第3話ー2

「さあいらっしゃいいらっしゃい! そこ行く旦那、一杯どうだい?!」

「獲れ立てホヤホヤ、氷文蛸アイシーオクトの揚げ物だよ! 今なら新味、マーボソースが掛け放題だぁ!!」

「東方渡来の民芸品、木彫りの熊は如何かな? ホールに飾れば家内安全厄除長寿、金運上昇の縁起物でアルよ!!」

「照覧あれ照覧あれ、遠からん者は音に聞け! 御覧に入れまするは痺れ海月の踊り食い、すごいと思えば此方のザルに心付けをどうぞ!!」


 バロメアの街の建物は殆どが倉庫だが、それは同時に、住人の殆どが商人であるという事でもある。

 かつては【女子供しか居ない街ドリームランド】という渾名さえ付いたほど。動ける男は総出で漁に出て、女子供はそれを売る、役割分担がハッキリと出る街なのだ。


 他所から移民が押し寄せ昔ほど漁に出る者ばかりでは無くなったが、染み付いた商売気質は抜けることはなかったらしい。

 港へと向かう道はそんな、賑やかな騒音に包まれていた。


「………凄い」


 取り繕う事も忘れて呆然と呟くロッソの前には、人、人、人の群れ。

 その誰もが物を売り付けようとしている様は、成る程凄いの一言だ。全員が自分以外の人間の財布を狙い、その紐を緩ませようと虎視眈々。

 視線や言葉の端々から金銭をもぎ取ろうという熱い思いをたぎらせる人々の様子は、宝石を狙うカササギのようだ。


 驚き圧倒されつつも、私の横を離れないロッソに安堵の息を溢す。これがディアだったなら、最初の数瞬で彼女は迷子になっている。

 ………まあ、食べ物の屋台を探せば良いから、見付けるのは簡単だが。


「すげえ熱気ですねぇ、てか、皆俺ら見てません?」

「船乗りじゃないって解ってるんだよ。だから、売り付けに来てる」

「へぇ、何で解るんすかね? やっぱ、態度とかあるんすか?」


 まあ、ある意味では、そうだ。

 私たちが船乗りと同じ格好をしていても、多分バレる。何故なら、

 未だ午前様ではあるが――船乗りが素面でいるには、少々。真っ直ぐ歩いているだけで、不審の眼を向けられるだろう。


「となると、酒場を探すしかないですかねぇ。へへ、俺もついでに………」

「君は駄目だ」

「何でですか」


 年齢とかに五月蝿く言うつもりは無いけれど、そこは私の主義に従ってもらう。


 酒は夜に呑むものだ。良く働いた後の、心地好い疲労感と共に味わうべきなのである。昼間からダラダラと呑むのは罪では無いが――美学に欠ける。

 私の下で働くのなら。

 見栄には、拘ってもらわないといけない。










 時代の変化というのは、全くもって有り難いと私は思う。

 人によっては真逆の意見を持つのだろうが、基本的に昔より今、今より未来が優れていると私は思う。と言うよりは、のだが。


 時間が進めば、技術が進む。

 動物が進化するように、文明は進歩し続けるべきなのである。


「とは、言え。意外ではあるね………」

「まーな。ヒヒッ、まさか、【海賊島ギョーサダン】に遊覧船とはな!」


 ギョーサダンへ行きたい。

 そんな希望を伝えた途端、私たちはあっという間にその手段を得ていた――大型の、それも蒸気船である。


 風も潮も気にせず、漕ぎ手も要らない蒸気船は、最近になって出てきた新技術である。

 漁師たちにはあまり歓迎されては居ないが――そして手が届く程の金額でもないが――旅行者などには歓迎されている。

 海竜族シーディノに曳かせる竜船よりも速度は出ないが、安定して運航出来るので予定が立てやすいのだ。


 高価な分数は少ないと聞いていたが、まさかここに動員されているとは。


「………平和になったものだね」


 適度な金額を支払い乗船した遊覧船、その客室に落ち着いて、私は息を溢した。


「ギョーサダンの歴史からは、想像も出来ないよ」

「んー、俺、具体的には知らないんすけど………そんなヤバかったんですか?」


 隣のベッド――ダブルではなくツインだ、そこは私だってちゃんとしている――に荷物を放り投げて、ロッソは首を傾げる。


「渾名の段階で、結構あれだなとは思うんすけど」

「渾名か………」


 私は頷く。

 これからの仕事を思えば、現地の情報くらいは教えておくべきだろう。ディアとは違って、教えがいもありそうだし。


「そもそもが、彼処はギョーサダン











 その島は、かつては


 小さな島でそれなりの山と平地、森と草原があるだけのちっぽけな箱庭。

 魚は獲れる、しかし大量にではなかった。

 鉱石も採れる、しかし大量にではなかった。

 人もいた、しかし大量にではなかった。


 何もかもが中途半端。

 観光資源になるようなものも無く、名産品となるようなものも無く。

 暮らしていくには充分だが、それ以上にはけしてなり得ない程度の物しか存在しないその島は、そのままならば名前すら与えられず平穏のままに歴史に流されるだけで終わっただろう。


 だが――その島には、唯一、他にはない物があった。


 それは、


 近海とも遠洋ともいえない位置に存在した結果、彼の島は、中継地点として注目を集めたのだ。


 バロメアとガドリズアとの航海、その中継にちょうど良い位置にあった。

 人もそれなりにいて、土地も余っていて。

 便利に使われる日々が、長く続いた。


 そんな従属故の平穏に、一人の男は満足できなかった。

 彼はある真理に気が付いていた――あとはそれを、活かす機会さえあればと虎視眈々と狙っていたのだ。


 そして、ついに機会は訪れた。

 戦争が、始まったのだ。











「男は、気が付いていたのさ――中継地点として扱われるということは、と」

「………あー、成る程」


 街道沿いに野盗が現れるのと同じ理由。

 人が通るのなら、それを襲うことが出来るのだ。


「男は、両者に宣言した。『我々に従わないのなら、通る船を全て沈める』と。漁師たちを引き連れ、彼らはドクロを掲げたのさ」

「海賊の居る島って訳じゃあなくて。海賊居ない島って訳ですか」

「そういうこと。男は苛烈に戦って、ありとあらゆる船を沈めた。そしてとうとう、島は独立して、『ギョーサダン』を名乗る事になったの。それが先王サクマ、海賊皇帝と呼ばれた男の一生だよ」


 詰まり。


「反抗と、抵抗と、暴虐と流血の末に成り立つ王国だ。2代目襲名に、それがないとは思えないよね?」


 なるべくなら、平穏無事に終わってほしいところなのだが――残念ながら、望みは薄いだろう。

 話し合いで済めばそれに越したことはない。そう言うと、同行者二人は突然吹き出した。


「ギャハハ、でなくとも。俺たちがいきゃあそーなるさ!」

「ただでさえ、魔術師連中も絡んでますしね。ったく、本当、物騒な連中ですよねー俺らは」


 笑い転げる二人に、私はため息を吐いた。

 本当に私は、静かなのが好きなんだが………どうにも誤解されている。


 まぁ、確かに。

 騒いだ後の方が、静かにはなるが。

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