第一話ー2

 夜というのは、静かなものだ。

 暗さとは詰まり、。照らし出す存在の居ないということである。


 生命から程遠い、死者の時間。

 暖かさが死に絶える時間――と、ロッソはため息交じりに肩をすくめる。

 そうして肩越しに、同行者を振り返った。


「………お前さぁ、ちょいと食い過ぎなんじゃねぇの?」


 視線の先で同行者、ちょこんとディアが首を傾げる。

 三つ編みで1つにまとめた金髪に、風を含んでふんわりと膨らむ赤いスカート。小さな王冠の髪飾りに、薔薇の紋章が刺繍されたブラウスとベスト。

 シンプルながらも良家のお嬢様のような、気品と上質さを感じさせる衣服と振る舞いである――その


 少女は、両手一杯に何かの串を握り締めている。それぞれの指の隙間に2本ずつ、肉と野菜とがソースで炒められた代物である。


「何がですか?」


 首を可愛らしく傾けたまま、ディアは左手の串を口に運び、一口でその全てを口内に収める。

 もぐもぐもぐ、と咀嚼する少女は、最早お嬢様ではなくもっとおぞましい何かだ。人を捕らえ、丸かじりにする怪物にしか見えない。


 いや、少女の実力を鑑みれば、それはそれで過小評価でも侮辱にも当たらないのだが。

 何にせよ、ムードの欠片もない。


 ロッソは昼間の訓練を思い出して軽く頭を振る。

 流石は兎女ラヴィ、眼が腐っているとしか思えない感想だ。こんな奴と良い関係何て、築けるわけがない。


「市を見に行って、夜までぶらぶらして。得たものはなんだ?」

「とても良い、ものを、食べましたよ………?」

「串しか残ってないじゃないかよ。………あの行商のネックレス見たか? 水結晶であれだけ上質な細工品は滅多に無いんだぜ」

「値段も上等でしたけれどね」


 ディアは右手の串を口に運ぶと、一気に頬張る。口を風船のように膨らませ、直ぐに飲み込んだ。


「あれ1つで、この山賊焼きが100本は買えます」

「あぁ嫌だ嫌だ。装飾品アクセサリーに金かける女も面倒だけど? それと飯とで天秤かけるような奴は甲斐がねぇよ」

「ロッソさん、いいですか? 貴方は借金返済のために私の主に泣き付いたのですよ? 言うなれば、私の後輩なんです。少しは慎みを持ってくださいね」

「はいはい、先輩。ったく、厄介な職場選んじゃったかねぇ………。んじゃ、先輩。?」


 苦笑気味に呟くのと、同時。

 ディアが動く。


 常人には残像しか見えないほどの早業で、少女の手から串が放たれた。

 市販されている木製の串に過ぎないそれらは、桁外れの膂力で推進力を与えられ、矢のように前方に殺到する。いや、もうあれは、多分矢よりも痛い。


 ――というか、決断早すぎじゃねぇ?


 ロッソが感じたのは、人の気配だ。夜の街、路地裏の細い暗がりに潜む気配というのは確かに害意を連想させるが、それは連想だけ。

 それなのに、ディアの反応は敵に対して行うそれだ。気配の発見、即攻撃。


 ロッソには気が付かないような、僅かな痕跡でも見付けたのか。それで気配の主を敵を判断して、間髪入れずに攻撃したのか。

 そうでは、ないだろう。

 ロッソとて、ロッソにはそれなりに場数は踏んでいる。その経験から言わせてもらうと、そんなことは不可能なのだ。


 詰まり、あぁ詰まり、実に恐ろしい話だが。

 ということになる。

 ただの民間人、悪くてちょっとした強盗。そんな相手に対して、あのは凶悪すぎる。


「………こいつのこういうとこ、マジ嫌い」

「なんですか?」

「何でもないですよ先輩。それで? 哀れな針ネズミの正体はなんですかねっと………あ?」


 のんびりと暗がりに近づいて、あまり見たくもない犠牲者の姿を拝もうとしたロッソ。


 













