20

 だんだんとまぶしさが薄らいで、恐る恐る目を開けると、少年は、少女とキスしていた。

 死への恐怖で冷え切った彼の体だったが、とつぜん、口だけ鈍い生暖かさで包まれる。

「んっ……!」 

 と、少女が短い声を上げた。口が塞がれたせいだろう。

(え、なにこれ……?!)

 よく見れば、彼女には大きな猫の耳が生え、瞳孔は人よりはるかに縦長になっている。

 それは冒険者のひとり、獣人フェルパーの少女なのだと、察しがついた。

(……なにこれ? なにこれ? なにこれ!? なにこれ! 俺、どっかにワープした……のか!?)

 少年は、眼球をひっくり返しそうになった。

 彼が最後に見たのは、狂喜するフェアリーと、自分の首めがけて高速回転する手裏剣だったはずなのに……。

 違和感は、しかも、くちびるだけではなかった。

 フェルパーははだかだった。

 手に、布きれを持っている。体を、拭いている途中だったのかもしれない。

 彼女の丸い胸が、少年の平坦な胸に押し付けられている。ついでに、脚どうしが絡みあって、膝や太ももが互いの妙な所に触れるか触れないか――という、珍妙な惨事になってしまっていた。

 ただでさえ、フェアリーの件が糸を引いて、少年の脈は乱れている。

 そのうえ、年ごろの少女(と言っても実年齢は知らない)と抱き合うという異常事態が重なる。

 少年のような童貞高校生には、刺激が強すぎた。頭がのぼせて、クラクラ揺れる。

 いっぽうフェルパーは、細長い瞳孔を、みるみるうちに丸く爆発させた。彼女の体の熱が、むわっと発散する。

 あわてて、ぷはっ! と少年はくちびるを離した。

「……いや、待って。落ち着いてくれ! これは……な、何かの間違いだ、事故なんだ! 絶対に俺のせいじゃ――」

「……私の前から、滅びろ」

「あぁぁぁ!? ちょちょちょっと待ってください! お願いします! 助けて! うっ……うわああぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」

 少年の体は、魔法の火に焼かれた。


 壁の隠しボタンは、ワープ装置だったらしい。

 少年は、この小部屋にまで強制移動させられてしまった。

 ――ということを、彼は、口から煙を吐きつつ説明した。こんどは彼が半裸になり、土下座で許しを乞うている。

 フライパン、背嚢、下着を除く服は、すべてフェルパーの見える位置に脱いで、晒していた。

 彼女は、それでも離れた位置に立っていた。

 片手で自分の体を抱きながら、少年の頭へと常に杖を向けている。 

「――だから。俺はフェルパーさんを襲いに来たとかそういうんじゃないんですっ!」

「……」

「し、信じてくれ、頼む!」

「私は、誰も信じない」

「えぇ……?」

 少年は、首をひねった。

「い、いやいや……何、ガキみたいなこと言ってんの。あぁアレ? いわゆる中二病ってやつですか? ぷっ……クスクス」

 フェルパーの杖に、再び炎が宿った。

「ああああぁぁぁぁぁっ! すいません、今のなし! で、でもさ、考えてみてくれよ! 最弱職業の俺が、他の冒険者を襲うわけないだろ? 襲ったって、返り討ちになるだけなんだからさ!」

 するとフェルパーは、すこし考え込んで杖を下ろした。

 少年は、深いため息をつく。

「それにしても、フェルパー……お前、こんなとこで何してんの?」

 二人がいるのは、ずいぶん狭い部屋だった。入り口が、ひとつだけある。

 が、少年が聞いても、フェルパーはうつむいたまま。ずっと、口を開かなかった。

「ええと……」

 少年は、頭を掻いた。

「ごめん、やっぱ嫌われたみたいだな」

「当たり前でしょ」

「ですよね~……はははは! お、俺、とりあえず、別のとこ探索してみるからさ。まぁ、何かあったら呼んでくれよ」

 少年は、しかたなく背を向けた。

 扉に手をかけようとすると、

「待って」

 唐突にフェルパーから声をかけられる。少年はビックリした。

「え、何? ……あ! もしかして、やっぱりひとりは辛いし、一緒に行動しようとか!? いや~っ、実は、俺もそう思ってて――」

「あんたは、別のところには行けない」

 フェルパーのマントの下にあるしっぽが、垂れ下がるのが分かった。

「はい?」

 少年は、思わず、地球で学校の教師へ話していたような口調で、聞き返してしまった。

 フェルパーは目をつぶる。耳を萎れさせて、

「この部屋は、一度入ったら外に出られない。……みたい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る