第6話―2
日も暮れ始めた頃私たちは漸く宿をとることが出来た。
案内された部屋に入り荷物を置くと、私たちは早速作戦会議を始めることにした――因みにベッドは2つしかなく、ヒトが寝られるソファーも1つであり、ロッソ君が泣く泣く床に毛布を敷いた。
現在の状況の反芻に、今後の展望。話し合うことはいくらでもあるが、しかし先ずは、やはり彼女の意見を聞く必要があるだろう。
敵を知ることこそ、勝利への第一歩。
二人の王子に対するスーラ王女の意見を、私は聞くことにした。
「と言っても、シズマ兄さまは今まで海向こうに留学していたから………本当に、小さい頃の話しかないけど」
「構わない」
ヒトの性格なんて、そう簡単には変わらないものだ。
例え表に出ている言動が、かつてとはかけ離れたものであったとしても、その根底は変化しない。
どれだけ枝分かれしても、川は川だ。………汚染され、変質していなければ。
「優しいヒト、だったわ。8才で留学するまで、いつもあやしてくれた」
「ん、スーラ王女。君は確か、12才だったな? 王子は今、18だろう? 2才の時の記憶でもあると言うのかね?」
いち早く、王族よりも早くベッドに寝そべったパロメの問い掛けに、スーラ王女は息を呑んだ。
警戒するように、わざわざベッドから離れたソファーに腰かけた辺り、すっかり苦手意識が染み込んだようだ。
この短い間で、よくもまあここまで嫌われたものである。
間にテーブルと、私とロッソを置いているためか、スーラ王女は怯えた猫のような表情のまま話を続ける。
「無いわ、けど、教えてもらったの」
「ふむ、先程のレン君からかな? ………年齢としては、王子よりも上だろうしね。23、4才というところだろう?」
「そうだけど、違うわ。水に聞いたの」
「水に? どういうことだい?」
パロメはベッドの上で腕を立て、上半身を持ち上げた。好奇心と怠け心とのせめぎ合いの末、互いに譲り合った結果だろう。
………餌をねだるアシカみたいだな、とは流石に言えないか。
まぁ、その不思議な言い分には私も興味がある。
水に聞くとは、どういう意味なのだろうか。
「ふふん、妾は何せ、誰よりも海に愛された姫なのよっ! 水の声を聞くくらい簡単なの」
「………
こっそりと、ロッソが私に耳打ちする。
魔術師ではなく魔女の孫であるところの彼からすれば、水には
魔術師にとっては、まぁ習う宗派による。
いずれにしろ、精霊という存在は確かなものではない。
その声を聞き姿を見、果ては助力を乞うことさえ出来る者も居れば、彼らを狂人と嘲笑う常識人も居る。
「ま、そうかもしれないですね。精霊たちの姿は、視る者の精神性に左右されるそうっすから。王女様にとっちゃあ、水は水なんでしょう」
「寧ろ、その方が稀有な才能だね」
精霊がヒトの姿に見える者が多いのは、彼らが喋り、動くという違和感を少しでも緩和しようとして脳がそう見せるのだという。
そうでなく、あるがままの姿でお喋りできるということは、神秘を神秘として受け入れる度量があるという証明だ。
「ねぇねぇスーラ王女、とするとそこのパロメの紅茶は何と言ってるのかな?」
「妾が妾のために注いだこのカップの事を言っているのならだけど………『今夜は茶葉とレッツダンシンッ』だって」
「本当に? え、それ本当に?」
「『ストレートで味わって欲しい………甘いだけの人生なんて、下らないぜ?』」
「なんでそんなハードボイルドなんだ………」
本当なのだろうか。まさか適当に言ってる訳じゃ無いだろうな?
