32

 フェルパーがジャンプして、天井の隠しボタンを押す。

 それでも、残念ながら、密室の扉は開かなかった。 

 ただ、その代わりに、反対側の壁がおもむろに動き出す。壁の中に、狭い隠しスペースが見つかった。

「ほら、やっぱり何かあっただろ?」

「まだ脱出はできてない」

 フェルパーはぼそっと言った。 

「……そりゃそうだけど」

「調べるわ」 

 彼女は、すたすた隠しスペースに入っていくが……

「おい、待て!」

 少年は、フェルパーの腕を無理やり引っ張った。

「何するの!」

 触れられて、彼女はつよく拒絶反応を示した。腕をしならせて振り払おうとする。

 が、それも、少年は無視した。

 けっして、フェルパーの腕を離さない。

「あれをよく見ろ」

 少年は隠しスペース内の床を指差した。そこには、焼け焦げた布や、短剣、あるいは荷物の残骸が落ちている。

「あのゴミが、どうかしたの?」

「分からないのか? ……たぶん、あれは、ここで死んだ人の遺品だ」

「え……!」 

 フェルパーは、大口を開け、そして一瞬後に手で覆った。

 少年は、石を拾い上げた。その隠しスペースの中へ放り投げる。

 石が落ちると、床に感圧板のようなものがあったらしく、床が凹む。

 同時に、壁から火炎が噴出し、石や遺品をたっぷりと焼き焦がした。

「……!」

「やっぱり、罠だったか」

 あまりの火勢に、少年は汗をかきながら言った。

「隠し部屋見つけて、有頂天ですぐ中に入ったら、そのまま黒焦げ……って感じかな?」

「こ、こんなことが……」

 フェルパーは、ショックを受けていた。

「……さて、俺がいてよかっただろ?」

 少年は、勝ち誇った笑みを浮かべた。

 ところが、フェルパーは、意外にも反発しない。 

「どうして分かったの?」

「あの服とか、もともと焦げてたじゃん。多分、ここで焼かれて、亡くなった人がいたんだな」

「……待って」

 フェルパーは、こめかみを揉み解している。

「このダンジョンに潜ったのは、私達がはじめて……じゃないの? どうして……もう、誰かがいた跡があるの?」

「あ……あれ?」

 少年は、得意になっていたのに、急に虚を突かれた気がした。

 密室の中を、数歩、意味もなく歩く。

「おかしいな……。勇気のあるやつが、勝手にひとりで入って探索してたとか?」

「そんなのが、いるとは思えない」

 フェルパーは、足先で床をトントン叩いた。

「この国のやつは……偽善者ばかりよ」

「お……おいおい、そこまで言わなくても」

 少年が止めるのを、耳にもいれず、

「事実よ。自分だけ危険な目にあうかもしれないのに、どこかに冒険しようなんて、そんなやつはめったにいない」

「ふぇ、フェルパー……?」

 いきなり彼女が語り出したが、少年はわけが分からなかった。

「まぁ……でも、やっぱり誰かが入ったんだろ。現に、モノが残ってるんだし」

 フェルパーは咳払いして、

「そんなことより、どうするの? 隠し部屋があっても、入れないなら意味なんてない」

「……そうだな」

 少年は、その隠し部屋をしげしげ観察した。もちろん、感圧板の上に転んでしまわないよう注意しながら。

 そこは、ごく狭いスペースだ。人が三、四人も入れば、それで満杯だろうか。

 変わったものと言えば、床の遺品。それから、いちばん向こう側の壁に、たいまつがかかっているくらいだ。

「また、飽きもせずスイッチ?」

「いや……」

 観察する限り、どこにも隠しスイッチはない。

 フェルパーは、飽きたのか床に座り込んでしまった。

「バカバカしい……やっと出れると思ったのに」

「おい、お前も考えろよ」

 少年は、まだ諦めてはいなかった。

 隠し部屋の前に立ったまま、目をつぶる。

「こういう時は、どっかにヒントくらい……あるものなんだ」

 そして、背嚢を下ろし、羊皮紙を取り出した。

 気にかかる点を、すべて書き出してみる。

「・こげた服 ・こげた袋 ・短剣 ・感圧版 ・炎 ・たいまつ」

 と、一行で記された。

「あんた……マメね」

 フェルパーが、目を丸くする。

 少年は、彼女の頭をかるくはたいた。

「何すんのよ!」

「他人事じゃねーんだぞ! ノーヒントってこともないはずだ。こんくらいで諦めんな」

「うるさい! 別に諦めてない」

 彼女はむきになって、少年といっしょに羊皮紙を覗き込む。

 フェルパーの顔が、少年のすぐ横にまで近づいた。

 彼女は、特に気にしていないようだったが……少年は、

「う」

 と短くうなって、横にずれた。

「?」

 フェルパーは、不思議そうな目線を向けてくる。

 その目はかなり大きめで、近くで見ると吸い込まれそうだった。

 ごまかそうと、ちらちら隠し部屋を見る少年だったが……

 その時、頭にぱっと火が灯った。

「そうだ、分かったぞ!」

「何?」

「火だよ火!」


 フェルパーは、少年に促されるまま、隠し部屋の前に立った。

 その奥の壁にかかっているたいまつに火を灯せば、部屋の扉が開くのではないか――という推理だった。

「本当に、こんなことでいいの……?」

「火が出てくるワナの向こう側に、これ見よがしに、火のついてない松明だからなぁ。試してみる価値はあるんじゃないか?」

「……そうね」

 フェルパーは、反論も罵倒もなしに、短くうなずいた。

 奥の松明に火を灯す――と言っても、直接のこのこ歩いていけば、感圧板を踏んでしまう。

 ならば、遠く離れた所から燃やせばいい――と、少年は考え付いたのだった。

「よし、頼む!」

 フェルパーはこくりとうなずいた。

 杖を松明のほうに向け、

火球ファイアーボール!」

 呪文を唱える。

 杖の先端に火が燃え上がり、塊となって投射された。

 奥にある松明に命中し、そこに火が灯る。

 すると――

 岩と岩がこすれる鈍い音が、彼らの後方から響いた。

 密室の扉が、ひとりでに開き始めたのだった。       

「よっし、開いた! 開いたぞ!」

「まさか……本当に……!?」

 少年は思わず飛び跳ねた。いっぽうフェルパーも、しっぽがすばやく左右に振られ、微妙に感情表現している。

 二人はようやく、密室から外に出られたのだった。

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