第4話ー2
テーブルに並べられていく大皿を、私はぼんやりと眺めた。
中央に鎮座するのは、
普通なら鋏の部位だけで一料理出来るし、一人分なら充分な大きさでもあるのだが、流石は海の王族、一匹まるごと焼き上げている。
周囲を固めるのは、やはり魚介。
赤提灯魚のフライに、小貝のスープ。高級そうな照り焼きから、港町なら良く見かけるような
生魚を一口大に切り分けたものまであり、正に、海のフルコースといった風体だ。恐らく、ここに居ない魚は無いのではないだろうか。
「まるで宴会のようでしょう?」
苦笑混じりの王子の言葉に、私は頷いた。
私たち3人が横に並んで、それでも未だ余裕のある広いテーブル。
そこにところ狭しと並べられた皿の行列は、確かに、シズマ王子の言葉通り場末の酒場じみた混沌具合である。
「かつて留学したとき、海向こうの国々では、食事は順序に沿って一皿ずつ出てきたんですよ。食べることに余裕があるのだなと、随分感心したものです。
私たちはやはり、船乗りなのでしょうね。食事は大勢で喧しく、そして素早く食べるものだと教えられてきました」
その割りには上品な手つきで、王子は魚を切り分けている。留学の成果、というわけだろうか。
「そんなわけで、ギョーサダンには目立った食事のマナーというのは無いのです。いや、無いのがギョーサダン流というところかな? ですからまぁ、気にせず召し上がって下さい」
「気にせず、ね………」
そんな無茶な。
ただでさえ王族オーラ全開で、威風を間近に感じているというのに、その発生源が暗殺対象なのだ。
まだ依頼人にさえ会ってないのに、標的が目の前にいて、ワイングラスを傾けている。それで緊張しない奴はただの馬鹿か………ディアくらいだ。
シズマ王子は、食の進まない私たちを見て不思議そうに首を傾げた。
「ふむ………もっと図太い方かと思っていましたが」
「悪かったな。暗殺者ってのは臆病な生き物なんだよ」
「そうなのですか………書物とは違うものですね」
少しがっかりとした様子で、王子は蛸らしき身を摘まんだ。
どんな本を読んだやら、恐らくは娯楽要素の強い
暗殺者というのは、闇に生き闇に死ぬ者だ。表立って活躍したり、名を上げたり、数十人の護衛を相手に大立ち回りするものじゃあないのだ。
「極端な話、私のような暗殺者は、戦わない専門家だ。要らない戦闘を回避するのが得意なのさ」
そもそも、戦うのなら暗殺なんて必要の無い技能だ。
隠れて殺すとか、こっそり殺すとか、殺されたと気付かれない内に殺すとか、回りくどい事この上無い。
そうでなくともヒトは死ぬ。
名剣聖剣の類いを持ち出すまでもなく、呪詛を頼むまでもなく、腕も技量も無くとも、ちょっとした高所から突き落とせば死ぬのだ。
殺したいなら
勿論相手が殺気を読めるクラスの達人だというのなら、それなりに修練が必要になるだろう。だがそうだとしても、殺すために隠匿の技術まで学ぶ必要は無い。
暗殺は、必要に駆られてやるものだ。
殺すだけではなく、その事実を隠さなければならない時。
死なせるだけでなく、その死因を選ばなくてはならない時。
そうでなくてはならない時でなければ、わざわざ暗殺なんてするわけない。
「夢の無い話ですねぇ」
「血生臭い話だからな」
それは、夢なんか無いだろう。
結局は殺し合いなのだから。
「私が読んだ本では、神出鬼没にして快刀乱麻。悪を憎んで悪を為す丁々発止の大活劇だったのですが………」
「現実はこんなものさ。ガッカリしたか?」
「ははは、いえ、判断するには未だ早いでしょう」
「………私たちを試そうというわけか?」
予想通りの展開に、さりげなく私は鞄に手を伸ばした。