若干疑惑を持ち始めた私の前で、スーラ王女は持ち上げた紅茶に更に耳を傾け、そして目を大きく見開いた。
「えっ………?! 騎士団が?」
夜の闇。
寝静まる街を眺めながら、クドルはため息を吐いた。
寝静まっている訳ではないと、解っているからだ。
漁師の街は、確かに朝は早い。だが、夜早く寝るほど健康的な奴等かと言うとまた別だ。
彼らは大漁の日は海に感謝して大いに飲んでは騒ぎ、そうでない日は、嘆きながら結局大いに飲む。
倒れるまで飲んで、眠るのだ。
こんな、夜も浅い内に寝静まるような街では無いのだ、ここは。
本来は。
少し注意して辺りを見れば気付くだろう、街が本当に眠っているのではなく、そう見せ掛けているだけだと。
息を殺し、明かりを消して、耳をそばだて意識を研ぎ澄ましている。
三度の飯より酒が好きという連中が一口も飲まず、目を見開いて見張っている。
解っているのだ。
彼らは気付いている――不味いことに。
この街が最早、正常では無いという事を、この街全てが知っているのである。
「………俺たちの仕事は、何だったかな………」
街の安全を、国民の生活を、護ることではなかったか。
「どうした、剣のクドルともあろう男が怖じ気づいたか?」
同僚――騎士団という意味でなく、ギョーサダン四騎士という意味でクドルと肩を並べる男の言葉に振り返る。
そして、見る。
槍使い、中年の男。名はボント。
弓使いのアロウ。斧使いのギガン。
その3人の背に立ち並ぶ、騎士全員。
「これから、戦争でも始まりそうなメンバーだな」
正に、過剰な戦力だ。
閉ざされたカーテンの向こうから、住民たちの鋭い視線を感じる。
これだけの騎士たちが自分達の家のすぐ前を通っている、この地区の人間たちの気分を想像して、クドルは暗澹たる気持ちに囚われた。
昨夜の醜態、それを街中に広められてしまった時点で、自分達の情勢は格段に悪くなった。
この心証を取り戻すのは、難しいだろう。
そんな感傷は、しかし残る三人には無縁らしい。彼らは、笑いながら肩を叩き合っている。
「ガハハ、望むところだな。何せ、相手はたったの2人。俺たち総出なら、数秒と保たんだろう?」
「まぁ、そうでしょうね。何なら、姿を見せるより早く、私の矢で終わりにしましょうか?」
「おいおい、油断するなよお前ら」
クドルは呆れたように呟いて、ハマドゥラの言葉を思い出す。
その命令が正しいのなら、自分達が向かう先に居るのは、スードリ王子が呼び寄せたと目されている魔術協会の魔術師だ。
あの王子は才こそシズマ様に劣るが、慎重さと冷酷さは彼の方が上手である。
そのスードリ王子が任せるのなら、相応の実力者に違いないだろう。
間違いなく、戦闘になってしまう。護るべき者たちの、目の前で。
クドルは大きく肩を落とした。
かつては海だけがあれば良かった。波さえ読めれば、充分だった。
――王子、貴方は、何を護ろうとしているのですか?
「なるべく静かに、終わらせよう。街の住民たちを、怯えさせないために」
「あぁ、そうしよう」
「へへ、腕が鳴るぜ」
「構えます。部隊も前に出なさい」
せめて、夜の内に。密やかに、終わらせる。
そのためなら、全力で。
1つの決意と、3つの悦楽を伴って、騎士団が進行を始め。
その一角に、赤い斬撃が炸裂した。
「不味いぞ、それは不味い。ベルフェはともかく、ディアを相手に騎士はダメだ」
「あいつは、敵が強大で、正々堂々来るタイプだと最悪ですからね。喜んで、無駄に全力出しちまう」
「なるべく穏やかに終わらせたい騎士団にとっては、最悪の展開だねぇ」
水からの報告で、あのハマドゥラが騎士団に、ベルフェたちの討伐を命じたと聞いた私たちは、その愚行に頭を抱えていた。
勝てるわけがないし、厳密に言えば、ベルフェの方も不味い。あいつは――どこか戦闘狂だ。
戦いになって自制が利くのか、甚だ疑問である。
パロメは手帳に何事かを書き込みながら、ため息を吐いた。マイペースだな、本当。
「どうしよう、どうしようクロナ!! このままじゃあ、また………」
「落ち着け、スーラ王女」
とはいえ、のんびりしていられないのもまた事実だ。
まぁ、やるしかないか。
「騎士は、戦闘のプロだ。そこは変わらない。だけどそれなら」
私はロッソと、そしてスーラ王女を見ながら、ニヤリと微笑んだ。
「
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