第7話―3集う戦力。

「………くっ」


 瓦礫を押し退け、剣を支えに、不安定によろけながらもシズマは自らの足で立ち上がった。

 唸りながら見下ろす邪竜を気丈に睨みながら、素早く自身の状態を確認してため息を吐く。


 ドラゴンの被害を最も受けたのは、間近に居たシズマであった。

 何をされたという訳でもない。単に、


 爆発と、原理は同じ。


 一瞬で拡大した肉は、手狭な部屋を大きくリフォームした――周囲への影響には頓着せず、無遠慮にダンスフロアを造り上げたのだ。

 弾け飛んだ外壁は、果たしてどれだけの被害をもたらしたか。少なくとも、シズマに関して言えば、甚大の一言だ。


 左腕に感覚がない。千切れてはいないが、動かないなら無いのと同じだ。

 両足が熱い。太股に大きな切り傷がある、ここは出血が激しくなるので、意識を失うのも時間の問題だろう。

 内臓は、恐らく無事。とは言え打ち付けられたお陰で、肋骨くらいは折れているだろう。


「………ハンデとしては、重すぎるな」


 これでは、ろくに動けはしまい。

 万全の状態でならば、竜退治なんて血がたぎるなと思うところだが――生憎これでは、楽しむ前に死ぬだけだ。


「被害が、俺だけで済めば良いが………」


 スードリの意識は、果たしてどの程度残っているのか。

 ドラゴンは、シズマ王子を引き裂いて、それで終わりと思ってくれるだろうか。それとも、かつての災厄そのままに、この島を焦土に変えるまで止まらないのだろうか。

 ドラゴンが爪を振り上げる。その奥の瞳に、果たして何が映っているのか、シズマには解らない。











「させるものですかっ!!」


 叫び声と共に、赤い斬撃がドラゴンに迫る。

 逆しまに飛ぶ三日月は、振り下ろされる爪に真横からぶつかり、それを両断して見せた。


 不快げにドラゴンが唸り、その隙を、ディアは見逃さない。


 攻撃行動を中止し乱入者へと視線を向けたドラゴンの、その顔面へと、ディアは更に【薔薇染める赤光マーレン・ローズ】を放つ。

 広範囲に拡がる斬撃ペンキはドラゴンの両目に直撃し、そこで元の液体に戻った。


「グワォォォォッ!?」

「………これは………」

「王子! こちらへ」

「っ、お前は………レン、だったか? 妹の御付きの」


 視界を奪われ、のたうつドラゴン。

 ここぞとばかりにシズマに声を掛けたのは、人の良さそうな、悪く言えば苦労人の気配を纏う青年だ。

 戦闘区域から外れた、まだ無事な廊下の壁に隠れるように、レンは手招きをしている。


 駆け寄りたいところだが、シズマは満身創痍だ。

 それでもよろよろと、シズマはそちらへ歩き始め、


「遅いですよ、急いでください!」

「え、ちょ、うわっ!?」


 突然背後に現れたディアが、シズマを抱えて走った。

 殆ど1歩で戦場から離脱して、ディアは王子をレンに投げ渡す。無礼かもしれないが、まぁ、緊急時だし仕方あるまい。


「うぐっ、く、君は………?」

「私はディアと申します。スードリ王子に依頼された魔術師に依頼された暗殺者見習いです」

「………」

「ディア、さん………、あまりそういうの、大っぴらに言わない方が………」


 シズマは唖然とし、レンは頬をひきつらせながら苦言を呈した。

 名乗るのは勿論だが、暗殺者なら依頼人の正体を口にするべきではないだろう。拷問されても口を割らないのが、プロという奴な筈だ。自分の主が雇ったクロナという暗殺者は、間違いなくそのタイプだった。


 ………自分の主は、自分から名乗ってたけど。思い出して、レンは内心で肩を落とした。


 ディアは首を傾げている。見習いというのなら師匠がいるはずだが、彼女の師は何を教えているのだろうか。

 まあ、教えても理解しない者は確かにいるが。


「いずれにしろ、もうどうでも良い話でしょう。私の旗は折れた。あとは、如何に迅速に事態を収めるかだけです」

「………はは、確かにそうかもしれないな」

「シズマ王子………」

王家トップの不始末はご覧の通り、となれば、最早頭を刈るしか手はないだろうね。………レン、すまないが、治癒魔術を頼めるかな? 


 レンは、大きく肩を落とした。

 嗚呼、今、ギョーサダンは終わったのだ。

 シズマ王子がスードリの首をはね、そして――騒動の責を負い、自らの首も同じ目に遭う。最早顛末としては、そうする他ない。


「………ハマドゥラめの、計画通りですね」

「ハマドゥラか。そうか、やはりアイツが………」シズマ王子もまた、嘆息する。「出来すぎる部下を持つと、苦労するな………くっ」

「王子っ!?」


 苦痛の呻きを上げたシズマ王子に駆け寄り、レンは両手を翳した。

 【返る覆水リターンライフ】。手から水の魔力が流れ出て、シズマ王子の全身を包み込む。


「早く回復してくださいね王子さん」


 上位の回復魔術を物珍しそうに見ながら、ディアは僅かに苦笑しながら言う。


「………一人では少々、手に余るので」


 その背後で、ドラゴンが大きな咆哮を上げた。











 やはり、とディアは冷静に受け入れた。

 【薔薇染めの赤光マーレン・ローズ】では、噂に名高い竜の鱗を突破出来ないようだ。完全に直撃した筈の両目が無事なのが、その証拠だ。

 爪を斬り飛ばした時にはもしやいけるかもと思ったが………手応えに、何かが足りないとディアは感じていた。


 ――私の剣には、


 竜の鱗を斬り裂くのに、ディアでは何かが絶望的に足りていないのだ。

 それがなんなのか、まるで解らない。

 解らないが、無理だという確信だけが胸を焦がしていく。


 いずれペンキは尽きる。そうなると、非常に不味い。

 では、どうするか。


「………私だけでは、難しいですね………」

「はっ。なら、?!」


 声と同時。

 頭上から、赤雷が降り注いだ。


「っ、ロッソさん?」

「お久しぶり、でもねぇなぁ先輩? くく、相変わらず面倒な事態がお似合いですねぇ」

「クロナ様の指示ですか?」

「いや? でもまぁ、ご主人なら俺の動きくらい把握するでしょ」


 ヘラヘラと笑いながらロッソが剣を指揮棒のように振るい、それに応じて雷撃がドラゴンへと襲い掛かる。

 呪文は無し。魔女の血を引くロッソにとって、そんなものはおまけでしかない。


「寧ろ、こいつ先にぶっとばしときゃあ、ご主人の覚えも良いでしょうし? 臨時収入ボーナスだって期待できますからねぇ」

「………」


 後輩の軽口に、ディアは答えず眉を寄せる。

 ディアの知る限り最強の援軍だ――しかしそれでも、この胸を焦がす不安は消えない。


 これでも、足りない。

 ディアは、身構える。この不足の正体を見抜かなければ、間違いなく負けると確信しながら――。

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