第4話【海賊島】ギョーサダン

「なあ、クロナよ。パロメはあまり良く君の仕事振りには明るくないので、こんなことを聞いて馬鹿にされたり嗤われるんじゃないかなと戦々恐々だが。しかし敢えて、尋ねるけれど。

 ………?」

「………………」


 私は敢えて答えなかった。

 答えの解りきった質問には、あまり答えたくはない。大人しく、甲斐甲斐しく応えてやると、こちらの方が馬鹿に見えるからだ。


 敢えて答えず――


 手を上げて、肩を竦めて。

 隣でため息を吐くロッソとパロメを促しながら。

 私たちは、稿











「ギャハハ、いやあ、お見事じゃあねぇか相棒?!」


 窓もない馬車に押し込められた私に、バグが軽薄な声を上げる。

 私は答えない。見張りの姿は無いが、騒いで警戒されても面倒だ。


「船を沈めて、乗っ取って? 哀れな海賊をこき使って予定より早く到着して? その結果がか? ギャハハ、面白いじゃねぇか?! ギャハハ、ウボッ?!」


 私は答えない。

 この程度の軽口にいちいち付き合っていては身が持たないというところだ。勿論、怒っても居ない。ただ、バグをクッションの代わりにしただけだ。


「しっかしさぁ。油断したと言われても仕方無いよなぁ、これは」


 モガモガと全身をばたつかせるバグを無視して、ロッソが肩を竦める。


「こっそり侵入する予定が、着いて直ぐに確保とは。ふむ、パロメの作品だったらその場で原稿を破り捨てるレベルの駄作だな」

「………うるさい」


 確かに、油断といえば油断だった。


 基本的に、異国への潜入はそこまで難しくはない。余程の閉鎖国家でない限りは、どんな国にも人の出入りはあり、そこに紛れることは容易いのだ。

 関所や入国審査があるのなら、商人の振りをする、単なる旅人と言えば簡単に通過できるのだ。何せ、私の鞄は武器を隠すには持って来いなのだから。


 暗殺は、がメインとなる。

 侵入してから標的ターゲットに近付くまでが大変であり、難所であり、腕の魅せ処だ。

 だからこそ………そこで捕らえられるとは思わなかった。


「………国というのは、存外脆いものなんだ。国民というのは結局『そこにいるだけ』の集団に過ぎず、彼等の内にあるのは緩やかな連帯感だ。

 国が壊れても、土地は壊れない。王室が倒れても、彼等の暮らしは続く。だから、自分たちに直接被害が降り掛からない限り国民は無神経なものだよ。けど………」


 


「流石は【海賊島】だ。ここは――だと思うべきだった」


 海は穏やかなばかりではない。

 荒れることもあるし、何ならそちらの方が多いくらいだ。

 周囲に逃げ場はなく、板一枚隔てた先は無限の奈落。一度嵐が起きて、そこで対応を間違えたなら、死ぬ。


 大事なのは、死ぬという点だ。


 船の上では、敵も味方も、親の仇とさえ手を繋がなくてはならない。それが出来なければ一同纏めて海の藻屑となるのだから、必死だ。

 騒ぐ奴は、海に投げ捨てられる。航海を阻む者は、船に乗せていてはいけないのである。


「………詰まるとこ全員が乗組員、運命共同体って訳ですか。そりゃあ、俺らの潜入もばれますよねぇ」


 恐らくは、船で向かっている時に――それも最初の遊覧船に乗船した時点で、私たちの情報は本国にもたらされていたのだろう。


 そして、警戒している中で遊覧船は沈んだ。

 そして、無認可の海賊船が向かってきた。

 そして、だから捕まった。


「犯人がのこのこやって来たという訳か。いやあ、それは捕まるだろうなぁ。うーん、しかしさ。それにしては、緩くないかな?」

「………そうだね」

「パロメのように見るからに無害な美少女ならともかく、目付きの悪い兎人ラヴィを縛りもしないし、そればかりか、不良少年の剣さえ取り上げないじゃあないか。

 これは、少々妙な雰囲気だぞ? パロメならこのあと大どんでん返しを書く」


 違和感は、私も感じていた。

 私の鞄バグは、蓋を開けても中身は空っぽ、静かにしていればただの古ぼけた布袋に過ぎない。それ故無視されたとも考えられるが、パロメのトランク、そしてロッソの剣までもが無視されるなんて事が、果たして有り得るだろうか?


