第5話―3
『………では、暫くは街の探索という事ですか』
「あぁ」
謁見の際にスーラ王女より貸し与えられた、通信用の
先の騎士団が使っていたのは、水面に映した映像と自己の思念を送るだけの魔術だったが、これは道具を持ってさえいれば、魔術的な素養が無くとも通信することが出来る。
しかも、映っている人物の姿をリアルタイムで送受信出来るのだ。
その精度たるや、レンの疲れた様子まで見てとれる程である。もしかしたら、面と向かって話すよりも見やすいのではないだろうか。
追っ手を逃れ、適当な宿に居を移して軽く仮眠した、早朝。
無事の報告にホッと息を吐いたレンは、何処と無く疲れた様子である。恐らくは、シズマ王子の部下がこうした強行手段に出ることを予見していたのだろう。
私たちの敗北は、即ち王女の敗北である。王女派の筆頭であるレンとしては、気が気ではなかった筈である。
「宿の真ん前に転がしてきたからな、王子派の連中も、多分処理に手間取るだろう。少しくらいなら、街を見て回る時間はある筈だ」
『そうですね、それは確かに。戦いの場を選ぶためには、必要な手順でしょうね』
「そういうこと」
なかなかに理解のある青年である。いや、もしかしたら、これまで私の回りにいた奴が無理解過ぎるのかもしれないが。
ディアなら、地の利なんて気にも留めないだろう。嵐のように、あるがまま敵を蹂躙するだけだ。
「結局最後には、王宮に攻め込むことになるだろうがな。それまでの前哨戦としては、街中での対騎士団を想定すべきだろう」
『………他の勢力を止める、という話は?』
「無傷では無理だ」
私の答えを想定していたのだろう、レンの口から吐き出されたため息は陰鬱でこそあったが、そこに驚きはなかった。
せめて一対一ならともかく、三つ巴の戦いで被害無く済ませるのは、未来予知でもない限り不可能だ。
「出来る限り努力はする。が、無理なものは無理だよ」
『えぇ………その言葉だけで、充分です』
「そうか」
はっきり言うならその努力すらしたくないのだが、依頼人の要望ということなら仕方がない。
王子の騎士団、その第一波を防ぐことは、絶対に必要だった。ここでどれだけの被害を与えるかで、第二第三の攻撃を躊躇わせることが出来るのだ。
『では、今後の報告もお待ちして………え?』
「ん?」
鏡のなかで、レンが振り返った。何か物音でも聞こえたのか、或いは誰かに声でも掛けられたか。
不用心だな、と私は眉を寄せる。
暗殺者との密談を人に見られるなんて、普通はそれだけで終わりだぞ。
しかし、どうやらそれは、私の早合点だったようだ。
レンは確りと警戒していたようだ。
警戒し、こっそりと通信していた。だからこそ驚いて振り返ったのだ――あり得ない来客だったからこそ、レンは咄嗟に振り返ることしか出来ず、
『っ?!』
その頭が、勢い良く弾き飛ばされた。
不健康そうな顔の宮廷魔術師が、画面の外へと吹っ飛んでいく。
その跡地へ、見覚えのある豪華なドレスが勢い良く飛び込んできた。
あぁ、そんな、まさか。
『街を探索するとな、妾の暗殺者よ! なれば、案内役が必要よね!』
「というわけで、妾が! 直々に! 案内してあげに来たわよ暗殺者!!」
「帰ってくれ」
「なっ! 無礼よ!!」
その評価は心外だ。
これでも、頭に浮かんだ文句の大半を圧し殺した結果である。もし気にせず喋って良いとなれば、言いたいことは山のようにあるのだから。
まぁ。言ったところでこの少女、スーラ王女は聞く耳持たないだろうが。
「ですから申し上げたでしょう、王女様。絶対に歓迎されない、と」
王女の傍らで、レンが至極真っ当な意見を述べる。
その対価として主から与えられたのは、水でできた拳だった。
賢明な従者を無慈悲なボディーブローで黙らせて、王女はじろり、と私を睨み付けた。
やれやれ、お転婆と言う評価は、やや好意的すぎるな。私は肩をすくめる。
「とりあえず、
私たちが落ち合ったのは、大通りに程近いカフェのオープンテラスだ。
席はかなり空いているし、通りには人気もない。島の住人の8割を占める船乗りたちはとっくに海に出ているし、観光客相手の商売人は準備中だ。観光客は――昨夜船乗り流の歓迎で酔い潰れている頃だろう。
それでも――こんな日差しの下で大っぴらに叫んで良い名前ではない。
「あいにくと、探られて痛い腹しか持ってないんでね。ただクロナと読んでくれたら助かるよ」
「うむ………仕方無い。騒ぎになって民心を惑わすのは、王族としては避けないといけないしね」
その認識を全員が共有していてくれると、ありがたいのだけど。
「惑わすって言うのなら、王女様。そもそもあんたがここに来ちゃあ不味いんじゃないんですかね?」
得体の知れない疲れで黙った私の代わりに、ロッソが至極当たり前のことを尋ねる。
それは今現在狙われているということもあるし、そもそも王女が街中を歩いていたらパニックになるだろうという意味でもある。
混乱は暗殺者の味方だ。私にとってはひどく慣れ親しんだ友でもあるが――今の私は暗殺阻止者だ。詰まり、不意の混乱は敵でしかない。
暗殺者は状況の全てを味方にする。
ヒトは少ない方が良いのだ。
「それはまあ、問題ないわよ」
「ほう、それは何故だい?」
「失礼します」
間の悪いパロメの問い掛けを遮るようなタイミングで、店員が銀盆に載せた朝食を運んできた。
若い
それぞれに紅茶を注ぎ終えると、店員は微笑んで店内へ戻っていった。
「ほら、妾の言った通りでしょう?」
ゆらゆらと揺れるキャッティアの尾を眺めながら、スーラ王女はニヤリと笑った。
「全然気付かれなかったね、今の子は若いから、王族の顔を知らないのかな?」
「………スーラ様は、今だ12才。公的なお披露目の前なのです。ですから、市民たちは顔も知らない」
「なるほどねー」
かなり軽薄な相づちを打ったパロメの視線は、魚のフライを挟んだサンドイッチに向けられている。
どうしてこいつはこう、こぼしやすそうなメニューばかり選ぶのか。自分が不器用だという自覚がないのか?
「それに、王女の役割なんて、何処の王家でも決まりきっているでしょ」
「………え?」
早速ライ麦のパンにかぶりついたパロメに呆れていると、王女はぽつり、と呟いた。
哀しそうな響きに振り返ると、スーラ王女はぼんやりとした目つきでカップを見下ろしていた。
スプーンも使っていないのに、水面は渦を巻いている。便利な能力だ。
「国の運営のため、他所へ嫁がされる。それまでは――妾は籠の中の鳥なのよ」
ため息を吐くスーラ王女。
その隣席でレンは肩を落とし、ロッソも気まずそうに顔を背けた。パロメは………指に付いたタルタルソースを舐め取っている。取材はどうした。
「ま、それはそれよ!」
何処と無く暗くなった雰囲気を蹴散らすように、スーラ王女はカップを手に取ると笑顔を浮かべた。
「それまでの間は、せいぜい好き勝手するわ! だって、籠の鳥なら、何をしても飼い主のせいになるものね!!」
嬉しそうに楽しそうに、太陽よりも晴れやかに笑う王女の顔。それが強がりに見えるのは、私の勝手な願望だろうか。
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