第一話間違えられた依頼 1
適当な距離を空けて、私は肩をすくめた。
「何度も言うけれど。私はこういうの、向いてないと思うよ」
「どうだか」
私の言葉が響いた様子もなく、向き合う相手はヘラヘラと笑う。
何処かで見たような派手な赤ペンキ色の髪が特徴的な、小柄な少年。とある自業自得で名前を捨てることになった彼は、代わりに手にした借金を返すため労働を申し出た。
それは構わない、人生は常に借りを返し続ける労働の繰り返しだ。職種によっては少年の年齢は遅すぎる事さえあり得る。
問題だったのは、その額だ。
あまりにも莫大な借金は、およそマトモな方法で稼いでいては、少年が2、3回は生まれ変わらないと払い切れない程だったのだ。
少し賢い奴ならば踏み倒すのだろうが、しかしそれが出来るような相手ではない。何せこの借金は、魔女から背負わされたのだから。
踏み倒した場合――事実はどうあれ本人がそう信じる場合――どんな目に遭うか、想像するに難くない。
とすると、残る問題は1つだけ。稼ぐ方法だけだ。
そこで『労働』を選んだ彼は、それなりに真面目と言えるだろう。労働内容が、マトモでないとしても。
かくして私のごとき裏稼業の門を叩いた、見た目そのまま『
その手には、古ぼけた
と言っても、別に彼が私を殺そうというのではない。そんな心当たりは無いし、何より、その気なら彼は自分の剣を使うだろう。
詰まりは、訓練だ。
レイピアにはあまり慣れていないという少年が、私に稽古の相手を頼んだというわけである。
全く、私らしくない役割だ。
「こういうのは、ほら、ディアに頼んだらどう?」私はもう一人の従業員を思い浮かべる。「あの子は、剣の扱いに慣れてるし、それに君とも歳が近いでしょう?」
「あー、それはちょっと気まずいっていうか………」
ばつが悪そうに頬を掻くロッソに、ため息を返す。
「思春期のプライド? 女の子に良いとこ見せるための裏の努力ってやつかしら?」
「違いますー、そんなんじゃないですー。アイツの事なんてどうとも思ってませんー。
つうか、マジな話。アイツ相手じゃあ訓練にならないでしょ。アイツ、手加減とか出来ると思えないし」
「………」
まぁ、得意なタイプとは言えない。
因みに、当の本人は半月に1度の大市に出掛けていった。大陸中から衣食住が集まると聞いて、それはそれは嬉しそうに飛び出していった。間違いなく、狙いは食の品物だろう。
………部下の教育という、一年ほど前なら悩む必要のなかった悩みが増えた。
納得がいかないのは、悩んだ上に給料を出すのも私という事実である。そして今、不出来な部下の紹介で更に部下が増えようとしている。
どうしよう、こいつの採用から見直したくなってきた。
「………いつでも良いよ」
内心の憂鬱をため息と共に吐き出して、私は腰に下げた鞄からレイピアを取り出した。
明らかに鞄よりも大きな物が取り出されるのを間近で見て、ロッソがヒュウ、と口笛を鳴らした。
【魔法道具】。真っ当に見える代物に真っ当じゃない効果を掛け合わせた、高価な色モノだ。
私の鞄は、他の幾つかの機能と共に『あらゆる武器を吐き出せる』という効果を持ち合わせている。その種類は余りにも豊富で、私が見たことも聞いたこともないような物でも、武器ならば取り出してしまう。
しかし、私は使いこなせる。
ちょっとした私の才能のお陰で、私はあらゆる武器を使いこなす事が出来る。【
弓矢を持てば百発百中、ナイフだろうがブーメランだろうが、そして、レイピアだろうが熟練の使い手というわけである。
成る程、不本意だが。
訓練相手には、持って来いかもしれない。
「行くぜ御主人様、上手く教えてくれたら、尻尾くらいは振ってやるよ」
「やれやれ………」
獰猛に笑うロッソを見やり、私はもう一度ため息を吐く。
私に教育なんて向いていない、向いていないが――うさくらいは晴らさせてもらおうか。
「………はぁ」
夜も更けて、私は歩く。
町の中心から路地を数本曲がり、昼でも暗い、夜は尚月の無い夜のような怪しい通りを進んだその先。
申し訳程度のガス灯に照らされる、良く磨かれた鉄の板。箒に跨がり月を目指す、デフォルメされた魔女の看板を掲げた小さな店のドアをくぐり、私は軽くため息を吐く。
カウンターと数個のテーブルしかない狭い店内には、客の姿は皆無。
実に素晴らしい。ゆったりとしたペースで流れるジャズを邪魔する
ウサギのように耳が良い分、静けさの価値は高い。
「………」
私のそうした好みを知っているからか、マスターは無言で軽く頭を下げるだけだ。
「いつもの」
席に就き、注文するのと同時に目の前にグラスが現れる。丸い氷の浮いた琥珀色の液体は、アルコールの甘さと燻製の芳醇さとが絶妙だ。
口に運ぶ前にたっぷりと薫りを楽しむ。あぁ、肉体労働の後はやはり、この薫りを味わうに限る。
このボトルの品名は勿論解っているんだが、それを買ってきて自宅で開けても、何故だか同じ味にはならないのだ。
年の功、というやつか。マスターの老齢さが、酒に何らかの味わいを加えているのではないかと、私は睨んでいる。
あおると、喉を灼熱が通り過ぎる。
内蔵の形が解るような熱が胃まで達し、そこから薫りだけが沸き上がって脳を揺らす。
血液とは別の何かが全身を巡り、自らの体温に
心地の良い、穏やかな夜の一時。
「………ちっ」
だからこそ、私は舌打ちする。
こんな最高の一時を邪魔する余計な音が、ゆっくりと近付いてきているからだ。
耳が良いのも考えものだ、ドアが開くより遥かに早く、私の耳は来客の足音を捉えている。
バー自体への客ではない。辺りを警戒し、足音を消すよう努力している足音だ。それでも消しきれていないから、知られたくないだけの素人だろう。
何を知られたくないのか。それはもちろん、私への依頼についてだ。
肩を落として、私はグラスの中身をぐいと勢い良くあおる。
私への依頼が、手短で済んだ試しはない。氷が溶けるより早く、中身は飲んでおいた方が良い。
どんな依頼であろうとも、依頼人は話を長くするものだ。言い淀んだり、事情を濁そうとしたり、中にはその逆で話が弾んでしまう者も居る。聞きたくもない裏の事情を、怒りや憎しみと共に延々と語るような者もけして少なくないのである。
ドアが開き、男が現れる。
戸惑ったように店内を見渡し、やがて恐る恐る私の側に歩み寄ってくるそいつの顔を見ようともせず、私はいつの間にか用意されたお代わりを手に取った。
出来ることなら、諦めて帰って貰いたいものだが。世の中そんなに甘くはない。
「………貴女が、クロナさん?」
躊躇うような、けれども切羽詰まったような声に、私はため息を返す。
どうやら、静かな夜はこれで終わり。ここからは、仕事の時間らしい。
「どうか、依頼を受けてもらいたいのです。とある人物の生死に関わる事なのです………」
私はクロナ。職業的殺人者、詰まりは――暗殺者だ。
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