「………あ、もしかしてさご主人。これ、依頼人の差し金なんじゃあねぇの?」


 はたと手を打った(手すら縛られていないのだ)ロッソに、私は首を振る。


「可能性としては考えられるけれど、少し分が悪いね。これは、少し目立ちすぎるよ」

「あー、そっすね。これじゃあ、まるっきり不審者登場って喧伝してるようなもんですか」

「パロメ的には。依頼人の差し金説には信憑性を感じるが?」

「というと?」

「詰まりは、


 パロメがのそのそと姿勢を変え腕を組む。そんな意図は流石に無いだろうが、結果として強調された胸を、ロッソがジッと見詰めた。

 ………やれやれ。


「パロメたちを誘い出して、捕らえて殺す。地の利があった方が良いから、ここにまで来させた」

「それこそ駄作だよ、パロメ。わざわざここまで来させる必要がないし、それなら武器を奪う。そもそも、殺したいのなら船を沈める方が早いよ」

「じゃあ、段取り? 『暗殺者を捕らえました』つって王宮に連れ込んで、王子たちの前に案内するとかじゃないっすか?」

「それも、有り得なくは無いけど………」


 なら、この時点で私たちにはその旨を伝えるだろう。

 そういう作戦も、暗殺としては勿論アリだが、その場合大事なのは速度。出たとこ勝負の部類に入るからこそ、どう動くかを念入りに打ち合わせる必要がある。


 何せ、そこは敵の懐だ。私の刃は届くけれど、同時に敵の刃も届く距離である。そして大体の場合、そんな場面では敵の方が刃は多いものだ。


「というか、クロナ。パロメたちの意見を随分とこき下ろしてくれるが――君の意見はどうなのだ?」


 ムッとした顔で、パロメが私に水を向けた。駄作と言われたのが、そんなに不満だったのだろうか。

 視線を巡らせると、少年の瞳とも出会う。彼のものには別に不満は無かったが、しかし好奇心は見てとれた。


 やれやれ、私はため息を吐く。

 もし私が名探偵という眉唾な輩ならば、『確信の無い推理は先入観の元だ』と言って答えないところだが、私はそれほど責任感があるわけではない。


「………あくまでも予想だけど。そして、出来れば外れて欲しい、最悪の可能性だけど」


 言いながら、私は覚悟している。

 私の、慎ましくも密やかな、探偵などとは真逆の罪の遊戯遍歴から何か、役に立つ格言を導き出すとすれば。それはこんな一言になるだろう。

 ――最悪の予感は、常に現実になる。












 やがて馬車は止まり。

 流石に目隠しを被せられた私たちは、高級そうな絨毯が敷き詰められた廊下を暫く歩かされて、そして幾つかの扉を抜けた先で椅子に座らされた。


「(………幾つ曲がったか、解りました? ご主人)」

「(いいや。廊下を逃げるのは諦めた方が良いね)」


 小声でロッソとやり取りしていると、少し離れた辺りでドサッと、誰かが椅子に座る音が聞こえた。

 どうやら、この乱暴な招待の仕掛人もご到着らしい。


 パチン、と指を鳴らすような音がして、一息に私の頭から布袋が取り払われた。


 そして、私たちは、目の前の光景答え合わせに息を呑んだ。

 あぁどうやら。最悪の可能性が的中したらしい。


「亡き父の、そして、宮殿にようこそ。お会いできて光栄です。私はギョーサダン第一王子、シズマと言います。

 詰まり………貴女が、。ねぇ、?」


 机を挟んだ対面の席。

 気品のある美男子が、優雅に微笑んでいた。

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