第4話―4

 兄とは異なり堂々と上座に座ると、少女は大きな声で宣言した。


「改めて、妾がスーラ王女よ! 光栄に思いなさい、滅多に客人の前には顔出さないんだから!」

「………15才以下お披露目前だからでしょう」


 へへん、とばかりに胸を張る女の子の影でポツリと青年、宮廷魔術師のレンがこぼした。

 心労からだろう、疲弊しきった哀愁を感じさせる声だ。王子の妹ということなら、無理もないだろうが。


 がっくりと肩を落とすレンを省みることもなく、スーラ王女の瞳は私たち、中でも私に対して向けられている。

 好奇心に満ちたその青色。その水面が波のように揺らぐのを見て、私は納得した。


「【】か」

「まーめる?」

「亜人の一種だよ」


 魚人マーメルは海に愛された種族であり、水に愛された種族だ。

 水中で呼吸することが出来、ヒトよりはるかに素早く泳ぐことも出来るし、水圧にも耐えられる。 何より。


「最も愛された者は、。さっきのはそれか」

「ふふん、その通りなのよ! 妾はこの世の誰よりも、海に愛されたのよ」


 スーラが軽く指を振ると、その軌跡を追うように水がアーチを描いた。

 何の変哲もない水が、くるくると空中で渦を巻く。曲芸じみた様子にロッソとパロメが歓声を上げ、私も軽く眉を上げた。


 マーメルのこうした水を操る術は、実のところ珍しくはない。私のような職にあると、水を操る護衛とぶつかることも少なくないのだ。

 だが、これほど精密な動きが出来るのは珍しい。それだけでなく、先程、ロッソの剣を止めた出力も考えれば、自画自賛も納得である。


「最も海に愛された私が、この国を統べる。考えてみれば当たり前じゃない?」

「愛にも色々な形が御座いますから………」

「煩いわよレン!」


 水で出来たハリセンに弾き飛ばされて、レンは部屋の隅に吹っ飛んでいった。………可哀想に。

 それはともかく。


「それが、私を呼んだ理由か? 自分が玉座に就くために、

「………それは」











「その通りです………」


 不健康の極みのような、青白い肌と肥満気味の肉体を揺らして、依頼人は頷いた。

 王族らしいといえばその通り、必要に迫られて運動する機会の無い、食うに困らない人間だけがこういう体つきになる。

 実に不自然な生命だと、私はぼんやりと思う。怠惰に過ごす権利を振りかざすと、ヒトはここまで怠けるものか。


「椅子とは一人が座るためのものです。誰かが座ったら、そいつが退かなければ他の人間は座れないのです………。

 漸く席が空いた。あとは、素早く座るだけ………

「えぇ。もちろん、そのために

「期待していますよ………ベルフェさん。うまく私が玉座に座れたら………貴方たちにも損はさせませんよ」


 私と依頼人はニヤリと笑い合う。互いに利用しようという意識が透けて見えるような笑いだし、私の方も同じ顔をしているだろう。


 もっとも。

 利用し合う関係奴こそ、扱いやすいのだが。


 彼には、頑張ってもらわなくてはならない。『魔術師の後ろ楯によって勝った』という思いを、確りと心に刻んでもらわなくてはならないのだ。

 薄暗い第二王子の自室には、煮込まれ泡立つ魔法薬品の瓶が並んでいる。それらの作り方を教えたのは、私たち魔術協会だ。


 教えを乞う相手には、勿論教えよう。

 教え、導こう。

 


 私の思いを知りもせずに、第二王子はボソボソと、暗い決意を口の端に乗せる。


「私は………勝ちます。どんな手を使ってでも………」











「と、あの二人は思うだろうね。何せ、あの【海賊】サクマの血筋だから、物騒さは折り紙つきだ」

「………あなた様が言うと、説得力が違いますなシズマ様」


 王宮最奥、執務室。


 ギョーサダンの心臓とも言える部屋で、ハマドゥラはシズマ王子と向かい合っていた。

 長男である事から、仮ではあるがギョーサダンの舵取りを任されている王子。かつて父が座っていた赤松製の机、年代物のそれを軽く撫でながら、シズマ王子は柔らかく微笑む。


 その微笑みの中に戦の気配を感じて、ハマドゥラはため息を吐いた。


 先王サクマ様の性格を誰よりも色濃く受け継いだのは、間違いなくこのシズマ王子だ。

 好戦的で、野心的で、賢獣と呼ばれたあの方にそっくりである――先の豪快さも引っ括めて。

 似なくて良い所まで、受け継いでしまいましたなぁ………。


「恐らくは、代理戦争の様相となるだろうね。用意は出来てるか? ハマドゥラ」

「勿論です。我らギョーサダン騎士団、命令をお待ちしております」


 宜しい、と王子は頷く。

 かつてハマドゥラが仕えた、いや、それ以前、共に船乗りとして海と戦っていた頃の親友の気配を滲ませながら、彼は堂々と宣言する。



 その通り。

 それが、それこそが真理だ。最も強き者にしか、船長は務まらないのだから。











「………


 スーラ王女は………首を振った。

 自身の野望のために家族を殺すのか、という問い掛けをした暗殺者に対して、少女は首を振ったのだ。


「では、なぜクロナを呼んだのだ? 彼女は確かに抜群の腕だが、その分安くはないだろう?」

「それは、クロナってのがあの町一番の暗殺者だって聞いたからよ。………一番でなきゃあ、意味がないから」


 どこか言い淀むような仕草の後、王女はキッと、私を真正面から睨み付け、口を開いた。


「一番なら、一番強いのなら――

 私は………!!」

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