第4話―4
兄とは異なり堂々と上座に座ると、少女は大きな声で宣言した。
「改めて、妾がスーラ王女よ! 光栄に思いなさい、滅多に客人の前には顔出さないんだから!」
「………
へへん、とばかりに胸を張る女の子の影でポツリと青年、宮廷魔術師のレンがこぼした。
心労からだろう、疲弊しきった哀愁を感じさせる声だ。あの王子の妹ということなら、無理もないだろうが。
がっくりと肩を落とすレンを省みることもなく、スーラ王女の瞳は私たち、中でも私に対して向けられている。
好奇心に満ちたその青色。その水面が波のように揺らぐのを見て、私は納得した。
「【マーメル】か」
「まーめる?」
「亜人の一種だよ」
水中で呼吸することが出来、ヒトよりはるかに素早く泳ぐことも出来るし、水圧にも耐えられる。 何より。
「最も愛された者は、水を従える事が出来るとか。さっきのはそれか」
「ふふん、その通りなのよ! 妾はこの世の誰よりも、海に愛されたのよ」
スーラが軽く指を振ると、その軌跡を追うように水がアーチを描いた。
何の変哲もない水が、くるくると空中で渦を巻く。曲芸じみた様子にロッソとパロメが歓声を上げ、私も軽く眉を上げた。
マーメルのこうした水を操る術は、実のところ珍しくはない。私のような職にあると、水を操る護衛とぶつかることも少なくないのだ。
だが、これほど精密な動きが出来るのは珍しい。それだけでなく、先程、ロッソの剣を止めた出力も考えれば、自画自賛も納得である。
「最も海に愛された私が、この国を統べる。考えてみれば当たり前じゃない?」
「愛にも色々な形が御座いますから………」
「煩いわよレン!」
水で出来たハリセンに弾き飛ばされて、レンは部屋の隅に吹っ飛んでいった。………可哀想に。
それはともかく。
「それが、私を呼んだ理由か? 自分が玉座に就くために、他の兄弟たちを殺させる」
「………それは」
「その通りです………」
不健康の極みのような、青白い肌と肥満気味の肉体を揺らして、依頼人は頷いた。
王族らしいといえばその通り、必要に迫られて運動する機会の無い、食うに困らない人間だけがこういう体つきになる。
実に不自然な生命だと、私はぼんやりと思う。怠惰に過ごす権利を振りかざすと、ヒトはここまで怠けるものか。
「椅子とは一人が座るためのものです。誰かが座ったら、そいつが退かなければ他の人間は座れないのです………。
漸く席が空いた。あとは、素早く座るだけ………家族を蹴落としてでも」
「えぇ。もちろん、そのために私が来たのですからね」
「期待していますよ………ベルフェさん。うまく私が玉座に座れたら………貴方たちにも損はさせませんよ」
私と依頼人はニヤリと笑い合う。互いに利用しようという意識が透けて見えるような笑いだし、私の方も同じ顔をしているだろう。
もっとも。
利用し合う関係だと思っている奴こそ、扱いやすいのだが。
彼には、頑張ってもらわなくてはならない。『魔術師の後ろ楯によって勝った』という思いを、確りと心に刻んでもらわなくてはならないのだ。
薄暗い第二王子の自室には、煮込まれ泡立つ魔法薬品の瓶が並んでいる。それらの作り方を教えたのは、私たち魔術協会だ。
教えを乞う相手には、勿論教えよう。
教え、導こう。
私たちの望む未来へと。
私の思いを知りもせずに、第二王子はボソボソと、暗い決意を口の端に乗せる。
「私は………勝ちます。どんな手を使ってでも………」
「と、あの二人は思うだろうね。何せ、あの【海賊】サクマの血筋だから、物騒さは折り紙つきだ」
「………あなた様が言うと、説得力が違いますなシズマ様」
王宮最奥、執務室。
ギョーサダンの心臓とも言える部屋で、ハマドゥラはシズマ王子と向かい合っていた。
長男である事から、仮ではあるがギョーサダンの舵取りを任されている王子。かつて父が座っていた赤松製の机、年代物のそれを軽く撫でながら、シズマ王子は柔らかく微笑む。
その微笑みの中に戦の気配を感じて、ハマドゥラはため息を吐いた。
先王サクマ様の性格を誰よりも色濃く受け継いだのは、間違いなくこのシズマ王子だ。
好戦的で、野心的で、賢獣と呼ばれたあの方にそっくりである――先の豪快さも引っ括めて。
似なくて良い所まで、受け継いでしまいましたなぁ………。
「恐らくは、代理戦争の様相となるだろうね。用意は出来てるか? ハマドゥラ」
「勿論です。我らギョーサダン騎士団200名、命令をお待ちしております」
宜しい、と王子は頷く。
かつてハマドゥラが仕えた、いや、それ以前、共に船乗りとして海と戦っていた頃の親友の気配を滲ませながら、彼は堂々と宣言する。
「勝利者は俺だ」
その通り。
それが、それこそが真理だ。最も強き者にしか、船長は務まらないのだから。
「………いいえ」
スーラ王女は………首を振った。
自身の野望のために家族を殺すのか、という問い掛けをした暗殺者に対して、少女は首を振ったのだ。
「では、なぜクロナを呼んだのだ? 彼女は確かに抜群の腕だが、その分安くはないだろう?」
「それは、クロナってのがあの町一番の暗殺者だって聞いたからよ。………一番でなきゃあ、意味がないから」
どこか言い淀むような仕草の後、王女はキッと、私を真正面から睨み付け、口を開いた。
「一番なら、一番強いのなら――他の暗殺者を止められるでしょ?
私は………この兄弟喧嘩を止めさせたいのよ!!」
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