第3話港町バロメア
誰の幸運のお陰か、或いは合算か。
旅は順調に終わり、私たちは無事に大地に降り立つ事が出来た。
「お疲れ様。報酬だ、また次も頼むよ」
私の頭くらいは軽くくわえられそうな、巨大なくちばしに革袋を放り込むと、彼――又は彼女は一声鳴いて飛び立つ。
朝の空に消えるロック鳥を見送ると、私はやれやれと振り返る。
「さて、私たちは船を探すけど………お前はどうするんだパロメ?」
「んー………」
急に降りたせいだろうか、石畳の上でふらふらと揺れていたパロメは腕を組む。
………ついつい視線が、胸元に向かってしまう。本当にあんな話、聞かなければ良かった。
チラリとロッソを振り返ると、彼は逆に、青空の彼方へと大胆に視線を逸らしていた。全く、少年らしい。
「パロメとしても、船旅を体験したくはあるんだけれどね。クロナは急ぐんだろう? 優雅な旅路を楽しみたいからね、パロメは遠慮しようかな」
「へえ、大丈夫かよヘボ作家。お前一人で船の
「ふふ、そこは任せたまえよズタ袋。何せパロメにはこれがある!」
自信満々に、パロメはトランクを掲げる。彼女唯一の荷物にして、命綱だ。
中身は紙とペンと………あとは金だというが。
「その通り、金だ! 『ちょっとこの辺りの海を流してもらえないか、なあに金はある!』と言えば人は集まるだろう!」
「………」
「………」
「………」
私たちは揃って顔を見合わせ、沈黙した。
港町は活気に溢れていて、船乗りというのは例外なく騒々しく………けして紳士ではない。
そもそも船上海上は、どんな王権も法も及ばない無法地帯だ。事故は付き物だし、事故にされてしまうのも良くある話。何せ人目はなく、牢屋も無い。
あるのは、船と海だけ。一度海に出たら、沈められても文句は言えないし、誰も聞く耳を持たない。
海賊か漁師かの違いなんて、掲げる旗の違いだけ。そして時として、旗は入れ替わるものだ。
パロメの依頼は、船乗りにとっては正に渡りに船だろう。どんな漁師でも乗り換えて………そして乗り捨てられる。
「そんなわけで、パロメはここで失礼するよ! また、面白い話があれば聞かせてくれ!」
「………あそう、えっと、その………気を付けて」
「ハハハ! うん、また!」
この場合、恐らくだが『また』は無い。
良い奴だった――訳ではないが、まあ憎んでいた訳でも無いし、面白い奴ではあった。残念なお別れだ。
ロック鳥の時とはまた別の思いを抱きながら、私はパロメを見送った。
さようならパロメ。もし命だけでも残っていたら、酒でも飲もうな。
「おぉ………!」
ロック鳥台――文字通りその為だけの高台だ――から降りて、ロッソは感嘆の声を漏らした。
常に斜に構えて、何処かニヒリストを目指している節のある少年にしては、随分と珍しい反応である。
自分でも自覚があるのか、ロッソは直ぐに肩をすくめた。皮肉げに歪めた頬は、けれども僅かに赤く染まっている。
「悪くない雰囲気ですねぇ、ご主人?」
「無理をしなくて良いよ、ロッソ」
「ギャハハ、初めて来たのかい坊や!?」
「チッ………、はいはいそーですよ。別な街自体、初めて来ましたよ俺は」
笑うバグを睨みながら、ロッソは口を尖らせる。
率直な反応に微笑ましさを感じながら、私は頷いた。
「なら仕方ないよ。私も2度目に来たときは、スケールに驚いたものだからね」
「はぁ。………ん? じゃあ1度目はどうだったんすか?」
「それどころじゃあ無かったよ」
何しろ当時は仕事で、船長と商会主二人を同時に始末しなくてはならなかったのだ。
その後の逃走経路を確保することに必死で、街を観光する余裕なんか、逆さに振っても出てこなかった。
「あの頃は私も新人だったからね。遊びを持ち込む余裕は、精神的には無かったから」
「へえ。ご主人の新人姿ってのは、あんま想像つかないっすねぇ」
「あまり女性にそういうことを言うものじゃあ無いね」
軽口を言いながら、私はこっそりとキャスケットを深く被り直す。
………自分の
「行くよ、はぐれないように」
「へいへい」
少々熱を帯びた頬を擦りながら、私はロッソに先立って歩き始めた。
港町、バロメア。
【竜のアギト】湾の上顎にあたる位置に存在する、バオホ大陸有数の巨大な港である。
古くは湾の反対側、港町ガドリズアと睨み合い、海戦を繰り広げていたらしいのだが、幸いにして戦争は終わった。
私が生まれた頃には、既に戦争は過去の話だった。
兵器も、それがもたらした傷痕も、何もかも時間に流され果てた漂流物。
今では、彼らが交換するものは布と穀物、肉と木材――或いは、それらと貨幣だ。
船からは大砲が取り外され、その分運ばれる荷が増えて、そして倉庫が増えていった。
物が増えれば人手が必要となり、人が増えれば家が増える。家が増えれば、自然街は広がっていくのだ。
「変わった形の家っすね。それに、随分近い気がしますねぇ」
「街は、大体が倉庫なんだ」
円柱を半分に切って横倒しに並べたような建物が、隙間無く並んでいる。
色合いといい形といい殆ど見た目に違いは無く、私の仕事では非常に面倒だった。倉庫の位置は数字の羅列で表現されるので、不慣れだと目的地も現在地も解らなくなる。
元々船着き場と荷物置き場しかないような街だったのだ。家や店も、それを応用した建物しかない。
「一応看板は掲げてるけど、浮き沈みの激しい世界だからかな、昨日とは違う商会名が飾られてることもざらだからね。迷わないように」
「へーい」
やる気の無い返事だが、まあロッソなら大丈夫だろう。
もしこれがディアだった場合、そこここにある海産物の屋台にあっという間に飛び込んでいただろうから、本当に、彼の方が残ってくれて助かった。
「んじゃ、港の方に行きますか。恥ずかしながら白状しますとね、俺、海も初めて見るんすよねー。しょっぱいって本当っすか?」
「機会があれば泳いでみると良いよ。波とか、川じゃあ味わえないような感覚だからね」
機会があれば。
例えば、そう。
何もかも片付けた帰り道なんかに、皆で泳いでも良いかもしれない。ちょうど、沈めたい奴も居ることだし。
「とにかく急ごう。港町は朝が早いからね、船乗りが未だ素面だといいけど………」
彼らは海には酔わないが、陸では直ぐに酔っ払う。
せめて今回ばかりは、マトモな乗り物を使いたいものだ――乗り手も含めて。
日は登り始めていた。詰り、この街では、私たちはやや出遅れた事になる。
急がなくてはならない。何せ――空を飛んでまで稼いだ時間なのだから。
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