18

 手裏剣は、鉄格子の一部を切断した。軌道を逸らされながら、なおも突進し、少年の腕を切り裂く。

「っ……うあぁぁっ!」

 鋭い痛みに、少年はしゃがみこんでしまう。

 その上、手裏剣の後を追うように、フェアリーが空中を進む。そして、そのまま鉄格子の隙間をすり抜けてしまった。

 鉄格子など役に立たないほど、彼女の体は小さかったのだ。

 少年の頭上で一回転し、

「ねぇねぇ、ひゅぅまんもあたちと遊ぼぉ? えへへへ~」

 と、邪気のない笑顔を見せる。その手に、いつの間にかもう一枚の手裏剣が握られていた。

「ぐっ……!」

 少年は奥歯をかみ締める。

 これだけ近寄られたら、すばしこいフェアリーから逃れることなどできない。

 背中を見せた瞬間、その背中に手裏剣が投げ込まれるだけ――と悟って、少年は、もう動けなくなった。歯の根が鳴り、涎が泡立つ。

「こ、殺、される……!」

 フェアリーは、少年のすぐ頭上で、ちいさな全身を使い手裏剣を投げ下ろした。

 しかし、その一瞬前、少年に飛び掛る影があった。

 とても小柄な、女性の影。

「ノームさん!?」

 衝突事故かと間違うほど、勢いをつけて、彼女は少年に抱きついてきた。軽いはずの彼女の体重が、異様に増したかのように、少年の体を傾ける。

(私は、皆様のそばにいます……!)

 耳元で、そう囁かれた。

 刹那、彼女の体はずるずると滑り落ち、床に寝ころがってしまった。

 彼女の頭は、まだ少年の肩口にあるというのに……。

 しかし、支えを失って、その頭もすぐ転げ落ちた。

 ノームは、一撃で首を刎ねられていたのだ。

 フェアリーの投げつけた手裏剣は、軌道をそらされ、壁に突き刺さる。

 同時に、二つに分割されたノームの体は、少年の腕の中で泡のように消え去った。

 服と、装備品と、それから赤い宝石だけが、唯一残される。持ち主を失って、それらは小さすぎるじゅうたんに成り下がった。

「あはははっ! のぉむはやーいっ♪ 手裏剣ちゅりけんしゅごぉいっ♡」

 フェアリーはお腹を抱えて、空中でけらけら笑う。

 冒険者が、冒険者を殺した。

 ――その瞬間を、少年は目の前で目撃してしまった。

「うわああぁぁぁぁっ!?

ああ、あああああああああぁぁぁぁっ……!」 

「逃げなきゃ」――という思考さえも恐怖に塗りつぶされる。

 少年は、腰を抜かして後ずさるしかない。そして、壁に体があたり、もう後退すらできなくなった。

「あはははっ☆ しょんなにしゃけんでぇ、ひゅぅまんもたのちいんだっ。じゃあ、もう一回いくねっ」

 フェアリーが、手裏剣を拾い上げた。もう一度、投擲する。

(ダメだ! もう……もう、あれに賭けるしか……!)

 少年は壁に這わせた手を、ぎゅっと握った。

 ――少年はさきほど、鉄格子のレバーだけではなく、もう1つの隠し要素「隠しボタン」を、壁に発見していた。

 いっけん、それは岩の割れ目にしか見えない。が、ようく見ると、それは丸いスイッチになっているのだ。慣れていなければ、絶対に見つけられないほどのステルスぶり。

 ただし、スイッチを押したからと言って何が起こるかは分からない。

 単に、宝箱が出てくるだけかもしれない。

 あるいは、実はスイッチは罠で、モンスターの増援が出現する――なんてこともありうる。

 スイッチは、無益どころか有害かもしれないのだ。

 だから、先ほどは無視していた。

 だが、もう可能性はそこにしかない。

 この一押しに、命の有無がかかっている。

 少年は、喉がつぶれるくらい吠えた。

「クソっ……くそくそくっそぉ! もう、どうにでもなれよ、このクソゲーがぁぁぁぁぁぁぁっ!」 

 ヤケクソで、スイッチを思い切り押し込む。

 その瞬間、少年の体は光の粒子に包まれた。視界がまぶしく、少年は反射的に目をしばたかせる。

「え……っ!?」

 ノームの遺品も……

 狂乱に耽るフェアリーも……

 ようやく立ち上がりかけたドラコも……

 すべてを後に残して。

 拾い上げた自分の命だけを供に、少年は、ここではない別の場所へとワープした。

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