33

 フェアリーは、一挙動で、手裏剣をいっきに五枚投げ放った。

 それらはすべて、別々の標的へと、弧を描いて向かっていく。

 ヒューマン、ドラコ。

 ハーフリンク、ドワーフ。

 そしてフェルパー。

 その五人の首を、手裏剣は一撃で刎ね飛ばした。

 五人の体は崩れ去り、フェアリーの視界が鮮烈な、じめじめした紅色に染め上げられる。

「……くすっ、うふふふ!」

 フェアリーは、滞空しながら笑い転げた。

 あまりにも、「贅沢」な光景だった。

「あははっ、きゃははははは!」

「ふむ……夢にまで見るほど、殺しを好むとは」

 ――そんな楽しい夢の中に、とつぜん、着物姿の幼女が現れた。

「……あれぇ? 女神ちゃま?」

「おはよう」

「んん? 女神ちゃまぁ、いまはおねむのじかんだから、あしゃじゃないよぉ?」

 フェアリーが、楽しそうに指摘する。

 女神は、口を開きかけて……しかし、つぐんだ。

 変な顔を、フェアリーに向ける。

「……一瞬、『うん』って言いそうになったけど、今は昼。お前がぐぅぐぅ昼寝してるだけ」

「あ、しょうだったぁ♪ えへへへ」

 フェアリーが羽ばたくと、空気中に光の粒子がキラキラ舞った。

 

 以前も、フェアリーはそういう夢を見た。

 ふつうの子どもが見たら、寝られなくなりそうなほど"怖い"悪夢。

 彼女もまた、寝られなくなった。

 しかし、それは恐怖のせいではなかった。

「はぁっ……はぁっ……ぅ、はぁー……っ!」

 目覚めると、フェアリーの体は異様に熱かった。

「あつい、あつい、よぉ……っ」  

 その火照った体を冷まそうと、台所で、お皿にたまった水を飲むフェアリー。

 その時、お皿の向こう側でキラッと光るものがあった。

 包丁。

 いつもパンや肉を切るのに使っている、彼女の手垢のついた日常用具。

 たかがそんなもののはずが、夜闇の荘厳さのせいか、静寂の厳粛さのせいか、夢のようにきれいに思える。

 フェアリーは、我を忘れて、ふらふらと包丁を掴んだ。

 恋人に対してするようにそれを抱っこし、寝室に戻る。

 彼女は目の前の景色さえ見えていなかった。

 包丁に反射するかすかな光が、世界のすべてに思える。

 そして、寝ている両親の上で、包丁を振り下ろした――

「あっ、ふ、ぁ……あああぁぁぁぁっ……♡」

 事が終わった瞬間、フェアリーのちいさな全身に、山火事のような熱が灯った。

 飛ぶことが出来ない。

 一瞬前まで両親が寝ていた、葉っぱ製の布団に落下する。

 びくびくと、たっぷり十数分はけいれんし、体力を使い果たして、彼女は再び心地いい夢の世界に落ちていった。

 

「――地下十階を目指せ、フェアリー。そして、魔王と戦うことだ」

 女神は、けん玉の赤い玉の部分を持って、フェアリーの目の前に見せ付ける。

「じゅっかい?」

 女神は、うなずいた。

「そこでは、お前の夢見る理想が、そのまま形となって現れる。お前の渇きを、じゅうぶんに癒してくれるだろう」

「ゆ、め……!?」

 フェアリーは赤い顔をした。

「フッ……どうした?」

 女神が楽しそうに問う。

 フェアリーは答えられない。ふらふらと、滞空した。

「あ、あぁ……そんなの、ほんとにあるのぉっ!? ほんとのほんとぉ?」

 そして、羽を折られた虫のように、奇妙な軌道を描いて旋回しはじめた。

「私は、お前の楽しみを奪いたくない」

 と、女神はもったいぶって、にやにや笑った。

「さて……フェアリー。なすべきことは、もう分かっているはずだ」

「はぅ、あぅぅっ……~~~っ!」

「……答える余裕もないか」

 女神は、小さく鼻で笑った。

 フェアリーは息を荒げながら、

「う、ぅん……あたち、行く、いくよぉ……!」

「期待している」

 短く別れを告げ、女神は消える。

 フェアリーは独りになっても、幸せな夢を、もう少しの間だけ楽しんでいた。

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