第6話―4絢爛なる妨害
その人影は、戦闘をしているなかでは、誰に気付かれる事もなく戦場の中央へと近付いていった。
彼女の実力ではない。眼下で行われている戦闘は、夜空を見上げるような洒落た真似を許すほど寛容ではなかったのだ。
気付いたのは、横やりが入ることを予見し、それを避けようとしていた魔術師のみ。
歴戦の戦士たちは誰もが敵と――そう見せかけられた味方同士で争うことに必死で、その来訪に気付かぬまま。
「………………………」
屋根の上を渡り終えて、戦場のど真ん中に立つと、彼女は大きく息を吸った。
そして、大声で叫ぶ。命令する――いつものように。
「止めろっ!! 馬鹿者どもっ!! これ以上妾の――スーラの前で無様を晒すでないっ!!」
言葉と同時に、戦場に、水の拳が降り注いだ。
「馬鹿な………」
頬を伝う冷や汗の存在を、私はもちろん自覚していた。
脳内で、『あり得ない』という文字が踊っている。こんなことは、こんな手は、打ってくるなんて想像さえしていなかった。
「彼女は、貴女の雇い主、勝たせるべき打ち手。護らねばならない存在の筈ですよ、クロナさん」
それを、戦場のど真ん中に?
こんな大混戦、そのただ中に行かせるだと?
彼女は、ギョーサダンの王族だ。お披露目前とはいえ、その血筋は疑いようもない。
依頼を遂行するどころの話ではない。うっかり傷でも付けようものなら、国中で追われる羽目になる。
ハッと、私はその答えに辿り着いた。あまりにも異端過ぎる、邪道の極みのような悪質な策。
「………正気ですか、貴女は?」
「勿論本気だとも。そして、こんばんは、魔術師?」
宿の窓。
バグから取り出した小型の
声は聞こえるし、見慣れたスーツ姿の魔術師の口を見れば、言ってる内容を読み解くのは容易だ。
どうやら、彼は気付いたらしい。思い至ったらしい、私が王女様を戦地に行かせた理由について。
「ってことは、あいつらは直ぐ撤退するだろうな?」
「そうなるね。あとは、一緒に行ってもらったロッソに任せるよ。しかし………」
潮風と共に漂ってきた、魔術師の魔力の匂い。
甘い砂糖菓子のような、純白の魔力だった。
「………まぁ、いいか。それよりも、私たちはやることがある。そうだよね、パロメ?」
「んー、パロメに何をさせるんだい?」
「仕事だよ」
ベッドで寝そべっていたパロメを振り返り、私はニヤリと笑った。
「………スーラ、王女?」
尻餅を着きながら、クドルは呆然と呟いた。
真上から降り注いだ水は、その重さだけで大の大人を転ばせる威力があった。加えて、頭から文字通り冷水を浴びせられた騎士たちは、すっかり正気に戻った様子である。
とはいえ彼らもまた、座り込んだまま大きく目を見開いて、王族の派手な登場を見上げるばかりだ。
「………どういうことでしょう、これは………」
相対していた少女、ディアは、平然と立っていた。俊敏に立ち上がったのか、もし堪えたのだとしたら恐ろしい筋力である。
その瞳には、疑念の色が強い。
それもその筈、今回の騒動は、元を辿れば単純な王位継承問題である。
ディアたちは雇い主を勝たせるために戦っていて、それは三陣営の誰でも変わらない。トップに勝ってもらい、報酬を得るのが目的なのだ。
そのトップを、こんな場面に放り出す意味がわからない。
例えば………、
「何にせよ、彼女に消えてもらえば、クロナ様と戦わずに済みますね」
そう。
スーラ王女が死ねば終わりだ。なら、殺しに行くのが定石というものだ。
ディアが矢のように飛び上がり、王女へと躍り掛かる。あの赤い剣が振るわれて、それで終わりだ。
………終わり?
クドルの脳裏に、何かが閃いた。だが、それを言葉にするよりも早くディアが王女に接近し、
「とーぜん、ヤらせるわけねぇんですけどねっ!!」
「っ!?」
ヌルリと現れた少年が、その突撃を叩き落とす。再び地面に降りたディアは、悔しそうに建物を見上げた。
ディアと、クドル。そして残る騎士たちが見上げる前で、少年は屋根の縁に仁王立ちすると、大きな声で笑った。
そして、大仰な仕草で叫ぶ。
「控えおろう、こちらにおわすをどなたと心得る! スーラ王女様であるぞ!! ………詰まり、オタクらの守護対象だよなぁ! ギョーサダン騎士団様よぉ?!」
「っ!!!!」
そうだ。
そうなのだ。
ここはギョーサダンで、自分達は王家に仕える騎士で。
「王女が『止めろ』っつってんのに剣を向けるってことは………あれあれあれぇ? もしかしてオタクら、反乱者ってことになるんじゃねぇのぉ?」
王女は、間違いなく。王家に属する存在なのだ。
継承権の争いは、あくまでも裏の事情だ。
表向きには別に戦争をしているわけでもなし、彼女たちは3人とも公正に吟味されるべき候補者に過ぎない。
それぞれが手駒を囲っていることも、それで相手の命を狙っていることも、公然の秘密ではあるが確証があるわけではない。
詰まり――スードリ王子もスーラ王女も、表向きには未だ王家の人間なのである。
絶対に傷付けてはならない、不可侵の存在。
もし刃向かえば、それは国そのものへの反逆となるのだ。
気付かなかった、とも言えない。何故なら王女は既に名乗っているのだから。
王女は名を明かして、王女として騎士団に命令している。その命令権は、ハマドゥラ様より遥かに重い。
いつの間にか、ディアの姿もない。魔術師の相方から、命令が出たのだろう。この場面で王女と敵対できる人間はいない。
クドルは1度だけ目を閉じた。今夜、ここまでに生じた被害と、その結果を思い悔しさに唇を噛みながら、命令を絞り出した。
「………撤退だ」
完全な敗北だ。得たものは無く、失ったものは計り知れない。
――王子、申し訳ありません。
夜風の冷たさが、濡れた身体に鋭く突き刺さった。
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