第6話―3夜の戦い

「っ?! 報告っ!!」


 不意討ちに対して、クドルはしかし十全に対応した。

 必要以上に声を張り上げ、味方の動揺を打ち消す。同時、敵には健在をアピールし、士気の上昇を少しでも妨げる。


「っ、被害は、!!」


 ホッとする者は、この場には居ない。

 答えた若い声は衝撃に震えていたし、クドルたち隊長は皆気付いている――あれだけの攻撃を、被害1で済ませる事が出来るのは、ギョーサダンには一人しか居ない。


「ギガン様が………」


 頑丈さなら四騎士一、斧使いのギガン。

 斬撃を防ぐように構えられた斧が半ばほどから断ち切られ、地面に落ちた。


「………息はある、気を失っているのか………」


 素早くボントがその呼吸を確認して、舌打ちする。


「くそっ、全隊散、」

「シッ!」


 散開しろ、とクドルが叫ぶより早く、彼の隣で弓が鳴る。

 目標の宿の屋上へ、風を切り裂きながら矢が翔び、それから逃れるように人影が地面に降り立った。


「………落ち着きなさい、クドル。敵はあくまで二人。散開して各個撃破されるより、数を頼りに押し潰すべきですよ」

「そうだな、我が槍も、突撃を待ちわびてるぜ!」

「………よし、全隊! 隊列を崩すなっ!! このまま押し潰す、我々に続けぇっ!!」


 背後の怒号を追い風に、クドルとボントは人影目掛けて突き進む。

 迎え撃とうと構える姿を見て、後方からアロウが叫ぶ。


「太陽隊! !!」


 


 魔法道具マジックアイテム、【太陽虫の甲殻スカラベ・アミュレット】。

 夜間戦闘には欠かせない、戦場を照らす為の魔法道具マジックアイテムを掲げた部隊が、一斉にその光を敵へと浴びせたのだ。

 一基で中隊を照らせるほどの光源。それを、実に八基。


「っ!?」


 当然敵は目をくらまされる。ばかりか、目の前に文字通り太陽が現れたような光の炸裂に、その身体機能さえ麻痺する。

 10秒ちょっとの隙。

 総勢150と3人の騎士にとっては、充分すぎるほどの必殺の隙だ。


「これで、終わりだっ!!」


 叫びながら、クドルの刃が人影へと吸い込まれていく。











「意外に冷静、しかし当然。?」


 呟く声は、光に照らされた戦場になおわだかまる、深い闇に響く。

 否――それは、最早闇ではない。

 スーツ姿の魔術師の魔力に当てられて、空気も、世界も、闇さえも染められていく。


 白く、白く、白く。


「【世界はまるで雲霞ミルキィイリュージョン霧が踊る夜会場スウィーティーファンタジーあなたが踊るのどこの誰シャルウィダンス?】」


 笑みの形に歪んだ唇が、愉快そうに神秘を紡ぐ。


「視覚を攻めるのなら、私に一日之長がありますので、ね」











「ガハッ!?」


 悲鳴は、何故だか聞き慣れたものだった。

 初めは呆然と、やがてがく然と、クドルは目の前の光景を見詰めていた。


 確かな手応えと共に振り下ろした、自慢の大剣。

 その切っ先は――


「………な」


 力無く、ボントは地面に倒れ伏す。

 反射的に剣を引き抜いたせいで、その身体はあっという間に血沼に沈んだ。


「な、なん、だ………?」


 俺は、確かに………。

 振り下ろすその直前、目の前に居たのは確かに敵だった。その、子どものように小柄な身体へと、全力で剣を振るった筈だ。

 それなのに、今目の前に倒れているのはクドルの同胞、四騎士一冷静な男、槍使いのボントであった。


「馬鹿な………っ?!」

「うわああああっ!?」


 背後からの殺気に、クドルの本能が反応した。剣を回し、攻撃を防ぐ。

 そうして振り返り――クドルはを見た。


 自分に怯えと恐怖と、それ以上の怒りを向けて剣を握る、姿


「ま、待て、これは、俺は………!」

「あああああっ!!」


 仲間を斬り捨てたと思われた、クドルの言い訳を遮るように、騎士は更に剣を振るう。

 その態度は、上官の凶行を咎めるものではない。

 疑問に目を見張るクドルの視界に、更なる異常が映し出される。


 


 まるで――


「………まさかっ、幻術!?」

「正解です。………あの人、やっぱりえげつないですクロナ様」

「っ!!」


 声の方に視線を向けると、そこには、少女騎士が一人。

 金髪を三つ編みに纏め、薔薇のように真っ赤なマントを纏い、薔薇のように真っ赤な王冠を頭に被っている。

 マントにはカードのスーツ、ダイヤと薔薇があしらわれた、見覚えの無い紋章が刻まれている。

 そして、その手には、万年筆を無理矢理作り替えたような、不自然な形のガラスの剣が握られている。


 並々と赤い液体が満ちた剣をぶらりと携えて、敵がそこに居た。


 その姿が霞み、次の瞬間には目の前に。


「はあっ!!」

「ぬうっ!?」


 振るわれた刃を受け止めると、互いに眉を寄せた。

 鍔迫り合いのままに、二人はどちらからともなく名乗りを上げた。


「………俺の名はクドル。ギョーサダン騎士団長が一人、剣のクドル」

「私は、ディア。【輝石ダイヤ女王クイーン】、ディア」


 そうか、とクドルは笑い、そうですとディアも微笑んだ。

 互いの心に同じ感想が浮かんだことを、二人は察し合ったのである。


(こいつ――強い!!)


 大混戦と為りつつある戦場で、彼らは互いに満足そうに笑みを向け合い、


「「はあっ!!」」


 その暴力を、解き放った。











「………ディアさんは、隊長とやりあっているようですね」


 物陰に隠れ、遠目に戦況を見守りながら、私は苦笑する。

 魔術を維持しながら、戦闘行為は難しい。故にこうして、自滅を待つことにしたのだが――彼女には、積極的に崩しに回って欲しかった。


 とはいえ、状況は悪くない。

 あの隊長は幻術から覚めたようだった。四騎士、と呼ばれる面子なら、私の幻術を突破し得るというわけだ。


 そして、残る四騎士は、二人。


 内一人は弓だから、混戦ならまるで恐ろしくない相手である。

 とすると困難な相手は剣の男一人であり、それをディアさんが押さえるというのなら、理には敵っているわけだ。


「………ここで、シズマ王子の駒は潰せるでしょう。残る問題は、クロナさんですね」


 やれやれ、と私は肩を竦める。

 この事態を黙ってみているつもりは、あの暗殺者には無いだろう。もしもこちらに来るようなら――


「さて、どんな手を打ってきますかね………ん?」


 私の視界に、ふと、その姿が映った。

 屋根の上、魔術の光に焼かれる地上でなく、自然の闇に紛れるように、人影が戦場へと近付いていく。


「………やはり」


 来たか。

 思わず笑みをこぼしながら、私はそのまま戦闘から逃亡しようとし、


「………………………え?」


 月明かりに照らし出された人影の正体に、呆然と立ち尽くした。

 その、人影は――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る