第5話―2
言い渡された任務に、若い騎士たちは熱意で燃えていた。
第一王子の命を狙う不届き者を撃破せよ、その指令の裏の意味くらいは、未熟な彼らにも理解できた。
要するに、当て馬だ。
相手の実力が解らないから、適当な人材をぶつけて様子を見ようというわけだろう。
事実先輩たちは、後方で待機している。後詰めという名目ではあるが、前衛のやられ方を見たいという意図が透けて見える。
不満を、構うものかと彼らは呑み込んだ。
捨て駒のような扱いは、実績がない以上は仕方がない。それならいっそのこと、これはチャンスと思うべきだと、彼らは頷き合ったのだ。
様子見をせねばならないほどに警戒されている敵。それを倒したなら、彼らの大きな手柄になるだろう。一番槍というやつは、詰まりは敵の首級に最も近いということなのだから。
無理難題というわけでもない。
相手は暗殺者と聞いている。ということは、正面からぶつかり合うのに長けた人物ではあるまい。
対してこちらは、力の有り余った若者5人。未熟と言われては居るが、接近戦なら暗殺者とは比べるべくも無い。先手を取り、不意を討てば充分勝機はあると彼らは踏んだ。
「………」
先頭の騎士が、同期を振り返って頷く。
胸もとを覆うブレストプレートが、蝋燭の明かりに反射して輝いている。初めての実戦、新品の鎧がいよいよ役を果たすときだ。
ごくり、と誰かの喉が鳴った。カチャカチャと金属の擦れる音が響く。
緊張は否めない。習った剣術の型、その半分も若者たちは思い出せなかった。だがそれでも、五人が一斉に刃を振るえば逃げ場など無い。
勝てる、勝てる。
彼らは心中で呪文のように呟きながら、ドアノブに手を掛けた。
「っべらあばば!?」
「ハンロ?! ぎゃあっ!!」
一人が突然、奇声を上げて飛び上がった。
そのままガクガクと震える彼の肩に手を伸ばした二人目が、同じ様に悲鳴を上げて廊下に転がる。
「な、なんだ?! 罠かっ!?」
「はい、そうですよっと」
「っ!? ごはっ!!」
気だるげな少年の声。慌てて振り向いた最後尾の騎士が、ビクリと大きく震えて倒れ伏した。
「いやぁ、不意討ちならいけるって気持ちは解りますけどねぇ。駄目でしょ、こんな静かな夜にガチャガチャ剣の鞘鳴らしちゃあ」
「だ、誰だっ!!」
「ついでに言えば、それ聞く段階でも無いんすよねぇ」
誰何に苦笑が返され、同時、もう一人が倒れる。
ただ一人残った、若い騎士。彼の前に立っていたのは、彼よりも若い
安っぽく染められた赤い髪の下で、あどけなさを残した瞳が金色に染まる。
「っ、魔性の………」
「はいお疲れー」
妖しい輝きに虚を突かれた瞬間、少年が目の前に居た。歩法とか、技の領分ではない、ただただ速いだけの動き。
滑るように間合いに入った少年の手が伸びてきて。
その手のひらが、彼の視界を覆い尽くした瞬間、バチっ、と破裂音が響いて。
彼の意識は、闇の中へと落ちていった。
「………ふむ。雷の魔術か?」
目標から数軒離れた、建物の一室。
本来の住人に無理を言って借りた、屋根裏部屋で、年配の騎士が頷く。
老騎士の目の前には、浅く水を張った皿。
風もないのに揺らぐその水面には、頭を掴まれた瞬間に意識を失い、ドサリ、と倒れる部下の姿が映っている。
他の四人が倒された顛末を見るに、先ず間違いないだろう。手のひらから電撃を放ち、意識を奪ったのだ。
「気配の消し方も見事。それに、素早い動きだったな。身体能力を強化しているのか」
そしてだからこそ、電撃は小さかったのだ。
普通の魔術師なら、魔術は1度に1つしか使えない。強化と併用して電撃を放った手際は見事だが、さほど出力が出せないのだろう。故にドアノブに流した電気で一人、それに触れて感電して二人を倒し、残りは急所への感電で始末を終えたのだ。
「それならばまぁ、大した脅威ではないな」
それを為した少年は退屈そうに肩を竦めると、部屋に戻っていく。恐らく、移動するつもりだろう。
