第四章:更なる犠牲者

19

 ダンジョンに、死を告げる深い鐘の音が鳴り響いた。

 入り口のある地下一階から、魔王の住まう地下十階まで。耳をかきむしりたくなる音が、冒険者たちを襲う。

 しかし、彼らの魂が奪われる気配はなかった。

 鐘を見守り、待機していた魔王は、次第にいらだたしげな表情に変わっていく。

「……チッ」

 おもむろに、傍に控えていた吸血鬼の王ヴァンパイア・ロードを切り伏せ、その返り血を浴びる。 

 その攻撃は、魔王の眷属たち誰の目にも止まらないほどのスピードだった。何が起きたのか分からず、彼らは右往左往している。

「何をいらだっている? 魔王」

 鐘の音よりも、耳障りだ――と思える高い声がした。

 着物姿の幼女・女神ロリが、魔王の前に現れていた。

 彼は、まだ夢を見ていない。完全にしらふだ。

 ロリが夢の中ではなく、現実世界に現れるのは、めったにないことだった。

 魔王でさえ、かつて一度しか経験がない。

 じろりと、片目でにらむ。

「何をしに来た」

「おはよう」

 ロリはすっと直立していた。自分よりはるかに大きい魔王を、見上げている。さながら、大きな犬猫を手なずける飼い主のような態度だ。

「挨拶をしに来たわけではあるまい」

 魔王は、頭に血が上りかけていたが、能面のような表情を崩さなかった。

「うむ。挨拶を、ちょっとしに来ただけ」

 女神はすまして、にやっとした。

 が、魔王は返事をしない。

 ふたりとも、黙りこくった。

 女神は、濡れているけん玉を手ぬぐいでゴシゴシ拭いて、お茶を濁していた。が、ついに痺れを切らして……

「はぁっ。……それで、さっき、さっそく殺し合いの成果が一人出た」

 魔王は、とたんに眉をぴくりとあげた。

「やったのは、何者だ?」

「それは……おっと」

 女神は、けん玉を着物の帯の中にしっかりしまいこむ。

「まだお前には秘密。競争は、公平にやるに限る」

 女神ロリの体は、だんだん薄くなっていた。

 大したことは言っていないのに、もう帰ろうとしているらしい。

「喜べ。あの様子なら、もう六日とかからない。彼らがここに到達するその瞬間まで、せいぜい涎で口を汚さないよう、気をつけておけ」

「……」

 魔王は、女神のほうを見もしなかった。

 女神は消え去る直前、手ぬぐいを放り投げる。魔王の足元に落ちた。

「……そうそう、これはお土産。ご主人様の、体液つき手拭い」   

 と言い捨て、消えた。

 魔王は、それに触れようとはしない。

 言い逃げされた形になり、余計にいらだっていた。

「戯言を……!」

 眷属に命じ、手拭いはすぐに燃やさせた。

「今に、貴様を……この世界を、すべて私の下にひざまずかせてやる。覚悟しておけ。女神、ロリ=リロ」

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