39

「……ウオオオオオオオォォォォォォォッ!」

 火山の噴火のようなドラコの咆哮に、少年とフェルパーは耳を塞いだ。

 ドワーフを仕留めた、高揚感か。

 あるいは、少年の知らない、何かへの怒りか――

 ただただ感情をぶちまけるような叫びに、戦意を奪われる。

 ドワーフのルビーを守ることも出来ない。

(な、なんで……ドラコさんが、味方を攻撃するんだよ……!?)

 目の前の現実に、頭が追いついていかなかった。

 ノームやエルフ、そして少年自身を守り続けてくれた、ドラコ。

 ――目の前にいるのは、その彼のはずなのに。

 しかし、もうどこにもいない。

 全くの別人。

 あるいは、心の中だけそっくり入れ替わったのか。

 ドラコは、誰の邪魔を受けることもなく、ルビーへとやすやす手を伸ばした。

 ……が。 

「もぉ~っ、あたちが鬼なのにぃ、ずるいよぉっ?!」

 追いついてきたらしいフェアリーが、とつぜん一行の前に躍り出る。 

「あたちに、るびぃちょうだーっ……いっ!」 

 至近距離で、手裏剣を幾枚も、でたらめに投げつけた。

 その瞬間、少年の体が反応する。

 以前、ノームがやられた時の記憶が、蘇っていた。

 あの手裏剣の前で棒立ちになることは、即、死を意味する――

「危ない!」

 少年は、フェルパーに飛び掛った。

「……っ!?」

 無理やりフェルパーを引き倒し、その上に馬乗りになる。自分の首の後ろも手でかばいつつ、彼はフェルパーの盾になった。   

 体を倒したことで、一瞬前まで少年がいた空間を、手裏剣が素通りする。

「ぬっ……!?」

 残る手裏剣は、すべてドラコへと襲い掛かった。彼は、反射的に手を引っ込める。

 代わりに、長大な盾の中に、亀のように身を隠した。

 手裏剣が、鈍い音を立てて跳ね返る。

 しかしフェアリーは、一投だけでは終わらなかった。

 飛行能力を活かして、縦横無尽に飛び回っている。落ちた手裏剣を、拾っては投げ、拾っては投げしていた。

 けっか、その殺人手裏剣は、狭い通路を暴風のように荒れ狂う。

 対してドラコは鎧と盾で身を固め、生身をさらけ出さないようにしている。一歩も後退せず、ルビーを虎視眈々と狙っているようだった。 

 そのすさまじい戦闘ぶりに、のこのこと入っていく力は、少年にもフェルパーにもない。

「……っ!」

 少年は、急いで身を起こすと、

「こっちだ!」

「あ……」

 起き上がれないでいるフェルパーの両腋に手を入れ、無理やり引きずる。

 ドラコとフェアリーから10メートルほど距離をとり、少年は止まった。

 フェルパーが何か言ってくるか――と思いきや、さすがに何も言わない。

 目を見開き、口は半開きになっている。

 そんな表情に、少年は――こんな時におかしい事かもしれないが――少し、笑ってしまったくらいだ。

 フェルパーは、少年の腕を掴んで引っ張った。

「なに笑ってるの! どうするの、あれ……!?」

「どうしようもない」――と、少年は言いたくなった。

 フェルパーも、ドラコも、あまりにも強すぎる。それが、偽らざる感想だ。

 少年とフェルパーがどう戦っても、勝てないどころか、一瞬で返り討ちに会う。そんな予感しかしない。

 少年は、汗のにじむ手のひらを服になすりつける。

 フライパンの柄を手に取った。

(……チャンスがあるとしたら、今だ)

 じっと、戦っている二人を観察する。

 ドラコも、フェアリーも、目の前のルビーに夢中だ。

 戦闘力の乏しい少年とフェルパーは、完全に無視されている。その隙を、突くしかない。

「……ねぇ! どうするの! 答えてよ……なんとかなるんでしょ!? あんたがそう言ったのに……っ」

「大丈夫だ」

 半泣きで叫ぶフェルパーの手を、ぎゅっと握る。彼女は、はっとして叫ぶのを止めた。

「フェルパー、頼みがある。呪文を使ってくれ。……たぶん、今しかチャンスはない」

「呪文? ……火球ファイヤーボール?」

「ちがう」

 少年は、首を振った。

 たとえドラコとフェアリーが隙を晒しているとしても、火球ファイヤーボールていどでは仕留め切れない――と、少年は察していた。

 フェアリーは、ちょこまかと動き回って、命中させるのは難しい。

 ドラコは的こそ大きいが、本人の防御力も体力も尋常ではない。レベルの低い攻撃呪文ごときで倒せるかは、疑問だった。

 そのうえ、唱えられる呪文はあと数発だけ。          

 二人のうち一人くらいは、しとめられるかもしれないが……そうなると、生き残ったもう一人は、手ぶらになってしまう。そうなれば、けっきょく一巻の終わりだ。

 今この時、ドラコとフェアリーを、ふたり同時に仕留めなければならない。

 少年は、ずしんと背中にのしかかられたような感覚を覚える。

(いや……無理じゃね? 今のうちに逃げたほうが……?)

 少年は、いますぐにでも背を向けたくなる。

 しかしもしそうすれば、フェアリーとドラコ、どちらかがどちらかを倒すだろう。

 勝ち残った方は、ルビーをぜんぶ独占してしまう。そうすれば、レベル6とか5になるはずだった。

 レベル1の少年とフェルパーなど、いずれ見つかって、一方的に狩られてしまうだけだ。

 そう気づいて、少年はチッと舌打ちした。

 そして、腹を括る。

(ダメだ。やっぱり、もう……これしかない!)

 少年は、フライパンを両手に立ち上がった。

「ヒューマン……?」

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