第六章:生命の消耗戦

35

 ダンジョン第三階層は、うずまき状の構造をしている。

 比較的長い一本道がとぐろを巻き、階層の中心部へと向かっていた。途中に、小部屋もいくつか点在している。

 ――フェルパーの地図呪文は、そのように示していた。

 二人は、地図を確かめつつ、その一本道を道なりに進んでいく。

 その途中、不意に、少年とフェルパーは顔を見合わせた。

 ドアを開け閉めする音が、前方から聞こえてきたのだ。

 モンスターが、ドアを開け閉めすることはない。となれば、そこにいるのは冒険者でしかありえない。

 二人は、武器を構えながらその小部屋を確かめる。

 しかし、彼らの心配は杞憂だった。

「……ほう? まさか、お前さんにお目にかかれるとはな!」

 部屋から出ようとして、二人に鉢合わせしたのは、誰あろう、冒険者の一人、ドワーフだった。

 種族的な特徴で彼の身長は低いが、その代わり体は筋肉が盛り上がっている。斧と盾を、それぞれ片手で、かるがると弄んでいた。顔のしわを、人懐っこい感じでゆがめ、

「ちょうど、仲間を探しとる所だったんだ」

「ドワーフさん! まじ無事でよかったです!」

 少年は、ほっとさせられる。

「うむ。坊主こそ元気そうだな」

 彼は快活に笑った。その気持ちのいい笑顔に、少年は微妙に涙する。

「う、うぅ……っ!」

「む、何泣いとる? 男が、そう簡単に泣くもんじゃない」

「いぇ、なんでも……!」

 あまり友好的とは言えないのと一晩以上も連れ立っていたからか、ドワーフの屈託のない笑顔がやたら身に沁みた。

 手で涙をぬぐってから、

「あ、あれ……そういえば、ドラコさんと、ハーフリンクは?」

 「三人で合流する」と彼らが言っていたことを、少年は思い出した。

 しかし、見る限り、ドワーフはひとりきり。

「……うぅむ、集合場所にちゃんと行ったはずなんだが。待っても、だぁれも現れんでな……。仕方なしに、こうして探しとる」

 ドワーフは、疲れたように斧の柄で自分の肩をトントン叩いた。

「誰も来ない……?」

 少年は、一瞬イヤな想像をした。

「まぁ、そう暗い顔をするな、坊主」

 ドワーフは、少年の肩をバンバン叩いた。力が強く、肩が砕けそうだ。 

「あぅ……!?」

「少なくとも、わしらは無事だ! 今は、それでいいじゃないか。……ん?」

 ドワーフはふと、頭を傾けて、少年の後ろを覗き込んだ。

「……」

 そこにはフェルパーがいる。

 彼女は、腕を組んで体を斜めに向けている。不機嫌そうに壁をにらんでいた。

 もしかして、挨拶すらしない気か? ――と疑って、少年は小声で彼女にささやいた。

「おい、なんか言えよ」

「……うるさい! 私の勝手でしょう」

 いらだたしげに指で自分の二の腕をトントン叩き、フェルパーは吐き捨てる。今度は、少年をにらみつけた。

「……これは、驚いたな」

 ドワーフが呆然と言う。

「え、何がですか?」

「そっちの嬢ちゃんだよ。昨日だか、わしが偶然遭った時は、狂犬みたいに噛み付いてきてな。危うく黒焦げにされそうで、これは無理だと退散したんだが」

「ま、マジすか?!」

「うむ。はっきり言って、モンスターより恐ろしかったわ。だが、まさか、他の冒険者と連れ立っているとは思わなんだ」

 ドワーフがどんな目にあったのか、なんとなく想像がついてしまい、少年はぶるっと震えた。またフェルパーのほうを振り返って、

「お、お前、俺だけじゃなく、みんなに喧嘩売ってんのかよ?!」

「他のやつが、信用できないだけ」

 フェルパーは憮然と言った。

「だからって燃やすなよ……」

 少年は、大呆れでため息をついた。

 いっぽう、ドワーフはなぜか、にやにや下卑た笑いを浮かべている。 

「しかし、ほほう……なかなかに分かりやすいな、嬢ちゃんは。わしと共に行こうという誘いは断っておいて、こっちの坊主とはくっついて歩いとるとはな……。はっは!」

「え、そうなのか……?!」

 そんな話は、初耳だった。

「……」

 フェルパーは、うつむいて返事をしない。 

「それで? この我がままなお姫様を、いったいどうやって手なずけたんだ、坊主?」

「て、手なずけるって……べ、別にそんなことはしてない、ですけど」

 せいぜい「手を取り合う」程度では? と、少年は首をかしげる。

「なら手篭めにしたと?」

「もっとアカン方向に行っちゃってますよ!?」

 あんまりな言い様に、少年は大汗をかく。

 その時、低い声音が少年の後ろから投げかけられた。

「あんた達、好き勝手に話してんじゃないわよ……!」

 少年の汗が、二倍になった。

 フェルパーが怒りで顔を赤くし、杖を両手で構えていたのだ。

 彼女は、下卑た話題にされて、黙っているタマではないようだった。

「わっ!?」「うおっ!?」

 少年もドワーフも、思わず離れる。

 が彼女の詠唱は止まらない。杖の先に炎が宿った。少年とドワーフは、尻をまくって扉の中に避難しようとする。

 ――その時、全く別の声が、三人の耳に届いた。

「あれぇ、みんなもあちょんでるのぉ?」

 と、通路の天上付近から、甲高い声が。

 聞き覚えのあるそれに、少年はゾッとして見上げる。

「あたちもまぜてよぉ♪」

 くるん、と空中で回転して。

「あたちが勝ったらぁ、みんなのるびぃちょうだーいっ♪」

 少年たちの反応を待ちもせず、無邪気な笑顔で述べ立てる。

 そこにいたのは、羽を生やした手のひらサイズの忍者ニンジャ、フェアリーだった。

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