良い流れだ。
再び跡を付け、宿を特定したら今度は総攻撃だ。一晩に2度夜襲を受けるとは誰も思わないだろうし、あの実力なら囲めば倒せる。
老騎士は水面に手を翳す。
シワだらけの手の甲に不可思議な紋様が浮かび上がり、その光が水面に吸い込まれていく。
報告終了、これで少年の力の内容と共に、攻撃命令が下された訳だ。
「………本命の実力を見られなかったのは残念だが………」
「………知りたいか?」
「っ!?」
囁くような声は、耳元で甘美に歌う。
息の掛かるほどの、近距離。耳をくすぐる吐息は温かいが――そこに乗った言葉からは、ヒトの暖かみを一切感じ取ることは出来なかった。
ヒトの命を刈り取る者、暗殺者。
「どうして、ここが………」
「耳と鼻には自信があってな。ふん、あの騎士たちからは、覗き見の気配がぷんぷん臭ったよ」
魔力を、辿られたのか。
「深淵を覗く者は、深淵に覗かれる。常識だろ」
「くっ………」
「ところで………報告は終わったよな?」
その言葉で、老騎士は全てを悟った。
自分たちは、罠にかけられたのだ。それも、かなり悪辣な罠に。
少年の実力を過小評価させ、攻撃させる。油断して攻めてくる奴なんか、返り討ちにするのは容易いだろう。
そしてここで指揮官である自分を殺せば――部下たちに撤退を指示する者は居なくなる。彼らは全滅するまで、無謀な突撃を続けるだろう。
逃げろ、と叫ぼうとした喉からは、赤い血が溢れた。
見下ろすと、胸から刃が生えていた。薄い片刃の刀身は、鎧の隙間を巧みに抜けて心臓を貫いている――致命傷だ。
――ハマドゥラ様………申し訳、ありません。
暗転した視界の彼方、自分の倒れる物音が聞こえた気がした。
「はは、楽勝ですわー。流石はご主人、計画通り舐めてきましたぜこいつら」
指揮官の始末を終えて戻ると、上機嫌なロッソが出迎えてくれた。
宿の回りには、騎士たちが倒れ伏している。その総数は、12人。
20はいかないと踏んでいたが、それでもかなり多い。少なくとも私だったら、多分辛い戦いだったろう。
「お疲れ様、良くやったよ」
「へへ、どうも。………って止めろ! 頭撫でんな!!」
叫び、ワシャワシャと掻き回す私の手から必死に逃れる。
私を睨み付けるロッソだが、顔が真っ赤なせいであまり怖くはない。寧ろ可愛いげがある。
「くそっ………
「子供だよ。少なくとも私よりはね」
「パロメよりもなー」
宿からのそのそと現れたパロメも、茶化すように笑う。
一応囮として中に居てもらったが………案外必要なかったかも知れない。
まあ、放っておくとトラブルしか呼び込まない奴だ。このまま、文字通りお荷物と化して貰おう。
私の薄情な感想を知らず、パロメは倒れている騎士たちを眺めて、軽くふらついた。
「うぅ………血の臭いがする。パロメはそーゆーグロいの駄目なのだ………」
「お前なんで付いてきたの?」
王子に投降して、牢にでも入った方がましなのでは無いだろうか。
そういうとパロメは首をふるふると振った。
「冗談じゃない、クロナ、こんな面白そうなイベントを見逃すほどパロメは愚かじゃないのだよ」
「………」
どちらが愚かだか解らないが。まぁ、言い出したら聞かないのでもうどっちでも良い。
「とにかく、移動するよ。騎士団も暫くは、片付けやなんかで忙しいだろうし、今の内に策を練る」
こんな街中で秩序の象徴たる騎士団が倒れていたら、統治する側としては非常に厄介だろう。
情報統制や戦力の再編成など、手間は多い筈だ。その隙に、地の利を得るとしよう。
それに、上手くすれば。
彼らはディアたちにも同じことをしている。そうなった場合、被害は私たちの比ではあるまい。
ご愁傷さま、と小さく私は呟く。
ディアはロッソほど器用じゃないし――ベルフェは私より、優しく無いだろうから。
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