第5話―6現れる不穏

 中央通りに辿り着き、その通りの真ん中に立ってみて、私はほうっと息を吐いた。


 実際のところ、王女様の御厚意とやらはまるで嬉しくなかった。

 私としては街の観光をしたい訳ではない。したかったのは、下見だ。


 戦う者は大なり小なり恐らくそうだろうが、中でも暗殺者は、地の利を大事にする。

 ただでさえ、暗殺は難易度が高い。暗殺を依頼されるような相手なら警戒しているし、警戒し守りを固めている相手の懐に入り込み、こっそり殺すのは実に困難だ。


 そして私を含めて、多くの暗殺者は超人ではない。

 武芸に一日之長を持つくらいはあるだろうが、数十を越える護衛を相手に突破する程では無いし、そもそもそれは討入りであって暗殺ではない。


 実力で劣り、数で劣り。

 ならば――あらゆるものを味方に付けなければ、勝てる筈が無い。


 戦いの可能性のある場所は、ベッドの下の雑誌の中身に至るまで知っておかねばならない。眼で、耳で、鼻で、あらゆる情報は私の力になる。


 だからこそ街並みを見て回るのなら、人目につかない裏路地や、出来るなら騎士団の詰所なんかも見ておきたかったのである。

 屋台なんかどうでも良い。まして名物なんか、興味の埒外だ。


 そう、思っていたのだが――


 昼の陽射しのもと見た中央通りは、斜に構える私でさえ感嘆する程優美な眺めだった。


 通りの中央には金網が張られている。

 足元から吹く風。その上に立って見下ろした、そこには、


「水路………?」

「そうなのよっ!」


 小舟くらいなら通れそうな幅である。

 流れがあるところを見ると、案外本当に水路として運搬に使用されているのかもしれない。


「王宮の方に、向かってるみたいっすね」

「生活用水? それとも廃水なのかな?」

「んっふっふ、そのどっちでもないのよ」


 興味深そうに覗き込むロッソとパロメ。

 彼らの疑問に、スーラ王女は胸を張って答える。

 とはいえ、詳しい仕組みの解説をする気はないらしい。レンがため息を吐きながら、その後を引き取った。


「これは、海水を集めているのです。王宮には海水をろ過し、真水に変える仕組みがありまして、その後市中に水を送り返しているのです」


 なるほど、と私は頷いた。

 こうして金網があるとは言え、外気に露出している以上は生活用水では有り得ないとは思っていた。毒を入れられたりしたら、あっという間に国中全滅するし。


 真水を運搬する水路はどこか別にあるというわけだ。頷く私に、ロッソがやや引いたような視線を向けていた。


 ………いや、入れないよ? 入れないけれど。ほら、考え方の一つとしてね?


