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 フェルパーも、後を追うように、よろよろと立ち上がる。

 そして少年は、彼女の耳に「作戦」を囁いた。

「え……っ? そんなことが、できるの!?」

「できるはずだ。お前は呪文を唱えるだけでいい」

 こんな時に、いったいなんて間抜けな武器なんだ――と思いながらも、少年はフライパンを落とさないように強く握った。

「その間……お前は俺が守る!」

 と、フェルパーの肩を揺さぶる。

「!」

 彼女の頬は、たちまち、桜色に染まった。

 数秒間、少年を見つめ続け、その瞳孔が興奮した猫のように広がっていくが……

「!? ……こ、こんな時に、どうして……そんなに冷静なの? あんた、いったい何者……!」

 フェルパーは、少年から目をそらさなかった。

 見つめていれば、心が読めると言わんばかりだ。

「そんなの、今はどうでもいいだろ?」

「……」

「はぁ……っ。別に、そんな大層なもんじゃない。俺は、ただの高校生……ただのゲーマーだよ!」

 軌道をそれた手裏剣が、少年の足元に突き刺さる。

 もう猶予はない――と悟って、少年は一気に駆け出した。

 近寄るのもはばかられるほど、激しく戦っているフェアリーとドラコへ、あえて自分から接近していく。

 後ろから、フェルパーの詠唱が聞こえた。

重力グラヴィティ……!」

 さらに、続けて、

重力グラヴィティ重力グラヴィティ重力グラヴィティ!」

 と、何度も同じ呪文を詠唱している。残った魔力を、すべてそれに費やしていた。

 呪文の効果は、すぐに目に見えて現れた。

 それは、一時的に敵グループの体にかかる重力を増加させ、動きを鈍らせる呪文だった。

「むっ……!?」

 ドラコは立っていられなくなり、片膝をつく。ついには、床に座り込んでしまった。

「あ、あれ、あれぇ……お、おもいよぉっ……!」

 フェアリーは、いくら羽を動かしても飛べなくなり、地べたに横たわった。そして、羽さえ動かすことができなくなる。弱った羽虫のように、のた打ち回る。

 チャンスが、目の前に訪れた。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 少年は、フライパンを、両手で掲げる。

 そして、地面にうずくまるフェアリーに叩き下ろす。

 拍子抜けするほど、それは簡単だった。

「きゃっ――」

 フェアリーの悲鳴は、一瞬だけで途絶える。

 彼女の肉体は、少年の手でつかめるぐらいの大きさしかない。

 すばしこいが、その分、耐久力は皆無にひとしい。特に鍛えてもいない少年の殴打でも、象が踏みつけたに等しい打撃を与えることができる。

 相手は殺人鬼だ――

 そう心の中で何度も唱え、少年は、目をつぶって殴打を繰り返す。

「うっ……うああぁぁぁぁぁっ!」

 気づいた時には、既にフェアリーの体は破壊されていた。いつの間にか、空気中に蒸発し、消え去っている。

 後には、妖精用の小さなローブ、幾枚もの手裏剣、そしてそれらに隠れてちょくせつ見えないが、ルビーの紅い輝きが残った。

 もちろん、少年はそれで満足しない。

 フライパンを捨てて、ドワーフが落としていった斧を拾い上げる。

(お、重い……!)

 あごが割れそうなほど歯を食いしばり、ようやく斧は持ち上がった。

(こんなのを片手で持ってたのか、ドワーフさんは……?!)

 少年にとっては、両手でも怪しいほどの重さだ。ふらつきながら、今度はドラコへ切りかかる。

 立ち上がれずに、ドラコは震えている。

 少年は、足を一瞬だけ止めてしまった。

 彼の姿は、以前とあまりにそっくりだった。少年やノームを守ってくれ、傷ついていたドラコの姿と……

「くそっ……!」

 その記憶をむりやりかき消し、ドラコの右腕に斧を振り下ろす。

「ぐぉっ……!?」

 ドラコの腕に刃が食い込む。そして、衝撃で大剣を取り落とした。拾い上げることもできない。

「ドラコ、さん……! くそっ、くそぉっ!」

 左腕も、同じ運命に遭い、ドラコの盾は地に落ちた。

 さらに、少年はドラコの兜を剥ぎ取る。ドラコは、腕も自由に動かせず、されるがままだった。

 弱点の頭部をさらし、絶好の好機。

 しかし、少年は動きを止めた。 

「……え!?」

 妙な声を出してしまう。

 ドラコの片目が、深い傷でつぶれていたのだ。

 以前会った時は、そんな傷はなかった。

 もちろん、今ついた傷でもないはずだ。 

 はっとして、少年はドラコの左手を見た。

 いつの間にか、衝撃で手甲がはずれ、彼の手の甲があらわになっている。そこには、紅い模様が――一つではなく――合計三つも刻まれていた。

 少年は、嫌な味がする唾を、ごくりと飲み込む。

 そうしなければ、胃の中の物を吐き出してしまいそうだった。

「……なんで、なんでだよ……なんでなんだよぉぉぉぉっ!」

 少年は、斧を振りかぶった。

 無防備なドラコの頭へ振り下ろそうとする。

 だが、

「んぐっ……がっ……!」

 ドラコは、左腕をぷるぷると持ち上げ、斧の刃を受け止めた。

 少年の腕は既に疲れきって、斧の勢いはたいしたことがない。それでも、ドラコの筋肉は絶ち切られ、痛みにうめいている。

 その分だけ憎しみを溜め込んだのか、赤い瞳は、片目だけなのに、少年をたじろがせるような黒い影に満ちていた。

「うくっ……!」

 少年は、しゃっくりのような悲鳴をあげる。

「なぜ、だと……!? 人を、虚仮にするのも……いい加減にしろ……!」

「え……?!」 

 ドラコは、大きな口を開く。少年の首元に、噛み付こうとした。

 避けようとした拍子に、少年は、斧を取り落としてしまう。

 いい加減、腕は疲れきっている。冷たい氷になったみたいに、硬く血が通わなくなっている気がした。

「ウォォッ!」

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