29

(どうせ、こいつだって)

 フェルパーは、ヒューマンを見下ろして顔をしかめた。

 ダンジョンに入ってから三日目の、朝のことだった。

 彼女は、いまだ密室の中にいる。

 唯一の同居人であるヒューマンの少年は、目線を下げている。それをいいことに、さっきから彼をじっと観察していた。

(どうせ、そのうち尻尾を出すでしょう……) 

 と、間の悪いことに、彼が顔を上げた。フェルパーと目が合う。

「ん、どうかしたか」

「別に」

「……そうか?」

 ヒューマンは、ちょっと不審げに目を細めたが、すぐに元に戻る。

「それより……お前の呪文のこと、だいたい分かったよ」

「本当に?」

 フェルパーは、耳を疑った。

 少年は羊皮紙を裏返す。そこには、魔術呪文がいくつも記されていた。

「これが、魔法使いメイジが使える呪文、全部だと思う。書いといたから、やるよ」

「ぜ、ぜんぶ……!?」

 紙を受け取りながら、フェルパーはなおも信じられず、急いで紙に目を通していく。

「――うん。でも、まだフェルパーはレベル1だからなぁ……。レベルアップしたら、強い呪文も使えるんじゃね?」

 ヒューマンの少年は、当たり前のように言った。

 彼は、魔法など使えない(どころか何の特技もない)観光客ツーリストではなかったのか。

 フェルパーは、ヒューマンのことが分かったつもりで、何かよく分からなくなった。

「さてと、次は!」

「……?」

 ヒューマンが景気良く立ち上がる。

「――まず、この部屋から脱出しないとな!」

「脱出? ムリに決まってるわよ」

 フェルパーは毒づいた。

(こいつ……バカなのか)

「いや、できる」

 だが少年は、少しだけ胸を張って、いかにも自信ありげだ。フェルパーは、とても彼のような気分になれなかった。

「どうして、そう言い切れる?」

「んー……こういう罠って、普通はなにか、脱出する方法が用意されてるもんだから。そうじゃなきゃ、クソゲー過ぎて売れないからな」

「クソ、ゲー……? 売れる?」

 意味不明な単語を、フェルパーはおうむ返しにした。

「あ、いや、それはこっちの話だし、気にするな!」 

「???」


 そして、ヒューマンに促されるまま、フェルパーは床や壁をくまなく探し始める。

 隠しボタンがないか探す、というのだ。

 そんなものがあるかもしれない――ということ自体、フェルパーには全くなかった発想だった。

(確かに……こいつは、ここでは頼りになるかもしれない)

 床を探しているはずが、彼女は上の空になる。目は、どこか遠くに焦点が合っていた。

(この部屋から出るまでは、生かしておいてやってもいい……かもね)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る