「………」


 依頼主から話を聞き終え、私は一人、グラスを覗き込む。歪んだ水面に映る私の顔が、難しく歪んでいた。

 厄介な話だ、理解はしていたが。


「ギャハハ、とはいえ、初めから解ってたろ?」

「バグ………」


 客人は帰り、店内には既にマスターと私しか居ない。

 にも拘らず、軽薄な声が騒々しく響き渡る。


「起きてたの、珍しいね。いつもなら、九の刻には寝てるでしょ?」

「ひひひ、相棒が寂しがってるんじゃないかと思ってな? 可愛い部下がお祭りに遊びに行っちまってさ。しかも、彼氏付きでだ!!」

「それはそれは。私もお前に、ピンク色のでも買ってあげるべきかしら? 夜が寂しくないようにね」


 軽口に、他の人間には見せない口調で答えながら、私は隣の席へと視線を向ける。

 そこでだらしなく口を開いていたのは、私の相棒。布鞄のバグだ。


 私愛用の魔法道具の、武器を取り出せる以外の最も大きな特徴が、この【お喋り】だ。騒々しく軽薄なのは、利点とは言い難いが。

 独り旅には最適な荷物と言えるだろう――荷物を運んでくれるお喋りな奴というのは、実に得難い友だ。


 ひひひ、と相棒は、不愉快な笑い声を上げる。


「良いねぇ、フリルてんこ盛りのフェルト生地で頼むよ。いや、黒革レザーみたいな大人びたのも良いねぇ。んで、散々クールぶっておきながら裏起毛とかそそるねぇ?」

「ごめん、お前のジョークは解らないよ」

「おっと、ひひ、ご婦人の前で失礼だったな。ギャハハ、しかしまぁ、実際笑うしかねぇ話だろ?」

「確かにね。………全く、面倒な依頼だよ。流石は」

、か? ギャハハ、いつもの通りだが」


 私は職業柄、魔術師とは接点がある。

 神秘の追求者、過去の求道者。一般人からはその姿を隠しながら、ある時は魔法道具の作成者として、またある時は人知を越えた協力者として、そして――またある時は、人命への脅迫者として表舞台に躍り出る逸脱者。

 私にとって彼らの多くは狩りの厄介な獲物であり、


 ………ごく一部ベルフェを除いて。


「いつもそうだろ、相棒。あいつらの関わる話は大体が面倒だ。獲物としてならまだマシで、今回みたいに依頼を持ち込んだときは最悪だぜ?」

「最悪というのは、魔術師から夕食ディナーに誘われる事だと思うけどね。それに比べれば、まだマシでしょ」

「ベルフェの野郎?」


 そう、そこだけは、私としても気になる点だ。

 今回のは、確かに魔術師の依頼だ。だが、依頼に来たのは


 勿論、私はあいつの御付きじゃあ無いのだが。


 しかし勝手な話かもしれないが、魔術師関連の話はあいつが統括しているのかと思っていたのだ。

 魔術師は、放っておくと絶対に暴走する生き物である。しかも周囲に甚大な被害をもたらして爆発するタイプだ。

 だから、監視する必要がある。


 魔術結社、通称【神秘の門】。

 魔術師が魔術師を監督するために創られた、迷惑なはみ出しものの集まりだ。


 ベルフェというのは、そこのかなり中枢に居るであろう魔術師の名前である。

 私にある依頼で接触してきて以来、贔屓にしてもらっている上客と言える。問題は、その中身が死ぬほど面倒な上に、あいつ自身が何事か企んでいる点だろうか。


 悪い奴ではないが、善人ではない。だが、旧知の仲ではある。


「信用調査から始めた方が良いんじゃねぇのか?」

「そんな必要はないよ、バグ。私に依頼しに来る時点で、ろくでもなさは折り紙付きだもの」

「ギャハハ、違いねぇ! しかしよ、慎重にやった方が良い話だろ。何せ今回は………」


 バグの語尾を引き取り、私は苦笑する。

 実に厄介な依頼内容だ。いや、それともこう言うべきか?


 と。

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