右ではロッソが剣の柄に手を掛け、左ではパロメがテーブルの下に隠れる。
対する王子の護衛たちも動く。
王子の右後方に控えていた老人が目配せし、部屋の四隅に控えていた護衛たちが一歩テーブルに近付いてくる。腰にぶら下げた
私と老人の眼が出会う。彼の翡翠色の瞳にも、そこに映る私の瞳にも、どちらにも理解の色が浮かんでいた。
お互いに予想通りというわけだ。物珍しさにかまけた暢気な王子様が、自分を狙う暗殺者を食卓に招いた訳は、詰まるところがこのため――実力を、見たいからだろう。
だからこそ老人も私たちの武器を取り上げず、代わりに護衛を配したのだ。四人で三人を抑えようというのだから、精鋭を用意しているはず。
「………………」
さて、どうするか。
距離としては私たちの方が標的には近いが、何しろ私たちは座っている。椅子から立ち上り、テーブルを乗り越えるという二手間が余計で、見た目よりずっと時間がかかってしまうだろう。
その間護衛たちがもたつくかと言うと………まあ難しい。ロッソの魔術を頼みにしても良いが、確実性は低い。
王子が、ニコニコと笑う。
「そうですね、判断するにはやはり、結果を見てからでしょう」
大人しく、護衛相手に活劇を演じるしか無さそうだ。私たちは互いに、苛立ちと共にそう結論付けた――だが。
私たちは、部外者である私は勿論関係者であるはずの老人も含めて皆、王子を甘く見ていた。
王子は全く邪気の無い顔で言い放った。
「なので、今後の私への暗殺に期待してますね! ハマドゥラ、皆さんをお見送りしてくれ」
「………は?」
疑問の声は私のものだが、疑問符は全員の頭に浮かんでいただろう。
今後に期待?
お見送り?
「………殿下、それはその………『ここで始末せよ』という隠語ですか? 私そういう、殿下の仰るところの
「ははは、ハマドゥラ。それはそれで中々ウィットに富んでいるがそうではないよ。
暗殺者殿の実力、というか、やり方を見るのなら。ここで小競合いをしても始まらない。レディの動きやすいようにしてもらわなくては」
「………殿下」
苛々と苦虫を噛み潰しながら、ハマドゥラと呼ばれた老人は嘆息した。
「暗殺者来訪をいち早く察したこと、先ずはお見事です。こうして最低限の人数で確保したばかりか、低俗な海賊どもも捕らえられましたからな。ですが、ここで彼女らを放つのは、それらを補って余りある愚策ですぞ。
認めるのは癪ですが………彼女らは明らかに一流。この幸運を生かさなければ、死ぬのはあなたの方ですぞ!」
「
シズマ王子は変わらず微笑みながら、しかしその笑みが先程までとはどこか異なることを、私は敏感に察していた。
本性は、恐らくそちらなのだろう。剣呑とした、見る者を震えさせる笑み。その片鱗をちらつかせながら、シズマ王子は威風堂々胸を張った。
「だからこそ、ここは逃がすのだハマドゥラ。私は証明しなければならないのだからね。私が、私こそが、この座に就くに相応しいのだと」
第一王子、王位継承権第一位。
だから、彼は立たねばならない。立ち塞がらなければならない。ありとあらゆる挑戦を、その手で叩き潰さなければならないのだ。
「私が行くは王道。正々堂々、誰のどんな企みであれ受けよう。
暗殺者殿、貴女も恐らくは私の弟妹たちのいずれかに依頼を受けたのだろうが――解き放たれた後、伝えて欲しい。
かかってこい。
兄は、私の王道は、いかなる障害でも阻めない、とね」
ご馳走さまでした、と王子は立ち上がり、部屋を出ていく。
その堂々とした歩みを、私たちもハマドゥラたちも、ただ見送ることしか出来なかった。
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