暗殺者クロナの依頼帳Ⅵ 孤島の三人
レライエ
第0話プロローグ
世界には、結局争いが欠かせない。
弱者が淘汰され強者のみが残り、技術は洗練され、文明が加速する。
勝者以外の全てを犠牲に咲く花は、美しく、甘美な実を残すものだ。それを1度でも味わってしまえば、次を求める声に抗う術はない。
俗世の欲から無縁に見える神でさえ、語られるのは争いの歴史だ。天と地と、善神と悪神との争いの描写たるや枚挙に暇なく、聖典の半分はそれで出来ているといっても過言とはなるまい。
彼らが戦から何を収穫するのか、不思議で仕方がないが。少なくとも、争いの武器は地上から収穫するらしい。
優れた戦士や技術者が若くして死ぬときは、皆そう言うのだ――彼は神の兵士に召し上げられたのだ、と。
だから。
彼の偉大なる海王、ギョーサダン島を統べるサクマ老王が崩御間近と知らされて、民は皆嘆きながらも納得したのだった。
彼らの関心は直ぐに他所に移った。即ち、王の子供たち3人の内、誰が次の海王と成るのかという点である。
「………サクマ様………」
「おぉ………ハマドゥラ」
病床から視線だけを這わせて、サクマ王は私を見る。
落ち窪んだ眼窩から覗く生気の失せた瞳は、辛うじて私に焦点を合わせている。
残された時間は、あまりにも少ない。
「王よ」私は、老王を囲む全ての人物を代表して呼び掛けた。「どうか………こちらを。遺言書です」
私の行為を不躾と詰る者は居ない。
王の寝所に集まった彼らは、私を含めて、数代に渡って臣として王権に仕えてきた者たちだ。王の最期の仕事が如何に重要か、解らぬ愚か者ではない。
王自身もまた、老いたりとはいえ偉大な海王。
己の死が間近に迫っていることを思い起こされながら、その灰色の瞳には穏やかな労いの風が吹いていた。
王の後継。それを定めずして崩御した王国は、遠からず滅びるのが歴史の必然であった。
「………ハマドゥラ、我が友にして最高の右腕よ。そして、集まってくれた暦臣たちよ………。長らく、ありがとう。諸兄らのお陰で、至らぬ我が才でもこの国を治めることが出来た………」
「王よ………何と勿体無い御言葉………」
「そして、どうか約束してくれ………我に捧げたのと同じ忠誠を、我が子へ捧げると………」
私たちは、其々頷いた。
言葉はなかった。今なおその身を苛む病を押して、力強い視線を向ける王の憂いを悟い、また同時に、王をしても死は抗えぬ程近くに来ていることもまた悟らされたからだ。
大の大人の咽び泣く声が響く中、私はそっと、王の手にペンを握らせる。
「約束します、王よ。我ら一同、王の示される未来に仕えると。………どうか、我らに道をお示し下さい」
「うむ………ありがとう、ハマドゥラ………」
王の震える手が、紙に流麗な文字を描く。
『我が後継は、我が愛する子』。簡潔ではあるが、誤解の無い文面だ。
質実剛健としていた王らしい文面だと、私は内心寂しさに浸る。
あとは、名前だ。
王の常として、子は一人ではない。その内誰なのかを示してもらわなければ、厄介なことになる。
老王もそれを理解しているのだろう、最期の力を振り絞るように、ペンは文字を描き始める。
だが。
これもまた、世の常だが。死神は、人の都合など考えないものである。
「うっ………!」
「王!」
呻き、ペンを取り落とした王に私たちは駆け寄った。まさかという思いの通り、王は息を引き取っていた。
私たちは王の死に嘆きの息をこぼし、そして、また別の嘆きをこぼした。
遺言書は、完璧ではなかった。
綴られるべき後継者の名前は、ただ一文字、
「何ということだ………」
思わず漏れた私の声に、反論の声は上がらなかった。誰もが、これから先ギョーサダンを襲うであろう災厄の影を感じ取っていたのである。
血で血を洗うような、骨肉の争いの予感である。何しろ………、
第一王子シズマ、第二王子スードリ、第一王女スーラ。
王位継承権を持つ3人全ての名前が、Sから始まるのだ。
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