21
地下深くにあるダンジョンには、陽が差すことはない。
だが少年とフェルパーは、訪れた眠気で、夜が来たことを悟った。
「んじゃ、そろそろ寝るわ」
その言葉に、危うく「一緒に」と付け加えてしまいそうになり、少年は唾ごとそれを飲み込んだ。
(そんな不埒なこと言ったら、マジ殺されそうだよな、この女……)
「私も寝る」
フェルパーは、不意にぼそっと言った。
背嚢を床に置く。それは枕代わりらしい。
「え?!」
「……あんたが起きている時に寝るなんて、ぞっとするから」
「あ……なるほどね」
納得し、妙に寂しくなる少年。
彼と目をあわさず、フェルパーはマントを敷いて横たわった。部屋の隅に、極限まで寄っている。
「ええと……お休み」
「ふん」
フェルパーは寝返りを打って、少年に背を向けた。
(鼻で笑われちゃったよ……ははは)
寝る前、フェルパーはこの小部屋について語った。
探索中、普通に入ったら、ひとりでにドアが閉まってうんともすんとも言わなくなったのだという。
早い話が、罠だ。
「……2階には、こんな厄介な物はひとつもなかった」
と、フェルパーはつぶやいた。独り言なのか、少年に言っているのか、分かりづらかったが。
「え? ってことは、ここ2階じゃないの?」
「違う。……
フェルパーは、魔法の杖を振った。
すると、彼女の目の前に地図のようなものが現れる。
「ここは、地下三階」
「おぉ、すげぇ! ってことは、フェルパー、一人で三階まで降りてきたのか?」
フェルパーはうなずいた。
確かに、こんな便利な魔法が使えれば、探索は容易かもしれない。
「……そっか」
少年は黙って、少し考え込んでいた。
フェルパーは、不審げに少年をにらむ。
ビビリながら、そんな彼女と目を合わせ、
「あ、あのさ。さっき、魔王の鐘が鳴ってただろ?」
「ええ」
「でも、実はその前に、ノームさんが死んでたんだ」
「……!?」
フェルパーは、目を見開いた。
「っていうか、殺された。フェアリーから、俺を守ってくれて……」
「……うそ」
彼女は、首を横に振る。
「信用させようとしても無駄」
「うそじゃない。あとでドラコさんにでも聞けば分かるはずだ。……まぁ、ドラコさんも殺されてなきゃ、の話だけど」
「あんたが、殺したんじゃないでしょうね」
「だから、俺がドラコさんとノームさんのコンビなんかに、勝てると思うのか?」
フェルパーは目を丸くした。そして軽くうなずく。
「やっぱり、そこは信用するんだな」
少年は苦笑した。
「あのさ……俺、なんかこの事態が、あんま分かってないんだけど」
フェルパーは、耳をピクッと動かした。相変わらず、目を合わせてくれないままだが。
「知らないわよ」
「だから俺も、知らないんだって」
「……え?」
「え?」
何を話しているのか分からなくなり、少年は、咳払いで仕切りなおした。
「でも、普通に、死ぬのはイヤだしさ。ノームさんやエルフさんのためにも……。お前だってそうだろ?」
そして、少年は、再び土下座した。
「だから、フェルパー。協力しよう」
二人ともいなくなった以上、既に、呪文を唱えられる冒険者は
その彼女が非協力的ならば、どういう結果になるか――火を見るよりも、明らかだった。
フェルパーは、黙っていた。微動だにせず、ただ、しっぽだけが微妙にゆらめいている。
が、やがて、
「とりあえず……服は、もう着ていい」
「あ……」
少年は、自分が未だに半裸だったことを思い出す。
フェルパーは、そっぽを向きながら、服を放り投げてよこした。
それでも、お前たちのことなんて信じられない――
フェルパーはそう言って、けっきょく、会話は打ち切られた。
少年は、フェルパーを盗み見る。
マントから、かろうじて肩と首筋が覗いていた。それだけなら、ごく普通の、華奢な少女にしか見えない。
少年は、かすかに胸が躍るのを感じた。
たとえ、変なことをしたら、燃やしてきそうな少女であったとしても……。
少年は、悶々としながら目を閉じた。
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