「………クロナ殿には、水路の場所はお教えできませんね」

「こーゆーところが、クロナの怖いところだとパロメはいつも思ってるよ」

「だから入れないって言ってるじゃないか」


 ヒトを何だと思ってるんだ。

 ………暗殺者か。そうだった。











「周囲に生えてるのは、なんすかね? 見たこと無い」

「ん? あぁ、これは血樹よ。何とね、塩水でしか育たないっていう反骨精神溢れる木なの!」

「なにそれすげー」


 整然と並んだ立ち木を見ながら、ロッソは目を丸くした。

 彼の祖母は、【森の貴婦人魔女】と呼ばれていた。樹木に対しては何か、思うところでもあるのかもしれない。


 純粋な好奇心に気を良くしたのか、スーラ王女は踊るような足取りでロッソの傍らに歩み寄った。


「ほら、上の方、赤い実が生ってるでしょ? あれ、何としょっぱいの!」

「吸い取った水から塩分を凝縮するのです。そして、その分葉の付け根を折ると………」

「うわっ、赤い水?」

「えぇ、これは真水なのです」


 勇敢にもその水を舐めとり、ロッソは眉を寄せた。

 私も一掬い舐めてみる――これは。


「………味は全然水なんだけど………」

「見た目が赤いから、何か得たいの知れない感覚があるっすねぇ………」

「この島、水場が全っぜん無いのよ。だから昔は、この木が生えてるとこしかヒトは住めなかったって。

 実には、塩分もあるでしょ? 生存には欠かせないのよね」

「先王が都を造るときにも、かつての苦境を忘れないようにと、こうして植えたのです」

「へぇ………」


 話を聞けば聞くほど、よくこの島発展したなと思う。

 水場の無い孤島とか、海賊でさえ寄り付かないぞ多分。


 しかし。

 私とロッソは、恐らく同じ思いを抱いた筈だ。

 こうして都の大通りを巡ってみて、観光のためにかなり気を使っていることを理解して、その上で、ある疑問が生じてきたのである。


 


「ん、あ、あそこにレストランがあるよクロナ! そろそろお昼にしないかい?」

「マイペースだな………けど」


 悪くないかもしれない。

 どうも、嫌な予感がする。それを確認するついでになら、少しくらい寄り道しても良いだろう。


「決っまりー。良し行こう、ほら行こう。パロメはそろそろ肉食べたいな肉」

「はぁ、では、海牛などいかかですか」

「よく知らないけどそれ肉? 海って付いてるけど………いや、牛とも付いてるし………パロメはどちらを信じれば良いのか………?」

「俺は魚で良いっす。海の珍味とかマジ奥深すぎて笑えないっすからね」


 和やかに進む私たち。

 結局、レストランに行くまで、私たちは誰ともすれ違わなかった。











 レストランの中も、無人だった。

 客はおろか、出迎える従業員の姿もない。


「あれ………お休みかな? それとも準備中?」

「そんな筈は………もう一時、昼食としては遅いくらいですよ?」

「………」


 ロッソと私は目配せし合う。うん、これは、かなり不味い事態のようだ。


「………ん、あんたらは?」

「うわお衝撃。何だ、居るじゃないか店員さん」


 奥の厨房からのっそりと、恰幅の良い中年猫人キャッティアが顔を出した。

 一応エプロンは着けているが、営業努力は感じられない。寧ろ、私たちの来店を心底驚いているようである。


「まさか、客とはね。適当に座ってくれ、今日は何処でもガラガラだから。

 ………あんたら、観光客かい?」

「そうだよ、いわゆる金を落とす異邦人さ。トラブルは落とさないよう努力するから、是非とももてなしてくれ!」

「はぁ、そりゃあ、面倒な時期に来たねぇ、運がない」

「………料理長シェフ、運がないとはどういうことだろうか?」

って意味だよ、そのままさ別嬪さん。たぶん今日から暫くは街の魅力は半減、店は開店休業だろうからね」


 席に就いた各自の前に水を配りながら、男性は力無く笑った。


「厄介な話だよ、あんたらも、出来れば宿で大人しくしてた方が良い。

 この街は、











「………馬鹿な」


 水晶玉に街の様子を映し出していたベルフェさんが、珍しい声を出した。

 ぼんやりと虚空を眺めていた私は、少し驚いてそちらへ視線を向ける。あんな風に、感情を表に出すような声はあまり聞かないのだが。


「何かあったのですか、シズマ王子側が何か仕掛けてきたとか?」


 クロナ様では無いだろう。もしクロナ様がベルフェさん魔術師相手に何かするのなら、もっと致命的な何かである筈だ。

 とすると残るは王子だ。

 昨晩兵を多少痛め付けてあげたから、その報復策を何か仕掛けてきたのかと、私は思ったのだ。


 しかし、ベルフェさんは首を振った。


「そうではありません、ディアさん。彼らは、


 水晶を仕舞うと、ベルフェさんは立ち上がった。

 その横顔には声以上に珍しいもの――冷や汗が浮かんでいる。


「行きましょう、ディアさん。場合によっては、強行策も仕方がないかもしれません。どうやら――彼らは、

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