第7話―2
当然と言うかなんと言うか、その姿は国中に晒された。
何しろ街は首都1つきりしかないような、小さな国だ。王宮からドラゴンが顔を出したら、目につかない方がおかしい。
それに、ここ数日の騒ぎや、漏れ聞こえてくる噂――王子たちの兄弟喧嘩――に辟易していた住人たちは、外の景色にかなり警戒していたのだ。
何が起こるか解らないと、誰もが思っていた。
何が起きても不思議ではないと、誰もが知っていた。
だから彼らは、奇妙な納得と共にドラゴンの出現を受け入れた。
あぁ――これで、この国は終わるのだと。
黒幕を除いて、誰よりも詳しく事態を把握していたのは他でもないこの人だろうと、ディアは苛々と見詰めた。
白の魔術師、幻影の繰り手、ベルフェである。
「………スードリ王子が、変身薬を飲んだのでしょうね」
予想通りスラスラと、ベルフェは答えを口にする。
王宮からはかなり離れた、市街地の外れ。
騎士たちから撤退した後、様子を見ようとしていたところこの騒ぎだ。
遠目にしか現れたモノは見えないが、ベルフェにはそれで充分らしい。
「まぁ、専門家ではありますからね。とはいえああした魔法薬というのは、専門外なんですが」
「そうなんですか?」
何でも器用にこなすイメージがあったのだけれど。
そう言うと、ベルフェは苦笑しながら首を振る。
「魔法薬というのは、かなり才能とかセンスとかいう、目に見えない素養に左右されるのですよ。魔術のように呪文や魔方陣が残されているわけではないですし、寧ろ、
「え、では、どうやって?」
「だから、センスとかですよ。伝わっているのは主に魔法薬の効果です。あと、素材が幾つかですね。その結果から分量や作業行程を逆算して、作り上げるのですよ」
ディアは、最も身近な薬師、サロメの事を思い出して納得した。
彼女の造り出した魔法薬は、神話の怪物を思い起こさせるような代物だった。それまで見たことも聞いたこともない、何ともおかしな薬。
クロナ様が語ってくれたサロメの人格は、まさに天才的なエキセントリックさだった。彼女を基本とするのなら、薬師というのは平凡陳腐な人物では、少なくともないだろう。
しかし、だとすると。
「あれは、王族ということになるのですか?」
王女と、それから馬鹿笑いするロッソに邪魔された事は記憶に新しい。
王族に手を出すのは政治的に不味いということで、ディアは渋々撤退してきたのだ――あのロッソの前で、逃げ出してきたのだ。
あの空飛ぶ蜥蜴が王族に数えられるとするのなら。
またしても、手厚く歓迎しなければならないのだろうか。
「いえいえ。恐らくは、大丈夫でしょう」
「ですが、中身はスードリ王子でしょう? 貴方の依頼主ですから、援護するのが筋なのでは?」
「それは難しいですね。話が通じる状態とは思えませんし、それに、それどころではないでしょう」
「というと?」
「これだけの騒ぎを起こしてしまっては、最早、王族に未来は無いでしょうからね」
「まぁ、そうなりますよねぇ」
遠く、王宮にドラゴンが生まれたのを見て、ロッソは大きくため息を吐いた。
あれが誰にせよ、今回の件に無関係とは思えない。ということは詰まり、どこかの誰かがやり過ぎたというわけだ。
「王族は………もう厳しいかなぁこりゃ」
「………っ」
スーラ王女が、ギュッと唇を噛み締めた。
なかなか気丈なことだと、ロッソは思う。スーラ王女にとっては、いきなり地面が消え失せたようなものだろうに。
永遠に続くと思っていた家族の絆が、瞬く間に終わりつつあるのだ。
民からの信頼が、国を動かす責任が、砂のように掌からこぼれ落ちていった感覚は、果たしてどのようなものか。
外聞もなく泣き叫び、八つ当たりされるくらいは覚悟していたが。
沈みかけとはいえ、さすがは王族の一員というところか。スーラ王女は涙の一筋も流すことなく、ドラゴンを睨み付けている。
滅びの波に、あくまでも抗うつもりらしい。
「………はぁ、やれやれ」
ロッソは肩を竦めて、わざとらしくため息を吐いた。
最早これは、どうしようもないと思うが――
正直に言って、単なる無謀だが。
だからといって大人しく逃げ出す程、自分は小利口に出来ていない。
「行くか、お嬢ちゃん。あんたも一応王族ですし? 決着を、遠くで見てんのは嫌でしょうよ」
「………えぇ、勿論よ。身内の不手際だもの、妾がこの手で決着をつけてやるわっ!!」
「その意気だ、と言いたいとこっすけど。諦めはちょいと早いかもね」
ニヤリ、とロッソは口角を吊り上げた。
誰もが諦めているようだが――諦めの悪い主人には、心当たりがある。
「さあて、ご主人様のために、精々働くとしましょうかねぇ」
「うん、やはりこーなったねぇ、クロナ。大方、君の予想通りかな?」
「印象の悪い言い方だね」
「ははは、善人のつもりだったのかい? それは少々虫が良すぎるだろうさ」
違いない、と私は笑う。
私は死、私は災厄。意思ある刃。
「準備は?」
「ボチボチ。あと少しかなぁ、パロメの拘り的にはね」
大筋は出来上がったということか。
まぁ、拘りは構わない。パロメの仕事の出来映え如何で、結末は大きく変わるのだから。
「それで、クロナ。準備は?」
「ボチボチさ」
拘るつもりはないが。
万全なんて幻想の余地がある仕事ではない。
「バグ、起きてる?」
「ギャハハ! 当たり前だろ、相棒! 俺はエンドロールまで席を立たない主義だからな!!」
「………クロナ、エンドロールって何?」
「こいつの戯れ言は気にしないで。パロメ、出来たら来て」
「はいよ、なるべく駆け足で行くさ。クロナは?」
「もう少し早く行くよ」
言って、私は窓枠に足を掛けた。
両足に力を込める。
終幕は近い。恐らく、魔術師は来ないだろうが、ディアとロッソは来るだろう。幕引きには充分だ。
私は壁を蹴り、屋根を走り。
夜の街へと跳び出していった。
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