。

 魔女の血筋である以上、ロッソはディアよりも遥かにそうした現象には理解が深い。増して今回は、既にロッソはを得ているのだから。


 【魔法薬】。


 魔術の中でも、それは魔女ロッソに近い分野である。

 自然に寄り添い、そこからもたらせられる素材を元に産み出される薬品は、魔女にとっては手慰み程度の代物だ。しかし、錬金術と同じく他の魔術には無い特性を持っている。


 それは、使


 どこかの魔女が気紛れに、ヒトの手に余る病への特効薬を生み出して、村人へ与えた。

 村人はいたく感謝すると共に、それを他の者へ見せた。ヒトからヒトへとその薬は廻り、やがて、魔術師の手に渡った。

 そうして、魔術師はその再現にいそしむというわけで、詰まり魔法薬は魔女が源流なのである。


 だから、解る。


 これでは勝てない、と。


「どういう状況だよ、こいつは」

「紹介しよう、弟のスードリだ」

「そりゃどうも、よろしく!」


 返事は咆哮と、1本が欠けた爪だ。


「元気なことですねぇ、全く!」

「ロッソさん、このままでは流石に」

「解ってるよ! テメエよりもな!」


 詰まるところ、こいつは飲んだのだ――魔法薬、その中でも変身薬、そして中でも奴を。

 。自らを竜へと変える古の力。


「いやほんと、最初にこれを創った奴はなに考えてたんだろうな。竜に成りたいなんて誰が思ったんだ?」

「自分より大きく強いモノに成りたいと思うのは当然では? 男の子は皆そうでしょう」

「耳が痛いな。スードリがそうだとは思わなかったが」

「あんたは憧れるタイプでしょうけどねぇ! 身の丈にそぐわない願いは、迷惑ですよ!」


 10倍に加速した身体能力で振るう剣も、一息で放つ赤雷も、ドラゴンの鱗を貫通できない。

 攻撃の通じない相手との戦い、その結果待つのはこちらの死だ。


「私の剣でも駄目です、これはいったい?」

「簡単だよ、竜鱗ドラゴンスケイルだ。………ドラゴンに成るって、一言で言うがね。?」

「え?」


 ドラゴンは、幻想種ファンタジスタだ。既に地上に無く、この世界には遥か昔に退去した。

 幻想郷になら、未だ生存しているのかもしれないが――少なくとも一般人は誰も見たことがない筈だ。


「見たこともなく聞いたこともなく、そんなものを再現する薬なんて、おかしくないか?」

「それは………」

「………

「そういうこと」


 要するに、イメージだ。


 多くのものが『斯くあるべし』と想像する、竜の特性を、あの薬は再現するのだ。

 曰く、力強く空を飛ぶ。

 曰く、その鱗は


「魔力を、遮断する? それじゃあ」

「あぁ」ロッソは、冷や汗を掻きながら頷いた。「。………って、おいおい」


 肩を竦めるロッソの前で、ドラゴンが大きく口を開ける。

 嵐のように、空気がその洞窟へ吸い込まれていく。


 ………吟遊詩人の歌に曰く。

 


 ぞろりと牙が立ち並ぶ巨大な口が、ロッソたちへと向けられる――。











 その口から吐き出されるのが何であれ、辺り一帯を飲み込むであろうことは予想がつく。

 そうなると、ロッソやディアはともかく、治療中のシズマ王子は避けられないだろう。


「吐かせては不味いですよ! ですが………」


 止めようはないと、ディアは呻いた。

 ディアたちの攻撃は、ドラゴンにとっては蚊の一刺しにすら感じられないだろう。それで、獲物を仕留める所作を止めるとは思えない。


 王子と宮廷魔術師を抱えて逃げるか、それとも瓦礫でも投げて盾にするか。

 何れにしろ、竜の吐息――吐息なら気休めにもなるまい。


 打つ手はない。

 せめて、自分たちだけでも逃げるべきか。そんな意図を込めて見詰めた先で、


 こんなときまで、その妙なキャラクターを貫くつもりなのか。それともまさか、この絶望が伝わっていない?

 眉を寄せたディアの視線に気が付いたのか、ロッソはいつものように軽薄に笑った。


「俺たちの剣は通じねぇ。………


 何を、と言うよりも。

 ドラゴンの口から破壊が吐き出されるよりもなお早く。


 


「これは………スーラの水?」

「お兄ちゃんたちっ!!」

「スーラ様、なぜここに!?」

「うるさいのっ!!」


 豪華なドレスの裾を翻し、スーラ王女が戦場に舞い降りていた。

 予期せぬ登場に思わず叫んだレン。哀れな宮廷魔術師を水のビンタで黙らせて、スーラはシズマと、竜となり果てたスードリとを睥睨した。


 その視線の鋭さにシズマも、意識がない筈のスードリさえも怯んだように見えた。


「お兄ちゃんたち………こんな馬鹿なことはいい加減止めなさいっ!」

「い、いや、スーラ。俺もそろそろ止めようと、スードリのところに行ったんだよ。そうしたらあいつ、いきなり………ん、うん。そうだね。アイツが悪いんだ」

「ギャオォォン?!」


 心なしか、ドラゴンが怯んだような気がする。『汚いぞ兄さん』、と叫んだような。

 あぁ、女性って怖いよな。ポツリとロッソが呟いたが、ディアは首を傾げるしかない。


 ――私もクロナ様も、おしとやかだと思うけど。


「とにかくっ!! これ以上は駄目、頭を冷やしなさいっ!!」

「王女、残念ですが、あの鱗は………」

「いや、そうでもないぜ、先輩?」


 ロッソが、無造作に指し示した先。

 水に殴られたドラゴンの頭部で、


「………【異能】。亜人に伝わる、独自の能力。………使………!」

「となると、はは、俺らのやることはたった1つですよねぇ、先輩? というか、王家の人間相手なら、元からそれっきゃないっすけどね」


 ロッソは笑っている。ディアも、応じるように笑った。

 そうして二人は同時に振り返り、この場で唯一、荒ぶる竜を退治するその資格のある少女へと、騎士のように膝を折った。

 彼女の力だけが、この馬鹿げた兄弟喧嘩を終わらせられるのだ。


「「エスコート致します、我らが王女様ジョーカー」」

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