34

「……それで、あんたどうする気?」

 ダンジョンの密室から解放され、少年は通路で深呼吸をした。

 別にそこも広いというほどではないが、密室よりは何倍もマシに感じる。

 ところが、フェルパーは、そこまで嬉しそうでもなかった。

「どうって?」

 少年は、背嚢を抱えなおした。

 武器と防具――つまりフライパン――が、いつでも取り出せる位置にあることを確認してから、顔を上げる。

「これから先よ」

 フェルパーは、マントで体を覆い隠している。

 珍しく、少年と目を合わせてくる。

 比較的、彼女の顔は近くにあった。少年は、目をそらしてしまう。

「うっ」

「……何か、後ろめたいことでもあるわけ?」

「いや、ない。ない!」

 少年は、はげしく首を振った。

 キスしてしまった時のことを思い出していた――とは言えない。

 フェルパーは、妙な顔をしていたが、話題を元に戻した。

「……別に、この部屋を出たからって。私たちは、どのみち……あと何日かで終わりじゃない。もし、生きたければ……」

 フェルパーは、その先を言わずに黙り込んだ。

 もっとも彼女が何を言いたいのかは分かる。生き残るには、他の冒険者からルビーを奪うしかない――ということなのだろう。

 心なしか縮んだように見える彼女の肩を、少年は叩いた。

「何よ?」

「お前、今ひどい顔してるぞ。自分で気づいてるか?」

 と、笑いかける。

 フェルパーは、それでも笑い返したりはしなかったが。

(つーか、こいつの笑ったとこ見たことない気が……?)

「あんたは、いつもひどい顔でしょうが」

「せっかく良いこと言ったつもりだったのに、水を差すなや! 顔はどうしようもないだろ……顔は」

 「自分は普通くらいの顔」と、思っていたので、少年は、地味に少しショックだった。

「まぁでも、お前はその方がいいな」

「……どういう意味?」

 フェルパーは、目線で少年をぶすぶす刺した。

「一日くらい一緒にいたし、なんか慣れたというか」

「だから、何に慣れたっていうのよ!」

 フェルパーは、マントの下から魔法の杖を取り出した。

「少なくともそれじゃない!」

 少年は、両手を突き出し、「どう、どう」とフェルパーを鎮める。

「正直に言うけど。……お前がしょぼくれてると、落ち着かないんだよ」

 少年は、ためらいもなく言う。

「……!」

「いっつもぶすっとしてるか怒ってるかだし、落ち込んでるとじゃっかん気持ち悪くて、違和感あるんだよな」

 ――と、思うままを吐露するのは、むしろ、心地よくもあった。

「殺されたいの? あんた」

「……たくないです!」  

 少年は、泡を食って否定した。

 これ以上話を脱線させるのは危ないと判断し、強引に話を元に戻す。

「そんなに思いつめることもないと思うぞ。これ、ゲーム……じゃないけど、ダンジョンだし、進んでいけば良い事もあるかもしれないだろ? 実際、この部屋だって脱出できたじゃんか」

「それは、そうだけど」

「とりあえず、今はなんとか、生きることだけ考えようぜ」

「ええ……」

 フェルパーはためらいがちに少年を見た。

「それしかないだろ?」

 少年は、笑って手を差し出した。

「……分かった」

 フェルパーはその手を握る。

 ほんの少しだけ、彼女は微笑んでいた。

「気が変わったわ。……色々と」

 ややぎこちない笑みだ。が、普段の仏頂面からすると、それはじゅうぶん、「笑顔」と言っていい範囲だった。

 少年は、少し胸が高鳴るのを感じる。

「そ、そりゃ……よかった!」

 やたらに興奮してしまい、少年は手を激しく上下に振る。

「痛いんだけど」

「ゴメン……」

 彼は冷や汗を掻いた。

 一縷の名残惜しさを感じながらも、フェルパーの手を離す。

「じゃ、行くか」

「ええ」

 手をつながなくても、そう簡単にはぐれはしないだろう――と、少年には思えた。

 目的地は、同じなのだから。

 二人は、同じ方向に体を向ける。

 地下三階の薄暗い通路を、並んで歩いていった。

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