22

「……お前たちを、ダンジョンから脱出させるのはムリだった。やっぱり、自分たちでなんとかしろ」

 冒険者達の集う、夢の中で――

 女神は、そう言った。

「ちょっとお使いに行ってこい」みたいな軽いノリで。

 けん玉をぐるぐる回して、興味もなさそう。 

 一瞬、少年は聞き間違いかと思った。

 明るい知らせが聞けるのは、今日か、それとも明日か――と、気をはやらせていたのに。一気に、崖から突き落とされた心地になる。

 他の冒険者たちの顔を見回すと、みんな、大なり小なり青い。

 聞き間違いではなさそうだった。

「ちょ、ちょっと待っ――」 

 少年が何か言おうとしたら、ドワーフが、さらにでかい声で代弁する。

「……どういうことだ、女神ロリ! 病気は治ったのではないのか!?」

 女神は、風邪で本調子じゃないというような事を、確かに言っていた。

 冒険者たちは皆、祈るような目で女神の言葉を待つ。

 だが、 

「治った。けど、魔王の力が案外つよくて」

 女神は、ぐるっと回転して、冒険者たちを見回した。  

「――ってことで、了承しろ」

「ば、バカな……!」

 ドワーフは絶句した。

 他の冒険者たちも、同じだ。

「なら、わしらは……わしらは、どうなる!?」 

「そ、そうだよ……そんなのってないだろ?! ロリ!」

 少年は、やっと言葉を発した。

「何日かしたら助かると思ってたから……ここまでなんとかやってきたんだぞ!? それを、いきなり……!」

 少年は、一日目を思い出した。

 圧倒的な力で、冒険者を粉砕する魔王の姿。

 しかも、それを乗り越えられなければ、タイムリミットでどのみち全滅するだけ。

 ――つくづくクソゲーだ、と彼は思った。

「ロリ、どうにかしてくれよ……助けてくれよ、おい!」 

「そういうと思ってた」

 女神は、「にっ」とオーバーに笑った。まるで、表情の使い方が分かってない子どものようだ。

「おい、ハーフリンク。私の近くに来い」

「え……! お、おいら?」

 ハーフリンクは、自分を指差した。女神がこくっとうなずくと、彼はおずおず近寄っていく。

「左手の甲を掲げて、みんなに見えるようにしろ」

「う、うん……いいけど」

 彼は、言われたとおりにする。

 そこには、女神の「聖なるルビー」を宿している証――つまり、赤い模様が刻まれているだけだ。

 それは、冒険者たちが見慣れた模様に過ぎない。

 しかし、彼らはみな一様に驚きの表情を浮かべた。

 その模様が、「二つ」刻まれていたからだ。

「これは、お前がレベルアップした証だ。ハーフリンク」

 女神は、言った。

「え、『れべるあっぷ』? 何それ、高く売れるか!?」

「売れない……。でも、これは、エルフの体からこぼれたルビーを、お前が奪い返したおかげ。ほめてやる」

 女神は、ハーフリンクの手を引っ張った。むりやり彼の頭を下げさせ、脳天を撫でる。

 ハーフリンクは、小躍りした。

「うぉ、女神様に褒められるとか、おいらすげぇ~っ!」 

「いいか、お前たち。ハーフリンクのように、他の者のルビーを体内に取り込めば、即座にレベルアップできる。地道にモンスターを狩ってレベル上げとか、面倒なことはなんにもいらない」

 ロリは、無表情で辺りを見回した。

「もし、ルビーをぜんぶ集めれば……合計でレベル8。これなら、魔王を倒せるかも。じゃあ、そういうことで……ふぁいと」

「なっ……!?」

 少年は、絶句した。

 女神は、仕事は終わったとばかりに、くるりと後ろを向き、歩き去ろうとしている。

「ちょ、ちょっと待てロリ!」   

 と、少年は呼び止めた。

「なに」

「……肝心なところをまだ聞いてないぞ! どうすれば、他の冒険者にルビーをやれるんだ?」

 少年は、尋ねた。尋ねずにはいられない。

 ロリは、体を薄れさせ、消えながら、

「ルビーは、お前たちの心臓に同化している。他の者に与えたいなら、そこから引き剥がせばいい」

「……っ!」

「あぁ、そうそう。今お前たちに教えた情報は、フェアリーにも伝えておく」

 と、ロリは、その場にいない冒険者の名前を挙げた。

「じゃないと、フェアな競争にならない。そういうつもりで、やれ」

 そして、ロリは跡形もなくなった。

 少年は、彼女がいなくなった後の空間を、穴開くほど見つめていた。

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