26
ダンジョンの地下二階で――
ドラコは目覚めて早々に、ハーフリンク、ドワーフとの待ち合わせ場所である大部屋へと、早歩きで進んでいた。
全身の鎧や兜、盾や剣の金属どうしがぶつかり、それなりに大きな音を立てる。
「……私には」
彼の独り言は、その騒音のなかに埋没した。
(私にはまだ、守るべきものがある……そのはずだ)
そんなことを、彼は何度も自分に言い聞かせていた。
そのたびに血がたぎり、歩調も次第に早まっていく。あっという間に、集合場所に到着してしまった。
ドラコは、ふと自分が子どものように思えた。ふっ、と自嘲する。
(……早すぎたか)
壁のたいまつで、部屋は比較的明るかった。モンスターの気配もない。
彼は剣を鞘に納め、盾を地面に置いた。
たぶん、意味はないだろう――と思いつつ、いちおう虚空に向かって声をかける。
「誰かいないのか」
その時、「シュッ」という音がした。
とてもかすかだ。
自分の声に、喉のかすれ音でも混ざったのか?――と、勘違いしそうな音。
それが、床を蹴飛ばし、跳ねる音だったということに、ドラコは一瞬あとに気づいた。
「ぐぁ……あ……っ!」
ドラコの背に、何かが飛びつく。
気づいた時には、すべて手遅れだった。
するどい短剣が、兜の窓を通って、彼の片目をえぐっている。
さらに、熟練の手品師のようなすばやさで、もう片目にも突き込まれる。
ドラコの視界は真っ赤になり、ついに、ほぼ真っ暗闇になった。
「っ!」
ドラコの耳元で、鋭い呼吸音がした。
連動して、短剣が抜かれる。そして、たちまちドラコの首元に喰らいついた。
「くはっ……!」
神経の根元を突き刺すような激痛が、ドラコの意識を削り取る。
やがてわき腹を強く蹴り飛ばされ、ドラコは地面に転がった。
「……へぇ。こいつが、レベル2の実力ってやつ?」
勝ち誇った声が、耳障りにドラコをさいなんだ。ほぼ壊れた視界で、どうにか、敵に目を向ける。
ほんの少しだけ、見えた。
そこには、短剣を両手で弄ぶ小柄な人影――ハーフリンクがいた。
「女神さまのルビーって、ほんとすごいんだなぁ。前より、体が軽いや」
「ハーフ、リンク……? 貴様……何を……!」
ハーフリンクは、唾を吐き捨てた。ドラコを、冷たい瞳で睥睨している。
「レベル1の雑魚が、おいらに話しかけてんじゃねぇよ」
「っ……!?」
「どうせ、もう地獄行きだろうけど。ムカついたから、もっと遊んでやろうか……な!」
瞬間、ハーフリンクの体が影のように消えた。
――だが、すぐに元通りの場所に現れる。
目の錯覚か、と思いきや。
「ぷっ……ぎゃはははははっ! すんげぇ~っ、格下相手ならこんなに盗めちゃうんだ、おいら!」
ハーフリンクは、両手にいっぱい、鉄製の武器防具を抱えていた。
重そうで、下手をすれば彼のほうが押しつぶされそうだ。
それらは、ドラコの剣や盾、鎧に兜だった。
ハーフリンクは一瞬で、自分の装備品を根こそぎ奪ったのだ――と、ドラコが気づくまで、大した時間はかからなかった。
いまや、下着以外まるはだか。
それを差し引いても、素肌に触れる床が異様に冷たく、ドラコは体をびくりと震わせる。
「これは地上に持ってけないや。捨てちゃお」
ハーフリンクは、装備品を無造作に投げる。重い鎧や剣が、かなり大きくがちゃがちゃ言った。
「さぁて、そろそろ逝きそうかい?」
「ぐっ……あぁ……!」
激痛が、炎のようにドラコを苛む。いつまでも、それは消えなかった。
しかし、痛いということは、まだ生きているということでもあった。
少しでも気を抜けば、崩れ落ちそうな体にムチを打ち、ドラコは、徐々に身を起こす。
床にかた膝をついて、敵の方向を――ほぼ見えていないが――にらんだ。
「き、きさ、ま……っ!」
空気が漏れているのか、息の半分は声にならない。ドラコは、肺をしぼって話さなければいけなかった。
「……えええっ!? ま、まだ死なねぇの!? いったいどんだけタフなんだい、アンタ!」
言いながら、短剣を構えなおす。
「ちぇっ、さっさと死ねよ。この死に損ないが!」
「……だ、まれ」
ドラコは首をまさぐった。
傷の位置を確かめ、手で覆う。
「盗みでは、飽き足らず……ひと、ごろし、だと……!」
両眼を奪われ、急所を突かれ、装備をすべて奪われても。
彼の意思は、いまだ尽きなかった。
「わたしは、騎士……! 貴様のような、下賎の者には……けして、くっ……しない……!」
たかが、悪罵の応酬。
しかしハーフリンクは、ドラコがおやっ? と思うほど、異様に怒気を膨れ上がらせた。
「……うるせぇ、このトカゲ! クソっ、くそ、バカにしやがって! ……むかつく、むかつくムカつくっ!」
なかば狂ったように、地団太を踏んでいた。
「目障りなんだよ……高い所から、見下してくる奴らはよ! さっさと死にやがれ……おいらに、ルビーをよこせぇっ!」
ハーフリンクは歯をむき出しにして、再びドラコに踊りかかった。
小柄な体が、強靭な脚力で加速される。短剣の先端が、心臓を狙うきれいな曲線を描いた。
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